国際社会は、一つの国の政治や司法に、どこまで関わるべきなのか。そして、国家の主権を尊重することと、そこに暮らす人々の人権を守ることを、どう両立させるのか。
ペルーのケイコ・フジモリ大統領は9月22日、ニューヨークで開かれた第81回国連総会の一般討論演説で、国連憲章への支持を表明する一方、外部からの価値観や政策の押し付けを批判した。
就任から57日と語った大統領が、最優先課題に掲げたのは、国境を越えて活動する犯罪組織への対処だった。犯罪組織を「テロ集団」と位置付け、軍が警察を支援するための枠組みを整える。同時に、教育改革によって若者が犯罪に取り込まれることを防ぐと訴えた。
これまで本シリーズで追ってきた、国際秩序と国連の役割をめぐる問い。ペルーの演説は、その議論を、国家が国内で行使する権力と、国際社会による人権擁護の関係へと引き寄せるものだった。
国連を支持しながら、国際社会の関与に境界を求める
演説の冒頭、フジモリ氏は5,000年以上に及ぶ文明の歴史に触れ、インカの道路網が異なる地域や人々を結び付けてきたと紹介した。その「人々を結ぶ精神」を国連に重ね、平和と安全保障、開発、人権への支持を表明した。
一方で、ペルーを含む中南米諸国は、社会を分断し、民主主義や家族を弱体化させるアジェンダを押し付けられてきたと主張。国連に独立性と公平性を求め、各国の現実や伝統を尊重するよう訴えた。
ここに、これまで取り上げた演説との比較点がある。
フランスのマクロン大統領は、主権の尊重を地域によって使い分ける二重基準を批判し、国際司法への支持を強調した。 フジモリ氏も主権の尊重を求めるが、今回、力点を置いたのは、国際社会が各国の制度や民主的な決定を上書きしてはならないという点だった。
同じ「主権」という言葉でも、何から、誰を守るために語られているのか。その違いに注目する必要がある。
犯罪組織を「テロ集団」に――軍の関与を支える枠組み
フジモリ氏は、ペルーが直面する治安上の危機を「別の種類の戦争」と表現した。
相手は、密輸、違法採掘、麻薬取引、人身取引、恐喝、殺人などを通じて資金を得る、国境を越えた犯罪組織だ。決まった戦線はなく、相手は軍服を着ていない。降伏や和平条約によって終わらせることもできないと説明した。
そのうえで、各国が個別の国内問題として対処するだけでは、犯罪組織を利することになると訴えた。
対応策として示したのが、犯罪組織を「テロ集団」「民主国家の敵」と位置付け、軍が警察を支援して対処できる法的な枠組みを整えるという方針だった。地域協力の枠組みへの参加にも言及し、犯罪の実行者と、その背後のネットワークの双方を追及すると表明した。
市民を恐喝や暴力から守ることは、国家の重要な責任だ。同時に、犯罪対策に軍が関わるなら、誰を対象とし、どのような手続きで権限を行使するのかが問われる。誤認や過剰な武力行使が起きた際に、被害を救済し、責任を検証する仕組みも必要になる。
強い取り締まりの約束は、その権力をどう制御するかという問いを伴っている。
教育で犯罪への流入を防ぐ――家族と学校の権威も重視
演説は、取り締まりの強化だけで終わらなかった。
フジモリ氏は、若者が犯罪組織に勧誘されるのではなく、労働市場に入っていけるよう、教育を社会変革と犯罪予防の手段にすると述べた。
学校施設の整備、デジタル学習や教材の充実、教員への支援を進める。さらに、校長を育成する機関を設け、学校を自律的に運営する力と、保護者の参加を高める方針を示した。
経済成長が、人々の機会の拡大に十分つながっていないという認識もある。フジモリ氏は、実質GDPが約3倍、輸出額が15倍になったと成果を挙げる一方、社会格差や構造的な問題が、民主的な制度への信頼を損なっていると語った。
ただし、教育改革の説明には、明確な価値観も表れていた。現地の実情に合わない「思想的・文化的アジェンダ」によって、教員が通報を恐れ、教室の秩序を維持できなくなっていると主張。家族や伝統を重視し、権威への敬意を回復すると訴えた。
何を「押し付け」と捉えているのか、具体的な政策や対象は十分に説明されていない。今後の制度設計では、教員が安心して教えられる環境と、子どもが尊厳や権利を守られる環境が、共に確保されるかが焦点となる。
対テロの功績と、人権侵害の責任をどう考えるか
慎重に読み解く必要があるのが、過去の対テロ闘争をめぐる発言だ。
フジモリ氏は、テロに打ち勝った人々が34年を経ても裁かれ続けていると述べ、適正手続きが侵害されていると主張した。後半でも、人権擁護が被害者を被告席に座らせ、加害者を保護する結果になってはならないと訴えた。
これらは、大統領による司法への評価であり、個々の裁判が不当であることを、この演説だけで確定できるものではない。
背景には、ペルーで長く続いてきた、対テロ作戦に伴う人権侵害の責任をめぐる対立がある。2025年8月、当時のボルアルテ政権は、1980~2000年の対テロ闘争に関わった軍人や警察官らを対象とする恩赦法を公布した。
これに対し、アムネスティ・インターナショナルは、重大な人権侵害が処罰されない結果を招きかねないと指摘している。同団体の年次報告は、国連とは別の地域的な人権機関である米州人権裁判所が、同法などを適用しないよう求めたことも記している。
テロによる被害を受けた人々の権利も、国家機関による人権侵害を受けた人々の権利も、共に守られなければならない。
対テロ闘争に貢献したという評価と、その過程で違法な行為があったかどうかの検証は、それぞれ必要だ。適正手続きを保障するという原則は、訴追される側を守ると同時に、被害を訴える側が公正な司法にアクセスするための基盤でもある。
国家の自己決定と、国内で声を上げる人々の権利
フジモリ氏は、国際社会の役割について、次のように述べた。
「ある国を支援することは、その国の制度に取って代わることでも、民主的な秩序の中で国民が下すべき決定を覆すことでもない」
国々は普遍的な原則を共有しながら、それぞれの歴史、文化、伝統に基づいて、自らの進路を民主的に決められる。その権利を認めるべきだと訴えた。
この主張は、大国や国際機関が自らの価値観を一方的に押し付けることへの警戒として読める。
同時に、検証すべき点が残る。政府が国民の意思を語るとき、政府と異なる意見を持つ人々や、国内で救済を得られない被害者の声は、どう扱われるのか。
他国による政治的な介入と、人権侵害について国際的な場で救済を求めることは、性質が異なる。国家の自己決定を尊重しながら、国内で権利を侵害された人が声を届けられる道を、どう確保するのか。ペルーの演説を読むうえで、欠かせない論点だ。
ガザやウクライナへの直接の言及はなかった
今回の演説では、パレスチナ、イスラエル、ロシア、ウクライナへの直接の言及はなかった。米国を名指しした評価や批判も示されていない。
国連改革についても、安全保障理事会の常任理事国や拒否権をどう変えるかという具体案には踏み込まなかった。求めたのは、国連が独立性と公平性を持ち、異なる制度や伝統を尊重する協力の場になることだった。
こうした言及の有無から見えるのは、演説の優先順位だ。フジモリ氏は、国内の治安、教育、司法を立て直すための国際協力と、自国の決定を尊重する国際社会を求めた。
ただし、特定の紛争に触れなかったことだけで、その紛争への同国の立場まで判断することはできない。
民主主義の違いを認めながら、何を共通の基準にするか
演説の結びで、フジモリ氏はこう述べた。
「世界が必要としているのは、同一の民主主義ではなく、正統性のある民主主義だ」
すべての国が同じ制度や考え方を持つ必要はない。その訴えは、国際社会の多様性を考えるうえで重要だ。
では、異なる民主主義を、何によって評価するのか。
フジモリ氏自身が掲げたのは、個人の自由、法の下の平等、人間の尊厳、権力分立、司法の独立、適正手続きだった。これらは、その政権の政策を検証する基準にもなる。
犯罪への恐怖が減り、子どもが学ぶ機会が広がること。政府に批判的な人も自由に発言でき、被害を受けた人が、相手の立場を問わず司法に救済を求められること。
「主権」や「人権」を掲げる言葉が、そうした一人ひとりの暮らしにどう結び付くのか。ペルーの新政権が示した約束は、これからの行動によって問われる。