「国際法は、地域によって変わったり、非難される相手が誰かによって曲げられたりしてはならない」
第81回国連総会の一般討論で、西アフリカのシエラレオネのジュリウス・マーダ・ビオ大統領は、国際社会にこう訴えた。
これまで欧米、中東、アジアの首脳たちの演説を追ってきた。今回は、アフリカからの視点に目を向けたい。
パレスチナの人々の権利。アフリカに常任議席のない国連安全保障理事会。奴隷制が残した格差。脱炭素を支える鉱物資源と、その利益の行方。ビオ大統領は、これらを世界の意思決定と分配の不公正という問題として結びつけた。
もちろん、アフリカ各国の立場は一様ではない。それでもこの演説には、世界のルールに大きな影響を受けながら、そのルールを決める場で十分な力を持てない国々の問題意識が表れている。
内戦からの復興を支えた国連への信頼
ビオ大統領は冒頭、自国の内戦終結から四半世紀近くがたつことに触れた。
家族が故郷に戻る。地域の人々が再び共に暮らすことを学ぶ。市民が投票によって意思を示し、制度への信頼が少しずつ回復する。その過程を、国連が武装解除や選挙、平和構築を通じて支えてきたと振り返った。日本の外務省も、同国での国連の活動が元兵士の社会復帰や治安回復、統治体制の確立などで成果を上げたと説明している。
「国際協力によって何が可能になるか、私たちは知っている。自ら経験してきたからだ」
この経験を踏まえ、ビオ大統領は国連が人々の暮らしに届ける成果を重視した。約束が守られ、法がすべての人を保護し、市民が自分の将来に希望を持てること。その積み重ねによって信頼が育つと説いた。
パレスチナにも、アフリカの紛争にも、同じ法を
国際法への信頼について、ビオ大統領は、弱い立場の人を守ることと、強い者の行動を制約することを一体のものとして語った。
中東では、民間人の保護、人道支援の確保、侵略と占領の終結、航行の自由を要求。パレスチナの人々の自決権が実現されなければならないとし、イスラエルと平和かつ安全に共存する、存立可能なパレスチナ国家を支持した。
続いて取り上げたのは、スーダンの民間人への残虐行為と避難、コンゴ民主共和国東部で続く戦闘だった。スーダンについては、人道支援の妨げをなくし、責任を追及するとともに、同国の人々が主導する政治プロセスを求めた。
地域が変わっても、人の命と尊厳を守る基準は変えない。パレスチナとアフリカの紛争を続けて論じた演説からは、国際法の普遍性を実際の行動で示すよう迫る姿勢が読み取れる。
アフリカに常任議席がない安保理は、公正なのか
その法を運用する国際機関そのものにも、不平等が残っている。
ビオ大統領は、安保理がなお1945年の世界を反映していると批判した。演説では、16億人以上が暮らすアフリカに常任議席が一つもないことを挙げ、「それは公正ではない」と訴えた。
求めたのは、アフリカに少なくとも2つの常任議席と、計5つの非常任議席を確保すること。拒否権が維持されるなら、新たな常任理事国にも同じ権利を認めるという立場だ。これはアフリカ連合(AU)が掲げる共通の改革要求でもある。
平和、気候、食料、エネルギー、技術をめぐる持続的な解決に、アフリカの主導的な参加は欠かせない。ビオ大統領はそう強調し、長年の交渉が改革につながっていないことへの不信も示した。
ここで問われているのは、アフリカの問題を議論する場で、アフリカ自身がどれだけ決定権を持てるのか、ということである。
平和を語るなら、予算を見てほしい
西アフリカやサヘル地域のテロについて、ビオ大統領は、貧困、社会からの排除、失業、脆弱な制度との関係を指摘した。
「軍事行動は脅威を抑え込めるかもしれない。しかし、それだけで持続する平和を築くことはできない」
各国に正当な安全保障上の必要があることは認めながら、戦争のための資金を確保する速さに比べ、紛争予防や開発への資金は十分なのかと問いかけた。
食べられること。働けること。社会の一員として将来を描けること。こうした生活の条件を整える政策に予算を振り向けるよう求めた。平和と開発のつながりを、決議の文言から予算の配分へ移す必要があるという主張だ。
奴隷制への補償は「慈善」ではない
現在の格差を考えるために、ビオ大統領がさかのぼったのが奴隷貿易の歴史だった。
自国のバンス島から、多くのアフリカ人が大西洋を越えて奴隷として連れ去られたこと。その後、首都フリータウンが、かつて奴隷にされていた人々や解放されたアフリカ人の暮らす場所になったことを語った。
この歴史は国の成り立ちに深く刻まれている。そして、その影響は奴隷制の廃止とともに消え去らず、世界の富、権力、機会の格差に残っていると指摘した。
「補償による正義の実現は、慈善を求めることではない」
求めるものとして挙げたのは、歴史的事実の承認、正式な謝罪、文化遺産の返還、公正な救済、再発防止だった。過去の責任を明らかにすることを、より公正な未来を築くための課題として位置づけたのである。
脱炭素の利益は、資源のある地域に届くのか
この問題意識は、エネルギー転換を支える重要鉱物にもつながる。
ビオ大統領は、アフリカの鉱物資源が世界の脱炭素に不可欠である一方、その加工などで生まれる付加価値の多くが域外に流れていると指摘した。現地での加工、公正な供給網、技術移転、地場産業の育成を通じ、資源を若者の仕事と将来につなげるべきだと訴えた。
「グリーン転換は、過去の収奪の構造を再現してはならない」
環境に配慮した技術が普及しても、資源を供給する地域に雇用や技術、利益が残らなければ、格差は続く。演説は、その分配のあり方に目を向けさせる。
国際金融機関についても、途上国の議決権や代表性の改善、低利で利用できる資金、公正な債務処理を要求した。国際課税のルールづくりにも、途上国が対等に参加する必要があるとした。
気候変動とAIを貫く「誰が決め、誰が負担するのか」
気候変動について、ビオ大統領は自国の沿岸で、海に土地や漁場、祖先の墓を奪われていく家族の姿を語った。
そこで起きているのは、現在進行形で故郷が失われる事態だ。気候危機を引き起こした責任が小さい人々ほど、深刻な被害を受けていると訴え、適応への支援や「損失と損害」に対応する資金を、正義に基づく責務として求めた。
AIについても、教育、医療、農業、行政を改善する可能性を認めつつ、基盤や知識、ルールづくりが少数の国に集中すれば、不平等が広がると警告した。
人々の生活を変える技術だからこそ、途上国もその基準を決める場に加わらなければならない。気候と技術の双方で、利益、意思決定、負担の配分を問うた。
少女の将来と、国連初の女性事務総長
ビオ大統領は、自国で進める食料生産の拡大や無償で質の高い教育、児童婚の禁止にも言及した。
少女が子ども時代を守られ、教育を受け、自由に生きること。その価値は、生まれた国によって変わらないと訴えた。
さらに、国連の歴代事務総長がすべて男性だったことを指摘。女性候補たちの能力は明らかだとして、次の事務総長に女性を選ぶよう求めた。
世界に平等を求める国連自身が、その理念を実行できるか。国連の指導者選びも、制度への信頼を左右する課題として示された。
国の力は違っても、人間の価値は違わない
ビオ大統領は演説の終盤、国連総会では小国も大国も同じ一票を持つことに触れた。不完全であっても、その平等には大きな意味があると語った。
「国々は大きさや力において異なる。しかし、その国の人々の人間としての価値は異ならない」
この演説から考えたいのは、国際秩序を守るというとき、その秩序が誰に発言権を与え、誰の暮らしを支えているのかという点だ。
国際法の順守を求めることと、その法を運用する制度の不公正を改めること。脱炭素を進めることと、それを支える地域に利益を届けること。ビオ大統領の主張は、これらを同時に進める必要性を示している。
日本が国際協力や資源調達を考える際にも、相手の社会にどのような仕事や技術が残り、意思決定に誰が参加できるのかを確かめたい。
国連の演壇で交わされた約束が、人々の生活に届いているか。アフリカから発せられたこの問いを、私たち自身の足元にも引き寄せて考えたい。