国際法を守る責任を負う国が、自らルールを破ったとき、誰がその行動を止められるのか。
フィンランドのアレクサンデル・ストゥブ大統領は2026年9月22日、ニューヨークで開かれた第81回国連総会の一般討論演説で、安全保障理事会の拒否権廃止と、国連憲章に違反した理事国の投票権停止を提案した。
これまで取り上げてきた各国首脳の演説では、ガザの人道危機やウクライナへの侵略を前に、国際法をどう守るのかが問われてきた。フランスのマクロン大統領は、主権を尊重する原則が地域によって使い分けられる「二重基準」を批判した。
ストゥブ氏の演説は、その問いを国連の意思決定の仕組みへと向けるものだった。国際法を守るという言葉を、強い国の行動にも制約が及ぶ制度へ、どう結びつけるのか。
さらに踏み込んだのは、政治指導者が使う「言葉」と、人類の未来を変えるAIの統治だ。演説には、軍事力、経済力、情報や技術の力を持つ者に、世界の行方を委ねてよいのかという問題意識が読み取れる。
恐れるべきは「強い国に都合のよいルール」
ストゥブ氏は、世界の選択を「協力か、対立か」と表現した。
国家が競争すること自体を問題視しているわけではない。懸念しているのは、国際秩序を支えるルールに背いて競争する国が増えていることだという。
国際法は国益の追求を妨げるものだという見方に対しても、誤りであり危険だと批判した。国際法には、普遍的な価値を守る役割と、各国の利益を支える役割の両方があるからだ。
注目したいのは、世界が単純に「ルールのない状態」になるわけではないという指摘である。
大国は既存のルールを否定しても、自分たちが新しいルールをつくる力まで手放そうとはしない。その結果、予測可能性や行動への歯止めが失われ、強い国により寛容なルールが広がるおそれがある。
だからこそ、国家の独立、主権、領土保全、海上の航行の自由、重大な国際犯罪への責任追及を守らなければならないと訴えた。
この指摘を踏まえると、問われるのはルールの有無に加え、誰がその内容を決め、誰に適用されるのかという点だ。
拒否権廃止と議席拡大――国連改革の具体案
ストゥブ氏は、国連安保理の改革について三つの提案を示した。
第一に、常任理事国の議席を、アフリカに少なくとも2、アジア太平洋に2、中南米に1増やすこと。
第二に、いかなる単独の国にも拒否権を認めないこと。
第三に、安保理の理事国が国連憲章に違反した場合、その国の投票権を停止することだ。
議席を増やして代表性を高めるだけでなく、決定を阻む権限や、ルールを破った国の扱いまで変えようとする提案である。
ただし、これはストゥブ氏が求めた改革であり、国連が採用した制度ではない。実現には大きな壁がある。
国連憲章第108条は、憲章改正について、総会構成国の3分の2による採択に加え、すべての常任理事国を含む加盟国の3分の2による批准を必要としている。拒否権の廃止など、憲章に定められた制度を変えるには、その権限を持つ国々自身の同意も必要になる。
その難しさを踏まえても、この提案は国連の矛盾を明確にする。平和と安全を守るための権限が、ルール違反への対応を妨げる場合、その仕組みをどう改めるのか。
ウクライナへの侵略を批判し、ガザの苦難に目を向ける
ロシアによるウクライナ侵略について、ストゥブ氏は違法で、正当化できず、挑発を受けて始めたものでもないと批判した。
ウクライナを支援する有志国の協力は、国連憲章に沿った公正で持続的な平和を目指す取り組みだと説明。その帰結は、ウクライナだけでなく、国際秩序の基本原則にも関わるとした。
同時に、人道上の原則を守る必要性を訴えるなかで、ガザにも言及した。大規模な避難、インフラの破壊、生活に不可欠なサービスの欠如が重なる、世界でも特に深刻な人道危機の一つだと指摘したのである。
スーダンの戦争と飢餓、ハイチの武装暴力や極端な気象現象による苦難も挙げ、戦争や人々の苦しみに無関心になってはならないと呼びかけた。
ウクライナについては侵略の主体であるロシアを名指しした一方、ガザへの言及は人道状況に重点が置かれていた。この演説では、イスラエル政府への直接の非難や、パレスチナ国家承認の表明には踏み込んでいない。
何を訴え、どこまで具体的な行動を示したのか。その違いも含めて読む必要がある。人道への責任を掲げた各国の姿勢は、支援が届き、民間人が守られる現実に結びついているかによって検証される。
西側は、グローバルサウスの台頭を認めるべきだ
国際秩序の変化を、ストゥブ氏は経済からも論じた。
貿易、技術、エネルギー、投資、供給網。かつて経済統合を進める手段だったものが、地政学的な競争の道具になっているという。
他国への依存が弱点となり、相手の供給網などの急所を押さえて圧力をかける。そうした世界への懸念を示しつつ、大国であっても単独では成り立たず、威圧には代償が伴うと指摘した。
そのうえで、西側に対し、グローバルサウスや東方の国々が経済的、政治的な力を増している現実を認めるよう求めた。
これは、安保理の議席拡大の提案ともつながる。協力を呼びかけるなら、台頭する国々の知識や経験を生かし、意思決定への参加も保障する必要があるという考え方だ。
危険な依存を減らすことは必要でも、その警戒が協力そのものの放棄につながってはならない。ストゥブ氏は、制度と合意に基づく国際経済秩序を求めた。
信頼がなくても、対話の仕組みはつくれる
国連全体で合意することが難しいとき、どう協力を進めるのか。
ストゥブ氏は、経済、気候、防衛、技術など、課題ごとに参加国が柔軟に協力する枠組みを評価した。ただし、それは国連の仕組みを支えるものであるべきだと条件を付けた。
地域の対話については、冷戦下の1975年に35か国が合意したヘルシンキ最終議定書を挙げた。当時、信頼はなく、深い意見の違いや敵意さえあった。それでも、緊張を緩和し、共通の土台を築く過程は始められたという。
中東のように紛争が続く地域でも、同様の取り組みを検討できるのではないかと提案した。
対話を始める条件として、あらかじめ信頼の完成を求める必要はない。対立を抱えたままでも、さらなる衝突を防ぐ原則に合意できるか。その可能性を探ることも、外交の役割なのだろう。
挑発が注目され、誇張が真実になる危うさ
演説で特に印象に残るのが、混乱する世界への処方箋として「言葉」を挙げたことだ。法の支配、人道上の原則に続く、三つ目の提案だった。
「挑発は注目によって報われる。過激さは勇気と、誇張は真実と取り違えられる」
ストゥブ氏は、他者や特定の集団を見下す言葉があふれ、最も挑発的な発言をする者が最大の注目を集める状況に警鐘を鳴らした。
言葉は協力を促すこともできるが、信頼を壊し、競争を紛争に変えることもできる。必要なのは、分極化を避け、信頼を強め、相手の話を聞く「品位ある外交」だという。
この部分で特定の指導者を名指ししたわけではない。発言の刺激の強さが評価される政治や情報環境そのものへの警告として受け止めたい。
私たちメディアにも向けられる問いだ。強い言葉を繰り返し伝えることで、何を目立たせ、何を見えにくくしているのか。注目を集めた発言について、その根拠や、人々に及ぼす影響まで確かめているだろうか。
AIの未来も、国際協力で決める
演説の終盤、ストゥブ氏はAIを、人類史上最も重大な影響を持つ技術と位置づけた。
科学、経済、政治、安全保障、そして人間のあり方そのものが変わる。そのなかでも、人間が主導権を持つべきだと強調した。
ノルウェーとフィンランドが各国の指導者とともに、企業、政府、地域機構、国連に対し、最先端のAIモデルを制御する仕組みづくりを呼びかけていると紹介。より多くの国の参加を求めた。
演説を通して読むと、戦争を抑えるルールと、AIを扱うルールには共通の課題がある。大きな力を持つ主体の判断が、国境を越えて人々に影響する。その意思決定に誰が参加し、どのような責任を求められるのかという問題だ。
「新たなサンフランシスコの瞬間」をつくれるか
ストゥブ氏は、フィンランドが2029〜2030年の安保理議席を目指していると述べ、「平和、人々、パートナーシップ」を優先すると表明した。
そして、国連創設の基礎が築かれたサンフランシスコになぞらえ、世界の指導者が再び集まり、進むべき道を描く「新たなサンフランシスコの瞬間」が必要だと訴えた。その過程を、次期事務総長のもとで始めるよう提案したのである。
制度を変えるには、大国を含む幅広い合意が必要になる。提案がどのような交渉や行動につながるかは、これから確かめなければならない。
その際、改革の意味を測る基準を見失いたくない。ガザやウクライナ、スーダンで生きる人々の命が守られるのか。小さな国も自らの未来を決められるのか。新しい技術の恩恵と危険について、影響を受ける人々が声を届けられるのか。
国連の仕組みを変える議論を、一人ひとりの安全と尊厳を守る力へ結びつけられるかが問われている。