国際秩序が揺らぐなか、対立する相手との間に、どうすれば戦争を防ぐ仕組みをつくれるのか。
韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領は9月22日、ニューヨークで開かれた第81回国連総会の一般討論演説で、北朝鮮との「平和共存」を掲げ、米朝対話の早期再開と、朝鮮半島の戦争終結に向けた関係国間の対話を呼びかけた。
米国に対しては、トランプ大統領の決意が変化の機会をつくったと評価。北朝鮮に対しては、互いの体制を尊重し、連絡経路を回復する姿勢を示した。一方、日本への直接の言及はなかった。
そこに示された朝鮮半島の将来像と、国際社会における韓国の役割をどう読むか。日本にとっても、その具体的な中身に目を向ける必要がある。
北朝鮮との共存を、危機を防ぐ仕組みにできるか
李大統領は、朝鮮半島の平和共存について三つの方向性を示した。
第一は、相互尊重に基づく「包摂的な平和共存」だ。南北が互いの体制と違いを認め、協力によって共に成長する道を探る。国際舞台でも北朝鮮を尊重し、保健、防災、気候危機などの分野で協力する機会への期待を表明した。
第二は、争う必要のない「安定的な平和共存」。危機を予防し、対立を管理する制度的な仕組みをつくる。その第一歩として挙げたのが、基本的な連絡経路の回復と信頼の積み重ねだった。
第三は、世界の平和に貢献する「責任ある平和共存」。戦争も核もない朝鮮半島を目指し、その取り組みを北東アジアの安定と協力につなげる構想だ。
この組み立てから読み取れるのは、相手との違いが残っていても、協力や危機管理の接点をつくろうとする姿勢である。連絡を取り合い、災害や感染症への対応を重ねることで、衝突を避ける条件を整えていく。平和共存を、日々の関係を動かす仕組みとして具体化しようとしている。
トランプ氏への期待と、韓国の当事者意識
米国との関係を考えるうえで、注目されるのはトランプ大統領への言及だ。
李大統領は、トランプ氏の決意によって、変化への機会がようやく生まれたと評価。長く中断している米朝対話が、遅滞なく再開されることを望むと述べた。
その先に置いたのは、朝鮮半島の戦争終結と、恒久的な平和体制への移行である。米朝対話を、関係国が平和の枠組みを話し合う対話へと発展させるため、韓国が土台を整えるとした。
ここで李大統領は、南北に加え、米国や中国などの関係国も、長年にわたって平和体制の必要性を認識し、議論してきたと説明している。米国の関与に期待しつつ、中国を含む関係国との協議を視野に入れていることが分かる。
韓国自身の役割については、朝鮮半島の平和の当事者であり、「ペースメーカー」だと位置づけた。自ら対話の道を開き、継続させる意思を示した発言と読める。
ただし、この演説で述べられたのは韓国側の提案と期待であり、米朝対話の再開や平和体制への移行が合意されたわけではない。今後は、それぞれの当事者がどのように応じるかが焦点となる。
核・ミサイル能力の高度化停止から、段階的な非核化へ
北朝鮮の核問題では、時間軸を分けた道筋を示した。
まず、北朝鮮の核・ミサイル能力のさらなる高度化を止める。次に、中期的にその能力を削減する。そして長期的に、核のない朝鮮半島へ進むという構想である。
最終目標として非核化を掲げながら、そこへ至る過程に、能力向上の停止と削減を置いた点が重要だ。平和共存の提案と、核・ミサイル問題への対応を、並行して進めようとしている。
一方、演説では各段階の期限や、停止・削減を確認する具体的な検証方法までは示されていない。
どの行為を止め、誰が確認し、次の段階へ進む条件をどう定めるのか。北朝鮮の応答を含め、この構想を評価するうえでは、こうした具体策を追う必要がある。
日本への直接言及はなし――何を読み取れるのか
今回の演説には、日本を名指しした発言はなかった。日韓関係や歴史問題、日米韓協力を個別に論じる場面もない。
この不在だけで、日韓関係に対する李政権の評価や、日本の位置づけの変化を判断することはできない。国連総会での演説は、その国の外交課題を網羅するものではないからだ。
そのうえで、日本から考えたいのは、李大統領が示した構想の中で、日本が何に関与できるのかという点である。
核・ミサイル能力の高度化停止や削減を、どのように検証可能なものにするのか。危機を防ぐ連絡の仕組みを、地域の安定につなげられるのか。対話の過程で、日本自身が重視する課題をどう提起するのか。
演説は、平和体制をめぐる対話の参加国や手続きを具体的に定めてはいない。だからこそ日本にとっても、韓国の提案をどう受け止め、自らどのような働きかけをするかを考える材料になる。
国際秩序は、協力の成果を積み重ねて支える
朝鮮半島をめぐる提案の背景には、国連と多国間協力への強い期待があった。
李大統領は、ウクライナや中東の紛争、気候危機、新たな技術による戦争の変化などに触れ、危機が深いときこそ国連の基本原則に立ち返る必要があると訴えた。
そのために提案したのが、「建設的な貢献国の連帯」と呼べる協力の枠組みだ。国際社会に必要な公共的な役割を担う能力と意思のある国々が、まず手を組み、協力の範囲を広げていく。
新しい組織や排他的な国家集団をつくる提案ではないことも明言した。既存の国際秩序や国連の機能を尊重し、各国が得意分野で柔軟に協力するという考え方である。
ここには、全ての国が一つの解決策に合意するまで待つことの難しさを踏まえ、可能な協力から成果を生み出そうとする発想がある。その積み重ねによって、多国間主義への信頼を回復するという構想だ。
国連改革では、組織や事業の重複削減、意思決定の迅速化、現場への資源配分を重視する「UN80イニシアチブ」を支持。安全保障理事会についても、実効性、民主性、説明責任を高める改革を支持した。
航路の安全からAIまで、国際協力を暮らしにつなぐ
国際秩序を具体的に支える分野として打ち出したのが、AI、グリーン転換、エネルギー供給網という「Kイニシアチブ」の三本柱だった。
とりわけ日本にも関わるのが、海上輸送とエネルギー供給の安全である。
李大統領は、ホルムズ海峡や紅海での航路封鎖に言及し、エネルギーと物流の要路が武器として使われることで、世界の人々の暮らしが大きな衝撃を受けると指摘。国際法に基づく航行の自由と安全な通航を重視し、商船への攻撃や乗組員の安全を脅かす行為は正当化できないと述べた。
AIについては、技術進歩の恩恵を全ての人が受けられる社会を提案。医療や社会保障、労働、住まい、文化など、人々の権利を支える活用を進め、国際機関や企業、大学などと協力する構想を示した。
気候対策では、脱炭素に向けた産業構造の転換を、新たな成長と良質な雇用につなげるとした。
これらに共通するのは、国際協力の成果を、エネルギーの安定供給や医療、仕事といった暮らしの問題に結びつけようとする視点である。
なお、ウクライナや中東の紛争には触れたものの、今回の演説ではロシア、イスラエル、パレスチナを名指しした個別の議論はなかった。国際法と多国間協力の重要性を強調する一方、具体的な提案は朝鮮半島の平和共存と、分野ごとの国際協力に重点を置いていた。
「銃声が子どもの笑い声に変わる」ために
演説の終盤で李大統領は、国連の成果は、報告書の数字や会議室での宣言だけでは測れないと訴えた。
「銃声に代わって子どもたちの笑い声が響くとき」。若者が学び、働き、新たな挑戦をする機会を得られるとき。そして、誰もが望む人生を選べるときにこそ、その意義が証明されるという。
この言葉は、李大統領が示した構想そのものを検証する基準にもなる。
南北の連絡経路は回復するのか。米朝対話は動き出すのか。核・ミサイル能力の高度化を止める具体的な合意につながるのか。海を行き交う人々の安全や、若者の機会は守られるのか。
日本にとっても、隣国が掲げた提案を、実際に地域の危険を減らす仕組みにつなげられるかが問われる。外交の言葉を、人々が実感できる安全と安心へ変えていく。そのための具体策を、これから確かめていきたい。