「国連は単に力の均衡を反映するだけでなく、正義、連帯、進歩のための場でなければならない」
第81回国連総会の一般討論で、タンザニアのデオグラティウス・ンデジェンビ副大統領は、演説の締めくくりにこう訴えた。
これまで本シリーズでは、パレスチナの人々の権利や国際法の一貫した適用、そして世界のルールを誰が決めるのかという問題を追ってきた。タンザニアの演説からは、その国際秩序が、人々の命と暮らしを支える条件を整えられているかという問いが浮かぶ。
ガザの民間人を守ること。途上国が必要な資金を調達できること。母親と子どもの命を救うこと。海面上昇によって故郷を失う人々の権利を守ること。
安全保障と開発、気候変動を結びつけて語った演説には、国際協力を生活の変化につなげようとする視点があった。
パレスチナの自決権と、双方の人々の安全を
ガザと中東について、タンザニアは、長引く紛争と人道的な苦しみに深い懸念を示した。
求めたのは、民間人の保護、妨げのない人道支援、そして恒久的な和平に向けた外交の再活性化だ。
イスラエルとパレスチナが平和に共存する「二国家解決」を支持し、その根拠として国際法と関連する国連決議を挙げた。さらに、パレスチナの人々の自決権を改めて支持すると表明した。
「恒久的な平和は、双方の人々の尊厳、安全、正当な願いを保障しなければならない」
この立場を過去50年間、一貫して維持してきたと説明し、外交上の原則であると強調した。
ここで読み取りたいのは、パレスチナの自決と、イスラエルの人々の安全を、共に実現すべき条件として示した点だ。和平の評価には、国家間の合意とともに、そこに暮らす人々が尊厳を持って生きられるかという視点が必要になる。
一方的制裁への批判――主権を尊重するとは何か
タンザニアは、国際的な連帯には、互いの主権の尊重が伴わなければならないと訴えた。
一部の国が他国を取り締まる立場を自任し、一方的な制裁を科す傾向を批判。キューバやジンバブエなどへの連帯を示し、こうした措置の即時解除を求めた。
その理由として挙げたのは、人々の生活が困難になり、開発が制約され、人権の十分な享受が妨げられるという点だった。
国際法や人権をめぐる議論で、制裁は圧力をかける手段として語られる。タンザニアは、その措置が対象国の人々に与える影響を前面に出したのである。
ただし、今回の批判は一方的な制裁に向けられており、国連安保理による制裁を含む、あらゆる制裁への反対と広げて読むことはできない。また、制裁を科す国として米国を名指ししたわけでもない。
演説ではロシアとウクライナへの直接の言及もなかった。主権の尊重という原則を、個々の紛争でどう実践するのか。その点は、演説の言葉と各国の実際の行動を重ねて検証する必要がある。
発展を求められても、必要な資金を借りられない
演説の中心的な課題の一つが、国際金融の仕組みだった。
タンザニアは、自国の「開発ビジョン2050」の下で、人材、インフラ、技術、イノベーションへの投資を進め、女性や若者の機会を広げる方針を説明した。目指すのは、経済成長を人々の生活の持続的な改善につなげることだ。
しかし、途上国が発展を加速しようとする局面で、高い借入金利、膨らむ債務負担、低コストで長期の資金を得る難しさが壁になっていると指摘した。
求めたのは、通常より有利な条件で利用できる融資の拡大、民間投資の促進、開発・気候資金へのアクセス改善。そして、世界の金融の意思決定における途上国の発言力の強化である。
ベトナムやシエラレオネの演説でも取り上げた、資金を必要とする国が、その条件を決める場にどこまで参加できるのかという問題と重なる。
学校や病院、電力や交通の基盤を整えるには資金が必要だ。国際社会が開発目標への努力を求めるなら、その努力を実行できる調達条件も問われる。金融制度の改革は、人々の生活を支えるための課題として提示された。
母子の命を守る「3つのゼロ」
資金を人々の暮らしにつなげる具体例として紹介されたのが、母子保健だった。
演説では、医療施設での出産割合が2015年の51%から2022年の81%に増加し、妊産婦の死亡を7年間で80%削減したと説明した。
さらに掲げたのが、「予防可能な母子の死亡ゼロ」「自宅出産ゼロ」「ワクチン未接種の子どもゼロ」という3つの目標だ。
サミア・スルフ・ハッサン大統領がアフリカ連合で母子保健を推進する役割を担っていることに触れ、持続的な政治指導力、十分な資金、協力関係があれば、アフリカで前進させられる課題だと訴えた。
これらの数値は、今回の演説で政府側が示した成果である。そのうえで注目したいのは、開発の成果を、出産や予防接種という具体的な場面で示したことだ。
国際会議で掲げる約束が、地域の医療に届いているか。国際協力の実効性を確かめる視点が、ここにある。
気候対策の約束を、資金の撤回で後退させない
気候変動をめぐっては、支援資金の拠出撤回が世界の対策を妨げていると批判した。特に、温室効果ガスを大きく排出する側が、対応を進める国々の障害になっているという問題意識を示した。
タンザニア自身の取り組みとしては、水力、太陽光、風力、地熱の発電事業を紹介。ダルエスサラーム港とブルンジ、コンゴ民主共和国を結ぶ電化鉄道の構想にも触れた。
また、2034年までに80%の世帯がクリーンな調理手段を利用できるようにする国家戦略を挙げた。
その実行を支えるため、気候資金を無償援助や優遇条件の融資として提供するよう求めた。
この主張を、先に述べた債務問題と重ねて読むと、資金の総額だけでなく、返済負担や利用条件が重要であることが分かる。気候対策を進めながら、生活を支える他の投資も続けられる仕組みを求めているのである。
海に国土を奪われても、国家の権利は失わせない
海面上昇についての発言は、国際法が人々をどう守るかという問題にもつながった。
タンザニアは島嶼国や沿岸国と連帯し、海面上昇に関する国連宣言の採択に期待を示した。
演説が支持したのは、国連海洋法条約に基づく海域の法的な安定性と、陸地が失われる場合にも国家としての地位が継続するという考え方だ。
ここは、すでにあらゆる法的問題が解決したという説明ではない。演説では、採択を期待する宣言に盛り込まれた考え方への支持として語られている。
土地を失うことが、国家の地位や海に関わる権利まで失うことにつながってよいのか。気候危機への対応には、防災や移転を支える取り組みとともに、人々の権利を将来にわたって守る制度が必要だという問題提起である。
国連改革で、現場の支援を弱めてはならない
国連改革について、タンザニアはグテーレス事務総長の「UN80」構想を支持した。
戦争、気候変動、感染症、統治の及ばないAI、エネルギー不安。こうした課題に対して、より強く、連携の取れた国連が必要だとした。
同時に、改革を事務の効率化だけにとどめず、組織全体の実効性、説明責任、代表性を高めるよう要求。開発分野の活動や、各国の国連事務所・事業の機能を損なわないよう強く求めた。
本部の組織をどう変えるかに加え、その変化が支援を必要とする地域に何をもたらすのか。改革の評価には、現場で活動を続けられるかという基準が欠かせない。
タンザニアは、2029〜2030年の安保理非常任理事国への立候補も表明した。2028年6月の選挙に向け、予防外交、紛争の平和的解決、平和維持活動への女性の参画、若者と平和・安全保障、国連平和維持活動の改革を重点課題に掲げた。
制度改革を求めながら、自らもその意思決定に参加しようとする姿勢を示したのである。
国際秩序を、人々の生活から確かめる
タンザニアの演説から読み取れるのは、国際秩序への信頼を、支援や資金、権利の保障が人々に届くかどうかで問い直す姿勢だ。
ガザに人道支援が届くのか。出産時に必要な医療を受けられるのか。気候災害に備える資金を確保できるのか。故郷が海に沈む危機に直面しても、人々の権利が守られるのか。
国連憲章や国際法を尊重するという言葉は、こうした具体的な課題への対応を通じて、その意味を確かめられる。
もちろん、演説で示された原則や成果は、タンザニア自身の政策や実行状況にも照らして検証されるべきものだ。国際社会への要求と、自国の人々に対する責任は、共に問われる。
日本が国際協力や国連改革を考える際にも、支援額や制度変更に加え、それによって誰の選択肢が広がり、どの地域の生活が改善したのかを見ていきたい。
国連の演壇で交わされた言葉を、暮らしの現場から確かめる。タンザニアの訴えは、その視点を私たちに促している。