「私たちの名前を呼んでほしい」
国連の演壇から、世界にそう呼びかけた指導者がいる。ナウルとして知られてきた太平洋の島国「Naoero (ナオエロ)」のデービッド・アデアン大統領だ。
9月22日、ニューヨークで開かれた第81回国連総会の一般討論演説。大統領は、祖先から受け継いだ国名の回復を語り、所得の数字だけで判断される小国の現実を訴え、国際機関に約束の履行を迫った。同時に、国際刑事裁判所(ICC)からの脱退方針も表明した。
これまで各国の演説を通して見つめてきたのは、国際法や主権という原則を、誰に対しても一貫して適用できるのかという問いだった。
今回の演説は、その問いを小さな島国の側から投げかける。国際社会が掲げる「平等」は、自分たちの名前、食卓、経済の将来を決める場面でも保障されているのか。
国名を取り戻すことは、自分たちの主権を取り戻すこと
アデアン氏が最初に語ったのは、国の名前だった。
世界に広まった「Nauru」という呼び名は、自分たちの名前をうまく発音できなかった外国人の呼び方が定着したものだと説明。一方、国民が祖国を呼んできた「Naoero」には、祖先の記憶、言語、アイデンティティーが込められていると述べた。
大統領が強調したのは、新しい名前をつくるという発想ではない。もともと自分たちが使ってきた名前を、国際社会の中でも回復するという考え方だ。
その名前を認めるために、世界が負担しなければならない費用はない。それでも、故郷の人々にとって、その意味は大きい。
国が小さければ、外から与えられた呼び名を受け入れ続けなければならないのか。自分たちの歴史と言語を、自分たちの言葉で語る権利は尊重されているのか。国名をめぐる訴えには、そうした問いがある。
「高所得国」でも、食料の87%を購入・輸入に頼る
同じ問題意識は、国の豊かさを測る物差しにも向けられた。
アデアン氏は、自国が2027年1月にOECDの制度上、高所得国として扱われると説明。経済の前進を認めながらも、その成果によって不利益を受けてはならないと訴えた。
大統領が示した数字は、その理由を具体的に伝える。
歳入の58%は、自国だけでは更新を決められない二国間の取り決めに依存する。国民が口にする食料の87%は、購入・輸入に頼っている。滑走路は1本、港は1つ。国の各所を結ぶ道路も1本だという。
一定の所得があっても、物流を支える拠点が被害を受けたり、国外との取り決めが変わったりすれば、暮らしや財政が大きく揺らぐ。所得の数字だけでは、その危うさを読み取れない。
そこで支持を表明したのが、地理的な孤立や経済基盤の脆弱さなどを捉える「多次元脆弱性指数(MVI)」だ。アデアン氏は、所得と脆弱性を併せて評価するアジア開発銀行の対応を評価し、世界銀行などにも、支援対象を判断する際に同様の視点を取り入れるよう求めた。
問われているのは、豊かさを示す数字と、人々が安心して暮らし続けられる条件との隔たりである。
深海底の開発をめぐり「15年間、待ち続けている」
国際制度への不満が強く表れたのが、深海底の鉱物資源をめぐる発言だった。
アデアン氏は、自国が15年間にわたり、深海底の探査を支援し、科学的データを提供し、国内の規制体制を整えてきたと説明。それでも、商業採掘のための国際的な規則が完成していないと批判した。
国際海底機構に対しては、採掘の是非をめぐる政治的な対立にとどまらず、活動を規律するルールの策定を進めるべきだと主張した。
その背景にあるのは、多国間の交渉が動かなければ、資金や技術を持つ主体が先に動き、小国が取り残されるという警戒感だ。
ただし、開発を急ぐという同国の主張と、海洋環境への影響を十分に評価する必要性は、併せて検討しなければならない。国際海底機構も、科学的根拠に基づく規制、海洋環境の効果的な保護、利益の公正な分配を重視している。
小国が経済的な機会に参加できることと、海の生態系を守ること。その両方を実現するルールをどうつくるのか。ここにも、国際制度が引き受けるべき課題がある。
国際制度に履行を迫りながら、ICCからは脱退を表明
演説の中で、見過ごせないのがICCへの姿勢だ。
アデアン氏は、ICCについて、自国にとっての意義が薄れているとの認識を示し、ニューヨークを離れる前に、設立条約であるローマ規程からの脱退文書を提出すると述べた。国連の当日の演説紹介にも、この発言が記録されている。
これは脱退方針の表明であり、その場で脱退が完了したという意味ではない。ローマ規程第127条では、通常、国連事務総長が通知を受領してから1年後に脱退が発効する。
同じ国連総会で、米国のトランプ大統領もICCを非難し、締約国に脱退を求めていた。 ただし、アデアン氏は今回の演説で、米国からの要請を脱退の理由として挙げてはいない。両者の間に直接の因果関係があるとは、この演説からは判断できない。
小国が対等に扱われる国際制度を求めながら、ある制度からは離れる。その選択をどう考えるか。
制度の公正さや有効性を問い直すことと、重大な国際犯罪の責任追及を支える仕組みを維持すること。その両立をどう図るのかという問いは、脱退を表明した同国にも向けられる。
「中立ではない。独立だ」——陣営の選択を強制されない
外交について、アデアン氏は小国が置かれる立場を明確に語った。
小さな国々は、協力相手の間で、陣営の間で、競合する世界観の間で、選択を迫られることが増えている。しかし、自国は選択を強制されない。主権と、自らの将来を決める権利を尊重する相手とは協力するという。
「それは中立ではない。独立だ」
協力することは、すべてに同意することではない。利害が一致すれば共に行動し、一致しなければ原則に立つ。大統領が示したのは、そうした外交の姿勢だった。
キューバへの禁輸措置についても、国連総会が33年連続で終了を求めてきたと指摘し、その要求を改めて支持。主権を尊重した対話を呼びかけた。
自国の主権の尊重を求めるなら、他国の主権をめぐる問題にも声を上げる。その一貫性を、アデアン氏は自らの外交原則として掲げた。
支援されるだけの国ではなく、共に決める国へ
小国の脆弱さを訴える一方で、アデアン氏は自立への取り組みも説明した。
毎年、歳入の10%超を信託基金に積み立て、将来に備える。漁業や投資・居住プログラムなどを通じて収入源を広げ、医療、教育、スポーツにも投資する。特定の取り決めだけに依存しない経済をつくるという。
各国に呼びかけたのは、人材、インフラ、接続性、そして政権が代わっても機能し続ける制度への投資だった。
「私たちに投資するだけでなく、私たちと共に投資してほしい」
何が必要かを外から決められる支援の受け手にとどまらず、共に考え、決め、貢献する相手として扱ってほしい。その要求は、国連の意思決定の仕組みにも及んだ。
アデアン氏は、安全保障理事会が現在の世界ではなく、多くの国がまだ主権国家として存在していなかった1945年の世界を映していると批判。常任理事国と非常任理事国の双方を増やす改革を求めた。
すべての国を代表して語る機関なら、その構成も世界の多様さを反映すべきだという主張である。
小国に届かない「国際秩序」は、誰のためにあるのか
今回の演説では、ガザ、パレスチナ、イスラエル、ロシア、ウクライナを名指しした言及はなかった。中心に置かれたのは、自分たちの国が、国際社会の中でどう扱われているのかという問題だった。
国名は主権に関わる。国の評価方法は公正さに関わる。海底資源は機会と責任に関わる。各国との協力は対等性に関わる。
一見別々の要求を結ぶのは、どの国の人々にも、自分たちのことを自分たちの言葉で語り、未来を決める権利があるという原則だ。
その原則の重みと、深海底開発やICC脱退という個々の政策の妥当性は、それぞれ丁寧に確かめる必要がある。小国の声に耳を傾けることは、その政府のすべての判断を無条件に支持することではない。
それでも、演説が国際社会に突きつけた問いは残る。
「すべての国のため」と掲げる制度が、人口や経済規模の小さな国にも、実際に機会と権利を保障しているのか。大国の合意が成立しただけで、その制度は機能したと言えるのか。
国連への信頼を取り戻すには、約束を実行し、小国にも成果を届けなければならない。アデアン氏が求めたのは、国際社会が自ら掲げてきた原則を、自分たちの暮らしと未来にも適用することだった。