国際法を守ると語るとき、その原則は、相手がどの国であっても貫かれているのか。
そして、世界のルールを決める場に、途上国はどれだけ参加できているのか。
ベトナムのトー・ラム共産党書記長兼国家主席は9月22日、ニューヨークで開かれた第81回国連総会の一般討論演説で、国際法の「選択的な適用」を批判し、主権の尊重と、途上国が自らの発展を選ぶ権利を訴えた。
パレスチナの人々の自決権を支持し、米国にはキューバへの制裁解除を要求する。一方、南シナ海では国際法に基づく自国の権利を主張し、国連を中心とした協力の強化を呼びかける。
本シリーズで取り上げてきた米国、英国、フランス、トルコ、日本の演説と比べ、何が異なるのか。
注目したいのは、大国間の競争が激しくなる世界で、各国がどうすれば自らの選択肢を保ち、人々の暮らしを向上させられるのかという視点だ。
「西側対非西側」だけでは見えない共通点と違い
まず、これまで取り上げた国々を、一つの立場にまとめることはできない。
フランスのマクロン大統領は、欧州では主権を重視しながら、中東やアフリカでは軽視する二重基準を批判した。トルコのエルドアン大統領も、国際法を強い国と弱い国で異なるように適用してはならないと訴えた。
国際法の適用をめぐる問題意識では、両者とベトナムの間に共通点がある。
また、トランプ米大統領は国際刑事裁判所(ICC)を非難し、加盟国に脱退を求めた。 一方、本シリーズで取り上げた日本の高市首相は、ICCを含む国際司法への支援実績を強調していた。米国と日本の間にも違いがあった。
ベトナムの特徴は、国際法や主権の問題を、開発資金、気候変動対策、AIのルール作りまでつなげた点にある。大国の行動を律する原則と、途上国が発展する条件を、一つの演説の中で結びつけたのである。
戦争の経験から訴えた、国際法を選別しない責任
トー・ラム氏は、軍拡や核兵器の近代化、貿易・投資・技術をめぐる障壁が、対立の危険を高め、各国の発展の機会を狭めていると指摘した。
そのうえで、自国の歴史に触れた。
「ベトナムは、自らの歴史から、戦争の代償、独立の価値、そして和解と協力の力を理解している」
国際秩序が変わることは避けられない。しかし、対立や紛争まで避けられないわけではない。そう述べ、国家間の信頼を回復する出発点に、国連憲章と国際法を置いた。
求めたのは、独立、主権、領土保全、そして各国が自らの発展の道を選ぶ権利の尊重だ。内政干渉を控え、国連憲章に反する武力による威嚇や武力行使を行わない。その原則は、全面的に、一貫して、選別することなく守られなければならないとした。
特に大国には、国際法の尊重と自制を率先するよう求めた。
この主張を踏まえれば、他国にルールを守るよう要求する国ほど、自らも同じルールに従う責任を負う。国際秩序への信頼は、その一貫性によって支えられるという問題提起だ。
パレスチナの自決を支持、米国にはキューバ制裁解除を要求
パレスチナについての立場は明確だった。
トー・ラム氏は、パレスチナの人々の自決権を支持し、独立したパレスチナ国家がイスラエルと平和的に共存する「二国家解決」を支持すると述べた。根拠として挙げたのは、国際法と関連する国連決議である。
その直前には、あらゆる紛争で民間人を保護し、国際人道法を守り、人道支援へのアクセスを確保する必要性を強調している。
今回の発言は、イスラエルへの個別の制裁措置などに踏み込むものではなかった。それでも、パレスチナの人々が自らの将来を決める権利と、国家として共存する政治的な道筋を、明示した点は押さえておきたい。
米国への具体的な要求は、キューバをめぐって示された。
トー・ラム氏は、米国に一方的な禁輸措置と制裁、エネルギー封鎖の終了を求め、キューバをテロ支援国家の指定から外すよう要求した。国際社会にも、制裁によって生じたと同氏が位置づける危機を乗り越えるため、キューバを支援するよう呼びかけた。
ここでは、経済的な圧力を受ける国の発展と、人々の生活を守る立場が前面に出ている。
ただし、この発言だけから、ベトナムがあらゆる制裁を否定しているとまでは言えない。今回、明確に解除を求めた対象は、米国による対キューバ措置だった。
南シナ海では権利を主張、ロシア・ウクライナには言及せず
米国への制裁解除要求だけを取り出すと、ベトナムの外交を読み違える。
トー・ラム氏は、南シナ海をベトナム側の呼称である「東海」と呼び、1982年の国連海洋法条約を含む国際法に基づいて、紛争を平和的に解決すると述べた。同時に、自国の主権、主権的権利、管轄権を断固として守る姿勢を示した。
演説では中国を名指ししていない。それでも、自国の海洋権益を国際法に基づいて主張する立場は明確だ。
米国に異議を唱えたことから、そのまま別の大国への追随を読み取ることはできない。演説の結びで示したのも、独立、自主、自立を基礎とする外交と、対外関係の多国間化・多様化だった。
一方で、語られなかった問題もある。
今回の演説では、ロシアとウクライナへの直接の言及はなかった。ロシアによる侵略を名指しして批判した英国や日本の演説とは、違いがある。
言及がないことだけで、侵略を容認したと断定することはできない。しかし、主権と領土保全を例外なく尊重するという原則を、この戦争でどう具体化するのかは、演説からは分からない。
国際法の選択的な適用を批判する言葉は、ベトナム自身の外交を検証する物差しにもなる。
援助を受けるだけでなく、ルールを決める場へ
演説の特色がよく表れていたのが、開発をめぐる提案だ。
トー・ラム氏は、途上国が負担可能なコストで長期の資金を調達できるようにすること、債務を抱える国を支えること、国際金融・通貨機関で途上国の発言力を強めることを求めた。
気候変動対策でも、被害に備えるための資金、技術移転、公正なエネルギー移行を重視した。
ここで問われているのは、支援の金額とともに、その条件や優先順位を誰が決めるのかという問題だ。
必要な資金を借りられなければ、学校や病院、災害に備える施設を整えることは難しくなる。技術へのアクセスが限られれば、新しい産業を育てる機会も狭まる。発展の道を自ら選ぶには、資金と技術、そして意思決定への参加が必要になる。
トー・ラム氏は、ベトナム自身についても、復興や改革の過程で国連から支援を受ける立場から、PKOなどを通じて貢献する立場へと変化してきたと説明した。
2030年には近代的な産業基盤を持つ上位中所得国に、2045年には高所得の先進国になるという目標も掲げた。
国連改革で、途上国の利益を守ることを重視したのも、この発展への道筋とつながっている。自らが参加し、声を反映できる国際制度を求めているのである。
AIの進歩は、途上国に新たな依存を生まないか
技術をめぐる発言にも、同じ問題意識があった。
トー・ラム氏は、科学技術やAIが前例のない機会を開く一方、その未来が自動的に公平になるわけではないと指摘した。技術の進歩によって、格差を縮め、発展の機会を広げる必要があり、新たな依存や紛争の原因を生んではならないと訴えた。
そのために求めたのが、途上国のルール作りへの実質的な参加と、デジタル基盤や能力の整備への支援だった。透明性、安全性、説明責任に加え、国家主権とデジタル主権の尊重も挙げた。
トランプ氏は今回の演説で、AIをめぐる技術的な優位が経済・地政学的な競争の勝敗を左右するという見方を示していた。
両者を比較すると、重点の違いが見える。米国大統領は技術競争の優位を強調し、ベトナムは、その競争の中で途上国が依存を深めず、恩恵と決定権を得られる条件を求めた。
ただし、この懸念も「非西側」だけのものではない。マクロン氏も、AIのルール作りを米中と少数の民間企業だけに委ねてはならないと訴えていた。
陣営の境界を越えて、意思決定の集中をどう防ぐかという課題が浮かんでいる。
「自ら選べる世界」を、人々の暮らしにつなげられるか
「ベトナムは、平和、協力、発展を選ぶ」
トー・ラム氏は演説の結びでそう述べ、国連の強化と国際法の尊重に取り組むと表明した。
演説から読み取れるのは、既存の国際制度を改革しながら、その中で自国と途上国の発言力を高めようとする姿勢だ。国連を支え、大国に自制を求め、資金や技術を利用できる条件を広げる。それらを、自らの発展を選ぶための基盤として位置づけている。
同時に、国家が自らの道を選ぶというとき、その国で暮らす一人ひとりの意思や権利はどう保障されるのかも問われる。トー・ラム氏自身、開発は人間を中心に据え、誰も取り残してはならないと述べている。
パレスチナの人々の自決をどう支えるのか。主権と領土保全の原則を、ウクライナでもどう貫くのか。途上国の発言力を高めることを、そこで暮らす人々の選択肢を増やすことへ、どうつなげるのか。
ベトナムの演説は、大国が何を決めるかに加え、その決定を受ける国々に、どれだけ選ぶ余地があるのかを問いかけた。その訴えの実効性もまた、人々の命と暮らしに照らして確かめていきたい。