✍ 市民記者: JUN HORI さんの投稿
国連への信頼を取り戻すというのなら、まずガザの子どもたちの安全を守れるのか。
トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は9月22日、ニューヨークで開かれた第81回国連総会の一般討論演説で、イスラエルを強く非難するとともに、国連安全保障理事会の改革と、国際法を強い国にも弱い国にも等しく適用するよう訴えた。
本シリーズでは、フランス、英国、米国、日本の演説を通じて、各国が語る「平和」や「法の支配」を、現地で生きる人々の命と権利に照らして考えてきた。
エルドアン氏は、その問いを国際社会の意思決定の仕組みに向けた。
なぜ、被害を止める必要性が訴えられ続けても、国連は動けないのか。誰の意思が優先され、誰の声が届かないのか。
同時に、その批判を発するトルコ自身の外交も、同じ原則で検証する必要がある。
国連への信頼を、ガザの子どもの安全から問う
演説の冒頭、エルドアン氏が取り上げたのは、会場にいないパレスチナのアッバス議長だった。
多くの国連加盟国がパレスチナを国家として承認しているにもかかわらず、アッバス氏は2年続けてこの場に出席できていない。その状況を不正義だと批判し、トルコはパレスチナの人々の声を届け続けると述べた。未承認の国々には、立場を見直すよう求めた。
続いて語ったのは、がれきの下から家族を捜す人々や、手足を失っても学校に戻ろうとする子どもたちの姿だった。ガザの状況を「国家によるテロ」「ジェノサイド」という言葉で非難し、イスラエル政府への強い批判を展開した。
そのうえで、国連への信頼を回復する条件を、こう表現した。
「ガザの子どもたちは安全でなければならない」
パレスチナの子どもが空を見上げたとき、そこにあるのは戦闘機や無人機ではなく、自由に飛ぶたこであってほしい。レバノンの子どもが夜中に爆撃音で目を覚ますことがないようにしなければならない。
国際機関への信頼は、現地で人々が安全を取り戻せるかによって確かめられる。エルドアン氏は、国連改革を、子どもが見上げる空の風景に結びつけた。
トランプ氏の停戦努力を評価、それでも続く犠牲
米国への姿勢を考えるうえで注目したいのは、エルドアン氏がトランプ大統領の停戦への努力を評価したことだ。
トランプ氏の尽力と、トルコを含む各国の貢献によって停戦が成立したと述べた。一方で、停戦後もガザの人々が殺害されていると訴え、イスラエル政府が占領を続けていると批判した。
ここには、合意を成立させた外交努力の評価と、その後の現実への批判が併存している。
トランプ氏は今回の国連演説で、米国がガザの戦争を終わらせ、残された人質の帰還を実現したと、自らの成果を強調した。
その成果を、住民の側からどう確かめるか。
停戦合意が結ばれた後、殺害は止まったのか。病院は機能し、子どもは安全に学校へ通えるのか。住民が生活を取り戻すための復興は進んでいるのか。
エルドアン氏はガザの早期復興を求め、イスラエルへの圧力を強めるよう各国に呼びかけた。さらに、1967年の境界線に基づき、領土の一体性を備え、東エルサレムを首都とする独立したパレスチナ国家の実現を支持した。
停戦から復興へ、そして人々が自らの将来を決める政治的な権利へ。その道筋まで含めて、和平の実効性が問われている。
「世界は5か国より大きい」――動けない国連を変えるには
「世界は5か国より大きい」
エルドアン氏はこの言葉を掲げ、安保理改革を要求した。
国際の平和と安全を守るためにつくられた国連が、その使命を果たせなくなっている。より正確には、果たせない状態にされている。そう指摘し、190か国以上の意思が、わずか5か国に左右される仕組みは公正ではないと訴えた。
念頭にあるのは、拒否権を持つ米国、英国、フランス、ロシア、中国の5常任理事国だ。
国際社会の多数が必要だと考える対応でも、大国の利害によって実現が阻まれる。その構造を変えなければ、危機の現場で国連に望みを託す人々の失望は深まるという問題提起である。
ただし、演説では、拒否権を具体的にどう見直し、新たな意思決定の仕組みをどう設計するかまでは示していない。
代表性を高めることと、市民の被害を止めるために迅速に行動できること。その両方を実現する制度を、どうつくるのかが残された課題だ。
強い国にも弱い国にも、同じ国際法を
エルドアン氏が国際秩序の原則として最初に挙げたのは、国際法を強い国と弱い国で異なるように適用する考え方を改めることだった。
違反した者が責任を免れ、不処罰が当たり前になる国際秩序は衰退する。その警告は、今回の演説の中心にある。
本シリーズで取り上げたマクロン仏大統領も、欧州では主権を尊重しながら、中東やアフリカでは軽視する二重基準を批判した。重大な違反を犯しても責任を問われない秩序を容認してはならないとも訴えている。
両者の発言を重ねると、国際法への信頼を壊しているものが見えてくる。
守られる権利の重みが、その人の暮らす地域や、加害を問われる国の軍事力、同盟関係によって変わってしまうことだ。
エルドアン氏は、地域が主体となる紛争解決、協力と開かれた外交、所得格差の是正、人間中心の技術利用も掲げた。地域主導の取り組みの例として、黒海の穀物輸送をめぐる合意を挙げている。
国際秩序を支えるには、法の適用を公平にするとともに、人々の食料や生活を守る具体的な協力を積み重ねる必要があるという考え方だ。
ウクライナでは主権・領土保全と、対話による終戦を重視
ロシア・ウクライナ戦争については、ウクライナの主権と領土保全が守られる形で終わることを望むと述べた。
黒海の航行の安全、食料安全保障、戦争の拡大防止のために、当事者との接触を続けていると説明。黒海の商船への攻撃は、誰が実行したものであっても容認できないとした。
イスラエル政府への厳しい非難と比べると、この部分では、終戦の条件と、当事者との対話を続ける姿勢に重点が置かれている。
演説からは、ウクライナの主権と領土保全への支持を示しながら、交渉の仲介役として関与しようとする立場が読み取れる。
欧州との関係でも、トルコの役割を強調した。北大西洋条約機構(NATO)への関与を示し、トルコを排除した欧州の安全保障は、より強固にも安全にもならないと述べた。
国際秩序の不公正を批判すると同時に、安全保障の担い手として自国を位置づける。トルコの外交上の狙いも表れた演説だった。
トルコ自身も問われる、北キプロスと原則の一貫性
国際法の二重基準を批判する言葉は、発言した側にも向けられる。
エルドアン氏は今回の演説で、「北キプロス・トルコ共和国」の承認を国際社会に求め、政治・外交・経済関係を樹立するよう呼びかけた。トルコ系キプロス住民の主権上の平等と、平等な国際的地位を認めるべきだと主張したのである。
しかし、国連安保理決議550は、北キプロスの承認を行わないよう各国に求め、キプロス共和国の主権、独立、領土保全などを尊重するよう要請している。
エルドアン氏の承認要求は、この安保理決議の立場と対立する。
パレスチナとキプロスは異なる歴史と法的背景を持ち、単純に同一視することはできない。それでも、国連を中心とする秩序と国際法の一貫した適用を訴える以上、トルコは自国の政策と国連決議との関係を説明する必要がある。
他国の二重基準を指摘することと、自国の政策を同じ厳しさで検証すること。その双方が伴ってこそ、原則を掲げる言葉への信頼は生まれる。
「声なき人々の声」を、実際の権利につなげられるか
エルドアン氏の問題提起は、戦争に限られなかった。
気候危機の被害を受ける途上国が必要な資金を得られないこと、大量の食品が捨てられる一方で飢えに苦しむ人がいること、技術を持つ側と持たない側の格差にも言及した。
演説を通じて浮かぶのは、意思決定に力を持つ側と、その結果を引き受ける人々の間にある隔たりだ。
結びでは、抑圧され、声を届けられない人々のために発言し続け、不正義の前で沈黙しないと誓った。
その言葉を評価するためにも、今後の行動を見続けたい。
ガザの子どもたちの安全を守るために、何を実現するのか。ウクライナの主権を守る終戦に、どう貢献するのか。自国に関わる国連決議には、どう向き合うのか。
「世界は5か国より大きい」という訴えの先で、より多くの国や人々の意思が届き、一人ひとりの命と権利が守られる仕組みをつくれるか。
トルコ自身も、その問いの前に立っている。