✍ 市民記者: JUN HORI さんの投稿
力や威圧による一方的な現状変更は、世界のどこであっても認められない。
高市早苗首相は9月22日、ニューヨークで開かれた第81回国連総会の一般討論演説で、法の支配に基づく国際秩序を守る決意を表明した。ロシアによるウクライナ侵略を明確に非難し、国連安全保障理事会の機能不全を指摘。国際司法への支援と、国連改革の必要性を訴えた。
一方、約21分の演説で、パレスチナ、ガザ、イスラエルへの直接の言及はなかった。米国やトランプ大統領も名指ししなかった。
フランス、英国、米国の演説と重ねて読むと、日本が何を守ろうとし、どの問題について具体的な立場を示したのかが見えてくる。そして、掲げた原則を、どこまで一貫して実行するのかという問いが残る。
ロシアの侵略と拒否権行使を、明確に批判
高市氏は、国際秩序について、冷戦後の安定した時代は過去のものになったと述べた。地政学的な競争が激しくなるなか、民間人が命を失い、物資の流通が滞り、物価高が暮らしを圧迫している。その危機感が演説の出発点だった。
力や威圧による一方的な現状変更は、国連憲章の原則に反し、世界のどこでも容認できない。その最も明白な例として挙げたのが、ロシアによるウクライナ侵略である。
国際の平和と安全に特別な責任を負う安保理常任理事国が、他国を侵略し、自らの行動に関する決議に拒否権を行使している。高市氏は、この状況では安保理が国際平和のために機能しているとは言えないと批判した。
ロシアと北朝鮮の軍事協力の強化にも懸念を示し、核やミサイル関連技術の拡散を警戒。インド太平洋と欧州・大西洋の安全保障は不可分だと述べた。
ウクライナで起きていることを、日本から遠い地域の戦争として切り離さず、国際秩序と日本の安全に関わる問題として位置づけたのである。
ガザとパレスチナについて、具体的な言葉はなかった
この明確な対ロシア批判に対し、パレスチナをめぐる問題は演説で取り上げられなかった。
ガザの住民の保護や人道支援、ヨルダン川西岸の入植拡大、パレスチナの国家承認、イスラエルとパレスチナが共存する二国家解決について、具体的な見解や方針は示されていない。ハマスや人質問題への言及もなかった。
この点は、仏英の演説と比べると違いが際立つ。
フランスのマクロン大統領は、ガザで平和を達成したという主張と、人道回廊が実現していない現実との隔たりを指摘した。欧州では主権を尊重しながら、中東やアフリカでは軽視する「二重基準」も批判した。
英国のバーナム首相は、ハマスによる2023年10月7日の攻撃を非難したうえで、それによってイスラエル政府のガザや西岸での行動が正当化されるわけではないと述べた。二国家解決への支持を、入植拡大への対応という行動で示す必要性を訴えた。
米国のトランプ大統領も、ガザの戦争を終わらせ、人質の帰還を実現したと、自らの外交成果を強調していた。
三者の評価や立場は異なる。それでも、いずれもガザやパレスチナをめぐる問題を具体的に語った。高市氏の演説では、その問題に日本がどう向き合うのかを聞くことはできなかった。
ただし、演説で触れなかったことだけから、イスラエルの行動を容認している、あるいはパレスチナ政策を変更したと断定することはできない。確認できるのは、今回の一般討論演説で、具体的な立場の表明がなかったという事実だ。
中東情勢は、航行の自由と暮らしの危機として語られた
中東そのものに関心を示さなかったわけではない。
高市氏が繰り返し取り上げたのは、ホルムズ海峡の自由で安全な航行だった。すべての船舶が従来どおり追加の費用なく通航できることは、中東の安全保障と世界経済の安定に極めて重要だと強調した。
燃料、化学製品、医療物資の供給への不安に加え、肥料の供給が滞ることで、アフリカやアジアを中心に食料危機のリスクが高まっていると指摘。中東全域の早期の緊張緩和に向け、外交努力を続けていると説明した。
バベルマンデブ海峡の安定にも言及し、関係国や国際海事機関(IMO)との連携を表明した。
海上輸送が止まれば、人々の食卓や医療、仕事に影響が及ぶ。航行の自由を暮らしの問題として捉えた点は重要だ。一方、中東の緊張を誰のどの行動によるものと評価するかについては、米国、イスラエル、イランのいずれも名指ししなかった。
米国を名指しせず、ICCへの支援実績を強調
では、米国に対しては、どのようなメッセージを発したのか。
高市氏は米国やトランプ氏を直接批判していない。ただ、国際司法をめぐる発言には、両者の立場の違いが表れている。
トランプ氏は国際刑事裁判所(ICC)を強く非難し、加盟国に脱退を求めた。
高市氏は、日本が紛争解決における法の支配を重視してきた証しとして、国際司法裁判所(ICJ)、ICC、国際海洋法裁判所への一貫した支援や、裁判官の輩出を挙げた。日本政府内に和平調停を担う組織を設け、平和的な紛争解決に、より積極的に取り組むとも述べた。
ICCから離れるよう求める米国大統領と、ICCを含む国際司法を支えてきたと強調する日本の首相。両演説を比較すると、国際司法を支える姿勢には明確な違いがある。
高市氏の発言を、トランプ氏への反論として意図されたものとまでは確認できない。それでも、米国を名指ししなかったことと、米国と同じ立場を示したことは同義ではない。
今後問われるのは、この姿勢を具体的な外交でどう貫くかだ。国際司法の独立性や判断を、対象となる国との関係に左右されずに尊重できるか。日本自身の行動も、その原則に照らして確かめる必要がある。
国際秩序を支えるのは、各国が自ら未来を選べる力
高市氏が描いた国際秩序は、法や制度だけで成り立つものではなかった。
「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」について、各国が自らの将来を自由に決める能力と、経済、社会、安全保障の各分野で危機に耐える力を持つことが不可欠だと説明した。
その具体策として、エネルギーや重要鉱物の供給網の強化、石油備蓄、産出国と消費国の協力、代替調達先の確保を挙げた。重要鉱物の産出国が、採掘に加えて精錬や加工でも役割を担えるよう支える方針も示した。
演説から読み取れるのは、物資やエネルギーの供給が途絶える不安を減らし、各国が自ら選択できる条件を整えようとする考え方だ。法の支配と経済の安定を、国際秩序を支える両輪として位置づけている。
核兵器の問題では、被爆者の訴えを原点に、核兵器のない世界を目指すと表明。核保有国と非核保有国が参加する核不拡散条約(NPT)体制の維持・強化を求めた。北朝鮮には核・ミサイル開発への対応と拉致問題の即時解決を求めつつ、対話への用意も示した。
さらに、防災、気候変動、保健、AIなどの課題でも国際協力を進める姿勢を打ち出した。日本が目指す秩序を、戦争や軍事だけに限定せず、人々の生活を支える幅広い協力として説明したのである。
国連を「器」と捉え、加盟国に改革の責任を問う
国連への姿勢も明確だった。
高市氏は、一国だけで世界の課題を解決することはできず、世界規模でかじを取れるのは国連だと述べた。国連を「器」にたとえ、その中身を決める責任は加盟国にあると強調した。
制度の疲弊を嘆くことにとどまらず、加盟国が改革を進め、実効性を取り戻す。そのために、1945年当時の世界を反映した安保理を、現在の国際社会に合う構造へ変える必要があると訴えた。
具体的には、常任理事国と非常任理事国の双方の拡大を要求。国連憲章の旧敵国条項についても、削除への決意を示した2005年の国連総会決議を踏まえ、削除を求めた。
一方、今回の演説では、理事国の拡大を、拒否権による機能不全の解消にどう結びつけるかという具体策までは示していない。代表性を高める改革と、侵略や市民の被害に対して実際に行動できる仕組みを、どう両立させるかが課題として残る。
「世界のどこでも」という原則を、どう実行するか
高市氏の演説は、法の支配、国際司法、多国間主義を支える日本の立場を示した。ロシアによる侵略を批判し、国連を立て直す責任を加盟国に求めた点は明確だった。
その言葉を受け止めたうえで、さらに聞きたいことがある。
力や威圧による現状変更を世界のどこでも認めないという原則を、ガザやヨルダン川西岸では、どのような行動につなげるのか。米国を含む関係国に、国際法や国際司法を尊重するよう、何を求めていくのか。
今回の演説で答えが示されなかったことには、政府の説明を求めたい。そして、掲げた原則については、その後の行動を確かめたい。
ウクライナで暮らす人々にも、パレスチナやイスラエルで暮らす人々にも、安全と尊厳が保障される。そのために日本は何をするのか。
国連の演壇で語られた「法の支配」を、現地で生きる一人ひとりの命と権利につなげられるか。日本の外交もまた、その問いの前に立っている。
