「善意の官僚を装った、傲慢な寄生虫たち」
アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領は9月23日、国連総会の一般討論演説で、国連を支える官僚機構に激しい言葉を浴びせた。国際法や人権を守る使命を果たさず、人々の暮らしへの介入ばかり強めているという批判だ。
一方、演説の後半で掲げたのは、人工知能(AI)への積極的な投資誘致だった。事前規制を避け、税制優遇などを通じて、アルゼンチンを世界で最も競争力のあるAI開発拠点にしたいと訴えた。
国際機関への敵意と、市場や技術への楽観。その組み合わせを、どう理解すればいいのか。
今回の演説には、ポピュリズムに通じる強い反エリートの語り口がある。ただし、強い言葉や規制への反対だけで、政治家をポピュリストと判定することはできない。何を根拠に批判し、異なる立場の人々をどう扱うのか。その区別が必要だ。
8bitNewsでは、国連での各国首脳の演説をシリーズで検証している。
ポピュリズムは「人気取り」と同じではない
ポピュリズムは、しばしば「大衆迎合」や「人気取り」と説明される。しかし、それだけではミレイ氏の演説を十分に読み解けない。
政治学者カス・ミュデは、社会を「純粋な人民」と「腐敗したエリート」という対立する集団に分け、政治は人民の総意を実現すべきだとする考え方として、ポピュリズムを定義した。
また、政治思想家ヤン=ヴェルナー・ミュラーは、自分たちだけが本当の人民を代表すると主張する「反多元主義」を重視する。異なる意見や利益を持つ人々も、対等な政治参加者として認めるかが問われる。
ミレイ氏については、研究上の評価も一様ではない。ドイツの研究機関SWPは2024年の報告で、政治エリートを攻撃する姿勢と徹底した市場重視を「リバタリアン・ポピュリズム」として分析した。一方、同年の学術誌『Contemporary Politics』掲載研究は、「人民」を中心に据える発想が弱いとして、氏の言説を部分的にポピュリストと評価している。
つまり、市場や個人の自由を重視する思想と、敵対するエリートを攻撃する政治手法を、それぞれ見ていく必要がある。
政策への批判が、相手の「悪意」の断定に変わるとき

今回の演説で目立ったのは、自由に生き、働き、創造しようとする人々と、その自由を奪う官僚や国家という対立の構図だった。
ミレイ氏は、国連が独裁政権やテロ組織には無力でありながら、ルールを守る民主主義国には統制を課していると主張。経済規制、ジェンダー政策、環境政策などを、その例として並べた。
ここでは、個々の政策が有効かどうかという議論が、自由を守る側と、それを奪う側との道徳的な対立として語られている。反エリートのポピュリズムと重なる部分だ。
その特徴が、さらに強く表れたのがパンデミックへの言及だった。
ミレイ氏は、ロックダウンが雇用や教育を損ない、多くの命を失わせたと主張。一連の対応を「科学を装った社会統制の実験」と呼び、「ジェノサイド」という言葉まで用いた。世界保健機関(WHO)からの離脱を決めた理由も、この文脈で説明した。
ただし、これらはミレイ氏の主張である。演説では、「社会統制の実験」だったという意図の断定や、死亡への因果関係を裏づける具体的なデータは示されていない。
行動制限がもたらした不利益を検証することと、政策担当者が人々を支配するために行動したと断定することには、証明すべき内容の違いがある。強烈な言葉に接したときほど、その根拠を確かめたい。
国連を批判しながら、国連決議の実行を求める
もっとも、演説の主張をすべて「ポピュリズム」で片づければ、具体的な争点を見落とす。
ミレイ氏が多くの時間を割いたのは、英国が実効支配し、アルゼンチンが領有権を主張するフォークランド諸島、アルゼンチン名マルビナス諸島の問題だった。
氏は、周辺海域の「シーライオン」石油開発を非難。自国が認めていない資源開発は違法だと主張し、関係企業への制裁や法的措置を進めていると説明した。

根拠として挙げた国連総会決議31/49は、1976年に採択されたものだ。英国とアルゼンチンに主権紛争の交渉を進めるよう求めるとともに、国連が勧告したプロセスが続く間、状況を一方的に変更する決定を控えるよう両当事者に求めている。
「決議があっても、現実に何の結果も伴わないのなら、何の役に立つのか」
ミレイ氏の問いは、国際機関の実効性をめぐるものでもある。国連の権威を攻撃しながら、自国の主権を守るためには、その決議が実行されることを求めている。
一方、英国政府は9月18日の声明で、島民の自決権を支持し、資源を開発する権利もその一部だと反論している。ミレイ氏による「違法」という評価を、そのまま確定した法的事実として扱うことはできない。
AIへの楽観――企業の自由と、被害を受ける人の権利
AIをめぐる主張には、ミレイ氏の経済思想がよく表れていた。
氏は、印刷機、蒸気機関、電力、インターネットも、登場時には不安を招いたと指摘。AIも生産性を高め、医療や教育、行政を変える新たな機会になると強調した。
そのうえで、事前規制を避ける方針、AIエージェントを使う企業の責任限定、税制優遇を掲げた。国家による統制は、官僚が他者の創造を制限する権限を持つことになる、という考え方だ。
新しい技術の可能性を認めることも、規制の費用や副作用を問うことも、政策論として検討すべき主張である。
しかし、生産性が上がるという説明だけでは、利益が誰に届き、損失を誰が負うのかまでは分からない。企業の責任を限定するなら、AIによって損害を受けた人は、誰に、どのように救済を求められるのか。演説では、その制度設計までは語られなかった。
また、ミレイ氏はAIを地政学的に中立な技術とは見ていない。西側が開発を主導すべきだと訴え、トランプ米大統領の構想への支持を表明した。市場の自由と同時に、西側の戦略的優位を求めている。
この演説を読む限り、氏が縮小したいのは国家のあらゆる役割ではない。経済への介入を抑えながら、主権の防衛や軍事力、国際的な影響力は強化するという国家像が見える。
見極める鍵は、反対する人の自由まで守るか
今回の演説から読み取れるのは、強い反エリートの言葉に、自由市場への信頼、国家主権の強調、米国・イスラエルとの連携を組み合わせた政治である。
官僚や国際機関を一括して道徳的に非難する語り口には、ポピュリズムの特徴が見られる。
批判する報道機関や研究者を、正当な異論の担い手として扱うか。議会や司法が政策に歯止めをかけたとき、その役割を尊重するか。改革の利益だけでなく、負担や被害を訴える人々の声にも応えるか。
こうした点を、具体的な行動に照らして判断する必要がある。
ミレイ氏は演説の最後を、自由への賛歌で締めくくった。その自由が、支持者や企業に加え、自分に反対する人々にも等しく保障されるのか。そこに、氏の政治を見極めるための重要な問いがある。