この動画の要点
- 熊本県宇城市松橋町の帽子工場「株式会社フラミンゴ」が、震災被害からの復旧状況と現状の課題を語りました。
- 地震により編み機やボイラー、染色に不可欠な地下水ポンプなどの設備が損壊し、生産ラインに大きな影響が出ています。
- 被災した従業員たちが避難所から工場に駆けつけ、設備の復旧や近隣住民への水提供など、一丸となって活動しています。
- 取引先からのキャンセルや納期遅延が懸念される中、自社ブランドのベレー帽販売を通じた支援を呼びかけています。
全文書き起こし
田中(8bitNews): お疲れ様です。田中です。暑い中すみません。
吉田照陳(株式会社フラミンゴ): 全然です。はじめまして。
取材 田中慎太朗: 今回、本当に社員、従業員に支えられたということで、彼らが先頭に立って、色々な機械の損傷を、業者が来てくれないので自分たちで何とかしようということで動いてくれました。家も半壊している中、午前中だけでも工場に来てくれたり、本当に従業員に支えられています。
田中: すぐにパッと取り替えたり修理したりするのが難しいというのがですね。
吉田香里(株式会社フラミンゴ): そこをね、避難所生活なのにこちらに来て生産をしてくれている社員もいますので、すごく助かっています。
田中: 人的被害がなかったのが、不幸中の幸いというか救いですね。皆さん、当時のことはどんな風におっしゃっていましたか?
吉田香里: 全く覚えていないとか、思い出したくないというのが本音じゃないでしょうか。
田中: 松橋工場の被害としてはどんな感じだったんですか?
吉田照陳: 工場の中、建物自体は崩れるというのはなかったんですけど、ひび割れや窓が割れたりですね。中がごちゃごちゃになって、編み機というこんな重たい機械でも動くのかというくらいズレたり、傾いたりしました。去年直したばかりのボイラーなんかも傾いてしまって、それも直すのにいくらかかるかな、とか。
田中: 直さなければいけない機械というのは、全体の何割くらいですか?
吉田照陳: 10から20パーセントくらいですね。それくらいまでみんな手直しで調整してやってきました。本当に業者に頼まないといけないのが最終的に20近くになるかなと。
田中: 全工程を一貫して作られている工場なわけですから、その10、20パーセントが使えないというのはラインとしてはすごく影響が出ますよね。
吉田香里: 当初、私たちの工場の売り文句として自社で染色しているというのが日本でも数少ない中、まず地下水を汲み上げているポンプが全く折れてしまって、水が上がってこないというのを大阪で聞いて、生命線が水なので、染色不可能かと。ボイラーもポキッと折れて、私たちが届けたい帽子が全く生産できないと思って、どうしたらいいのかという感じだったんですけど。こちらに来て工場長と現場担当の子が何とかやってみようと言って動かしてくれて。「ここまで上がってきたら、あとは業者の方にお願いしたら水が出るんじゃないか」と言ってみんなでワーッと喜んで。やっと水が流れて、今は全部は生産には使っていないんですけど、生活用水として近所の人にも水をあげたりしています。まずは水が、はい。
田中: 次はボイラーですね。
吉田香里: 奥の機械が4台中2台動くようになったんですけど、それも彼がこうやってちょっとずつ動かして戻していったので、そこが稼働できれば編みの方も戻ってきます。少しずつ目処がついてきたので、本当に皆さん他の従業員の思いが一つになって復旧できてきているのを実感しています。
田中: 工場の完全再稼働に向けて、今一番懸念していることや困っていることはありますか?
吉田香里: キャンセルの連絡が、仕事がね。
吉田照陳: 作る仕事だから納期が間に合わないとか、どうしてもありますからね。そこが正直、今の仕事の不安ですね。被災しているから分かるんだけど、と言われても相手の納期は守らないといけないですから。それで仕事がなくなってしまうのが懸念材料ですね。
田中: ずっと二人三脚でやってこられたお取引先の方から、他に移られてしまうと来月以降の収益が成り立たなくなりますもんね。
吉田香里: 10年前もそういうことが起きたので。従業員の方々にはご自宅も半壊の中来てもらっているんだけど、同時進行でそういうキャンセルが10年前も出たので、本当に申し訳ないけど生産もしていかないといけない。効率よくしていきましょうというお話をしましたが、やはりキャンセルが入ってきたりしているので、ここをみんなで乗り切って何とか納期に合わせられるように計画を立てています。
田中: プライベートブランドとOEMはどれくらいの割合なんですか?
吉田照陳: OEMが圧倒的に多くて8割くらいですね。あとの2割が、学生帽も入っているので、フラミンゴというブランドの商品と合わせて2割くらいです。
田中: 震災で納期が守れずキャンセルというのは大変ですよね。
吉田照陳: できるだけ納期はもらっていたんですけどね。
吉田香里: お客さんもすごく心配していただいて、オンラインで何か買いたいと言っていただけるんですけど、生産がまだ流れ的に動いていないので。「待っていただけるんだったらご注文お願いします」と言うと、みんな待ってくれるって、温かいお言葉をいただいているので。もしご注文いただけるのであれば、それを受けて精一杯頑張っていきたいと思います。
田中: 今の状況を見て、生産はどれくらいからいけそうですか?
吉田照陳: ミシンとか被害を受けていなかったところは復旧しているので。全面復旧はやっぱり8月末までかかるでしょうね。さっき言っていた染色の機械ですね、そこが直れば全面復旧です。1ヶ月間その8割が滞ってしまうのを考えたら、キャッシュフロー的にも楽観的には見られないですね。
田中: 復旧というところで、一般の方で力になれることはありますか?
吉田照陳: 今まで作っていたものを手直しで完成させた既製品を買ってもらうとか、そういうことをやってもらえたら一番嬉しいですよね。プライベートブランドの。
田中: フラミンゴの魅力、こだわりを教えてください。
吉田照陳: まず主力商品のベレー帽なんですけど、形なんです。海外から伝わってきたベレー帽って、似合う方が少なかったんですよ。被り心地も、欧米の方と東洋の方では頭の形が違うので。その形と被り心地にこだわって、日本人の頭でも似合うようにふっくらした形を作り出しました。それが被りやすくて、楕円形だったのをもうちょっと丸みを出して横の張り込みを被れるようにしたり。そういうちょっとしたこだわりを真剣に作っています。風合いとか、汗をかいても蒸発するように通気性がいいように、天然素材ばかりで作っています。ウール100パーセントで作っているベレー帽というのは、ほとんど家(うち)なんです。ベレー帽といったらウールのベレー帽という印象が強いと思うんですけど、逆に夏でも被れます。今自分が被っている帽子なんかは和紙素材を混ぜていて、型崩れしにくいんです。こんなにピシャッとしても戻って、何回も手洗いしているんですけど被れるんです。慣れたら鏡もいりません。被り方に関係なく被れるのがこだわりかもしれません。
田中: 国内にベレー帽の専門工場って本当にないんですよね。
吉田照陳: 専門でやっているところはないですね、うちだけです。ベレー帽ってつばがないじゃないですか。被ると顔がはっきり見える。だから笑顔が届きやすいんです。はっきり見えて素敵な笑顔になる。だから明るい人が多いんじゃないかなと思うくらいです。
吉田香里: ボイラーさえ直ればまたお届けできるかと思いますので。皆さん温かいお言葉もいただいたので、頑張って復旧を目指して、また皆さんに笑顔を届けたいと思います。
概要(動画説明欄より)
震度7の揺れに見舞われた熊本県宇城市松橋町に、国内で唯一、ベレー帽の編み立てから染色、縫製までを一貫して手がける工場がある。
株式会社ヨシダ(本社・大阪市)のグループ企業、株式会社フラミンゴだ。
建物の倒壊と人的被害は免れた。しかし工場内では、重い編み機がずれ、昨年更新したばかりのボイラーが破損。染色に欠かせない地下水をくみ上げるポンプも止まった。
取材前日の8月6日、ようやく水が出るようになったものの、全面再稼働は8月末になる見通しだ。そして、工場をいま最も脅かしているのは、壊れた機械だけではなかった。
「作る仕事やから、納期が間に合わないとか、どうしてもありますからね」
取材当日にも、取引先から注文キャンセルの連絡が入っていた。
「一番届けたい帽子が、全く生産できない」
株式会社フラミンゴの強みは、編み立て、染色、縫製という帽子作りの工程を自社内で完結できることだ。
しかし、一貫生産であるからこそ、一つの工程が止まれば、工場全体の生産が止まる。
地震直後、最初に大きな壁となったのが水だった。
地下水をくみ上げるポンプが地震で損傷し、水が上がらなくなった。染色には大量の水が必要となる。さらにボイラーも破損していた。
大阪で被害の一報を受けた常務取締役の吉田香里さんは、当時の心境をこう振り返った。
「一番私たちが届けたい帽子が、もう全く生産できないって思って。もう、どうしたらいいのっていう感じでした」
修理業者もすぐには来られない。そこで工場長と染色を担当する社員が、「なんとかやってみよう」と、自分たちでポンプを動かし始めた。
少しずつ調整を続けた結果、水位が戻り、業者による最終的な作業を経て、8月6日に地下水が使えるようになった。
しかし、工場は戻ってきた水を、すぐに帽子の生産へ全量投入したわけではない。
断水が続く近隣住民に生活用水として使ってもらうことを優先したのだ。
代表取締役社長の吉田照陳(あきのぶ)さんは、
「まず生活用水のために、市民の皆さんに水を使ってもらうことを優先しました」
と話す。
一日も早く生産を再開したい。一方で、周囲には日々の暮らしに必要な水を求めている人たちがいる。その双方を見つめながら、工場は復旧への道を歩んでいる。
重い編み機がずれ、ボイラーは破損
工場の建物自体は倒壊を免れたが、壁にはひびが入り、窓ガラスが割れた。
工場内は「ごちゃごちゃ」になり、簡単には動かないはずの重量のある編み機がずれ、傾いていた。昨年更新したばかりのボイラーも破損した。
修理が必要となった設備は全体の1割から2割ほど。多くは社員たちの手直しや調整によって動くところまで戻したが、専門業者でなければ修理できない設備も残されている。
工場奥の機械は4台中2台が復旧し、被害が比較的小さかったミシンなどの工程は稼働を再開した。しかし、主力となる編み機は、まだ完全には動いていない。
自宅が半壊、避難所から工場へ
復旧を支えているのは、社員たちだ。
業者が来られない状況の中、自ら機械の前に立ち、少しずつ動かしながら位置を戻し、修理を続けた。
中には、自宅が半壊した社員もいる。
避難所で寝泊まりしながら工場に通う人や、「午前中だけでも」と出勤する人もいた。
地震当時のことを尋ねると、吉田社長は社員たちの心情をこう代弁した。
「もう全く覚えてない。覚えてないし、思い出したくないというのが、本音じゃないですかね」
自らも被災者であり、生活の再建を進めなければならない。それでも社員たちは、工場の生産を止めないために集まってきた。
吉田香里さんは話す。
「今回、本当に社員、従業員に支えられました。業者が来てくれないので、自分たちでなんとかしようと働いてくれて。家も半壊している中、午前中だけでも工場に来てくれたりしました」
「皆さんと従業員の思いが一つになって、徐々に復旧できてきているというのを、すごく実感しています」
修理できる機械と、戻らないかもしれない仕事
設備は、時間と費用をかければ修理できるかもしれない。
しかし、一度失った取引が戻るとは限らない。
株式会社フラミンゴの売り上げは、取引先のブランド名で商品を製造するOEMが約8割を占める。自社ブランド「フラミンゴ」などの製品は約2割だ。
そのため、地震によって納期が守れなくなり、取引先が別の工場へ発注先を切り替えれば、工場が復旧した後も仕事が戻らない可能性がある。
取材当日にも、キャンセルの連絡が入った。
吉田社長は、
「被災しているからというのは分かってもらえるんですけど、相手の納期は絶対に守らないといけない。それで仕事がなくなってしまうのが一番の懸念ですね」
と語った。
10年前の熊本地震