この動画の要点
- 「性分化疾患」という言葉が、当事者を分類し、レッテルを貼るための道具として使われてしまう現状について語られています。
- 本来は当事者が自らを認識し、同じ悩みを持つ仲間とつながる(ピアサポート)ための言葉であるはずが、外部の人間が「分類」するために利用されることで、言葉の意味が変質してしまっています。
- 言葉が誰のために、どのような目的で使われるのかという「ライン(境界線)」の重要性が指摘されています。
全文書き起こし
女性ゲスト:性分化疾患って言葉でさ、私たちをさ、この「あなたたちはこういう」……なんかさっきマリさんが言ったことそのまんまだけどさ。
堀潤:言葉が、本来私たちのためにある言葉なのに、それが、その私たちを分類したがる人たちのためにある言葉に変わってきてしまってるみたいな話はした。ラインだわ、ラインだ。
女性ゲスト:ラインの話ですね。そうそうそう、そうだ。そうなんだよ。だって性分化疾患って言葉でさ、私たちをさ、この「あなたたちはこういう」……なんかさっきマリさんが言ったことそのまんまだけどさ、同じ、近い苦しみを持つ人たち同士がお互いを認識したりとか、ピアサポートのためにあればすごく良かった「性分化疾患」という言葉が……
概要(動画説明欄より)
「分類される不条理とは?言葉が凶器に変わる瞬間」当事者のための言葉が、いつの間にか他者を線引きする道具に変わってしまう。そんな言葉の持つ危うさと、本来あるべき支え合いのあり方を考えます。
#性分化疾患 #言葉の力 #DSD #ピアサポート #社会問題