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イスラエル軍が一転、ヒンドの車への発砲認め捜査へ 「目を背けないで、証人に」映画『ヒンド・ラジャブの声』監督が語る“正義” #8bitNews

2026/08/21 ▶ VIDEO

この動画の要点

全文書き起こし

溝二葵(聞き手): こんにちは、お会いできてうれしいです。溝二葵です。

カウテール・ベン・ハニア監督: お会いできてうれしいです。

ナレーション: チュニジア出身の映画監督、カウテール・ベン・ハニア。2024年1月29日、パレスチナ・ガザ地区。助けを呼ぶ6歳の少女の声。彼女を助けるために戦った人々がいた。9月に公開される映画『ヒンド・ラジャブの声』。2024年1月29日、パレスチナ・ガザ地区でイスラエル軍による攻撃を受ける車内に残された少女ヒンド・ラジャブは、車内から人道支援組織パレスチナ赤新月社に緊急電話をつなぎ、救助を待ち続けた。映画では、実際に残された彼女の肉声を基に、ヒンドを救おうと奔走したスタッフたちの奮闘が描かれている。

溝二葵: 先月だったと思いますが、Zoomで一度インタビューさせていただきました。雑誌「Harper’s BAZAAR」でインタビューしました。

ベン・ハニア監督: ああ、そうでしたね! はい、覚えています。

溝二葵: ありがとうございます。またお会いできて本当に、本当にうれしいです。ありがとうございます。

ベン・ハニア監督: 私もうれしいです。ありがとうございます。

溝二葵: この映画を通して、パレスチナでは今もこれほど残酷な現実が日常として続いていることの恐ろしさを、改めて実感しました。初めてヒンド本人の声を聞いた時、あなたは何を感じましたか? そして、なぜこの映画を作ろうと決断したのでしょうか?

ベン・ハニア監督: そうですね。私は、ガザで起きていることをずっと追っていました。当時、私は別の映画の撮影を始めようとしていました。何年もかけて脚本を書いてきた映画です。物語を語ること、そして芸術についての映画でした。その一方で、私は考えていました。こんな想像を絶することが起きている時に、私のような「物語を語る人間」に何ができるのだろうかと。そして私にとっては、今、別の物語を語ることはできない、というのは明らかでした。そして、ヒンド・ラジャブの声を聞きました。最初に聞いたのは、電話の録音のほんの短い一部分でした。聞いてから、私はこれまでと同じ日常を送れなくなりました。「聞かなかったこと」にはできません。ずっと頭の中に残り続けました。大きな影響を受け、強烈な無力感を覚えました。私は、無力であることを嫌いなんです。同時に、怒りも感じていました。だから、この感情を抱えて何かをしなければならないと思いました。先ほども言ったように、無力であることが嫌いです。では、自分には何ができるのか? こういう声を聞いた時、誰もが最初に自分自身に問いかけることだと思います。私には、映画を作ることができる。それが『ヒンド・ラジャブの声』の制作に取りかかろうと決めたきっかけでした。準備していた別の映画はいったん脇に置きました。私にとって、それを作るべきタイミングではないと感じたからです。そして私は、『ヒンド・ラジャブの声』の制作を始めました。

溝二葵: ヒンドのお母様へのインタビューも、私はとても強く印象に残りました。映画を制作する中で、ご家族とはどのような対話を重ねてきたのでしょうか? そして、ご家族とどのように関わりながらこの映画を完成させていったのでしょうか?

ベン・ハニア監督: この映画を作らなければならないかもしれない、と思った時、これはフィクションの物語ではない、ということを考えました。ヒンドは、ガザに実在した子どもです。家族に愛されていました。お母さんにも愛されていました。小さな弟もいました。だから、まず最初にすべきことは、ご家族に電話をして、許可をいただくことでした。でも私は、単に「許可」が欲しかったわけではありません。ご家族から心からの賛同を得たいと思っていました。そこで、ヒンドのお母さんに電話をしました。正直に言うと、少し怖かったんです。というのも、その時、彼女はまだガザにいました。娘を亡くした悲しみの中にいました。母親にとって、子どもを失うということは……言葉では言い表せないほどの悲劇です。そして彼女自身も、ガザにいるほかのすべての人たちと同じように、ただ生き延びることに必死な状態でした。そんな彼女に電話をして、「映画」について話そうとしていたわけです。だから、怖かったんです。でも彼女は、名前はウィサム・ハマダさんですが、本当に素晴らしい女性です。最初に話した瞬間から、まるで自分のいとことか、ずっと昔から知っている誰かと話しているような感覚になりました。それに、とてもユーモアのある人です。私にとって彼女は、「レジリエンス(困難から立ち直る力)」そのもののような人です。そして彼女は、私に「もし私がガザで爆撃によって死んだら、誰がヒンドの物語を伝えてくれるのだろう」と思っていたと言いました。そして、「でも、あなたが電話をしてくれたから、もし私が死んでも、もう大丈夫です。外の世界に、ヒンドの物語を伝えてくれる人がいるのだから」そう言ったんです。私は、その言葉に本当に胸を打たれました。しかも彼女は、それを特別なことのようにではなく、ごく普通のことのように私に話したんです。先ほども言ったように、彼女はとてもユーモアのある人です。そして私たちは、すぐに心が通じ合いました。それ以来、彼女はこの映画を後押ししてくれる存在になりました。そして幸運なことに、彼女をガザから退避させることができました。彼女の命が危険にさらされていたからです。その後、私たちは実際に直接会うことができました。そして、この映画とともに、さまざまな場所を一緒に訪れるようになりました。今、彼女は、ガザの子どもたちのための慈善団体を立ち上げようとしています。なぜなら、彼女自身がこう言っているからです。「私の娘は殺されました。でもガザには今も、助けを必要としている子どもたちがいます」だから彼女は今、その子どもたちを支援するための慈善団体を立ち上げようとしています。

溝二葵: この映画は今、世界中へと大きく広がっていますよね。それについて、ヒンドのお母様はどのように受け止めていますか?

ベン・ハニア監督: まず、ヒンドのお母さんは、今でもまだ、この映画を観ることができません。私は編集を終えた時、「あなたに一番最初にこの映画を観てもらいたい」と伝えました。でも彼女は、「観ることができない」と言いました。ヒンドの声を聞くことさえできないんです。彼女の声の録音は、インターネット上の至るところにあります。そして私に、「私の兄弟に見せてください」と言いました。彼女には、とても親しい兄弟がいるんです。彼女は彼を信頼しています。そこで、彼女の兄弟が映画を観て、「とても素晴らしい映画だった」と彼女に伝えました。そして例えば、映画祭などで上映がある時には、私たちは彼女と一緒にさまざまな場所を訪れました。彼女は映画そのものは観ずに、エンドロールが流れる頃に会場に入ってきます。そして、映画を観た人たちと直接会うんです。それが彼女に、とても大きな勇気を与えています。彼女は娘のために、きちんとした葬儀を行うことができませんでした。だから、これほど多くの人たちが自分の娘に心を寄せている、その姿を見ることが、彼女に大きな勇気を与えているんです。前に進み続けるための勇気になっています。

溝二葵: あなたはドキュメンタリーとフィクションを融合させた独自のスタイルで映画を作ってきました。以前インタビューした時、パレスチナの人々は自分たちが置かれている現実をすでに何度も説明しなければならなかったとおっしゃっていました。だから、彼らにもう一度、その現実を説明してほしいと求めることは残酷なことだと。だからこそ、彼らの物語をフィクションを通して語り直す必要があるのだと。その言葉が、ずっと私の心に残っています。なぜそのように考えるようになったのか、なぜこうした物語をフィクションを通して語り直すことを選ぶのか、もう少し詳しく教えていただけますか?

ベン・ハニア監督: まず、この映画はフィクション映画ではありません。いわば、ハイブリッドな形式の作品です。でも、この物語は実際に起きたことです。私はこの映画の中で、何かを作り上げたり、事実にはないことを付け加えたりしてはいません。映画監督としての私の仕事は、「どのような形式で語るのか」を問い続けることでした。この物語を伝えるために、最も適した形式は何なのか。どのようなアングルから、どのような視点からこの物語を語るべきなのか。そして、どのような形式で語るべきなのか。そうした創作上の判断は、すでに存在している実際の物語を伝えるためのものでした。そこには、実際の音声記録も存在しています。つまり、それらは「記録」なんです。映画に俳優が出演しているからといって、この作品がフィクションだということではありません。俳優たちの最も重要な役割は、私たちをあの瞬間へと連れ戻すことでした。ヒンド・ラジャブをまだ救うことができた、あの「現在」の瞬間へと。映画の世界の言葉で言えば、これはある意味、「再現(reenactment)」と呼ばれるものです。ただ、「再現」という言葉はあまり適切ではないとも感じています。「再現」と聞くと、犯罪を扱った作品などを思い浮かべますよね。そうした再現は、必ずしもうまく作られているとは限りません。だから、この映画もある意味では「再現」なのですが、いわゆる「再現もの」のありきたりな形式をあえて使いながら、それを実際に起きた物語を伝えるために使っています。そして私たちを、あの瞬間へと連れ戻す。これは通常のドキュメンタリーではできないことです。なぜならドキュメンタリーは、基本的には過去に起きたことを扱うものだからです。その出来事を「現在の瞬間」として体験するためには、再現という手法が必要になります。俳優たちが、その瞬間に実際に存在しているという形が必要になるんです。だからこれは、この物語をどう伝えるのか、どのようにすればより強く伝えることができるのか、私の創作上の決断でした。私自身が初めてヒンドの声を聞いた時に感じたものを、観客にも共有したかった。なぜなら、彼女の声を聞いた瞬間、私たちは、ヒンドがまだ生きていた、あの「現在」にいるからです。

溝二葵: 昨年、停戦合意が成立しました。しかし、その後も市民は命を失い続けています。国際法も、本来果たすべき役割を果たしていないように見えます。今起きていることを、あなたをどのように見ていますか?

ベン・ハニア監督: 今、私たちは「力」によって支配される世界に生きていると思います。いわば、弱肉強食の世界です。かつて私たちには、第二次世界大戦後に作られた国際法がありました。第二次世界大戦で起きたことがあまりにも凄惨だったからこそ、人類には、国際法によって秩序を保つことが必要だったのです。しかし今、そのすべてが崩れつつあるのを私たちは目の当たりにしています。力さえ持っていれば、何をしても許されるような世界になっている。逆に、力を持っていなければ……ここで言う「力」とは、軍事力のことですが、私たちは今、まるでギャングが支配するような世界に生きているとも言えます。一番力のあるギャングが、自分のやりたいことを何でもできてしまう。とても悲しいことです。私は、こんな世界が持続可能だとは思いません。私たちの子どもたちや、次の世代のことを考えれば、こんなにも非情な世界で生き続けることはできません。

溝二葵: あなたの母国チュニジアは、「アラブの春」以降、民主主義への希望の象徴として見られていた時期がありました。しかし近年では、再び権威主義へと向かっているのではないか、という懸念が強まっています。この変化を、どのように見ていますか? そしてあなた自身は、それにどのように向き合い、抵抗していきたいと考えていますか?

ベン・ハニア監督: とても悲しい変化です。これは私たちが「後退」と呼ぶものです。チュニジアから始まった、いわゆる「アラブの春」以降、私たちは本当に素晴らしい経験をしました。私自身も、その時期にチュニジアですべての映画を制作しました。とても難しいタブーとされてきた問題にも取り組むことができました。それができたのは、「自由の風」が吹いていたからです。私自身も、その自由の中で映画を作ることができました。政治の世界でもそうした自由がありました。しかし最近、私たちは再び独裁体制へと後退してしまいました。とても悲しいことです。ただ、もっと大きな視点で革命の歴史を見ると、革命の後には、独裁へと逆戻りする時期がしばしばあります。例えば、世界で最も有名な革命の一つであるフランス革命を考えてみてください。本当の意味で民主主義を確立するまで、200年もの時間がかかりました。帝政の時代もありました。歴史を大きな視点で見れば、こうした後退の時期というものは存在します。でも、もっと身近な、今まさに起きている現実として見れば、チュニジアはかつて、地域全体にとっての希望でした。それが今では、独裁体制になっています。大統領が、すべての権力を握っています。しかも、「良い独裁ですらない」と言いたくなる状況です。反対勢力はみな、刑務所に入れられています。本当に、本当に、本当に憂鬱な状況です。

溝二葵: 今、世界中で分断がますます深まり、自分とは異なる考えを持つ人と、会話をすることさえ難しくなりつつあります。自分とは大きく異なる価値観を持つ人や、なかなか共感することができない人とも、対話を続けていくために、最も大切なことは何だと思いますか?

ベン・ハニア監督: これは、とても重要な質問です。なぜなら私たちは今、非常に分断された世界に生きているからです。そしてSNSは、その状況を良くしてはいません。むしろ、私たちを分断しています。SNSを使っていると、アルゴリズムによって、自分と同じ意見を持つ人や自分が賛同する考えが表示されます。そうすると自分が生きている世界では、誰もが自分と同じ考えを持っているように感じてしまいます。そして実際に、自分とは違う人に出会った時、その人を「殺したい」と思うほど拒絶してしまう。「こんな人が存在するなんてあり得ない」と思ってしまうんです。それは、SNSが生み出していることでもあります。とても、とても難しい質問なので、簡単に答えることはできません。でも例えば、映画についてなら話すことができます。私が知っている「映画」という領域にこの問いを絞って考えてみます。映画には、自分とは異なる存在、つまり「他者」を理解させる力があります。なぜなら、自分を別の人間の立場に置くことができるからです。例えば私が、日本の映画を観るとします。私は日本人ではありません。でも、日本映画を観ている時、私は登場人物の立場に自分を置きます。その登場人物が男性であっても、女性であっても、私はその人になる。ほんのひととき、私は「日本人」になるんです。もちろん、実際には日本人ではありません。でも、それこそが映画の力です。自分とはまったく異なる背景を持つ人についての映画を観ることができる。そしてその人になることができる。これは、「共感する」ということの健全なトレーニングでもあります。なぜなら私たちには今、たくさんの共感が必要だからです。

溝二葵: この映画は、あなたにとって、世界に忘れさせないための「記録」なのでしょうか? それとも、今起きていることに対する「抵抗」の行為なのでしょうか? この映画を通して、あなたが最も伝えたかったことは何ですか?

ベン・ハニア監督: この映画で描かれている出来事、この物語が起きたのは、2年前です。第二次世界大戦のような、遠い過去についての映画ではありません。つい最近起きたことです。ジェノサイドは、今も続いています。しかし今は虐殺について話さず停戦について話しています。私たちは、ガザのことを忘れてしまいました。しかし、ガザ、そしてヨルダン川西岸の現実は、今もなお、ひどい状況にあります。だから私たちはまだ、これを「記憶」として振り返る段階にはありません。「何が起きたのかを一緒に思い出しましょう」という段階ではないんです。私たちは今も、「公に語られているナラティブ」に抵抗している最中です。そして同時に、「正義」を求めています。なぜなら、ヒンドを殺した者たちは今も自由の身だからです。今頃、酒を飲みながら笑っているかもしれない。そこには、正義がありません。だから私たちは今も、少なくとも正義を求める、そのただ中にいるんです。そして平和を望むのであれば、正義もまた必要なのです。

ナレーション: 実際の音声を基に描く、魂が震える89分。

溝二葵: このインタビューをしているのは8月です。日本では、戦争について最も深く考える月でもあります。8月には、広島と長崎に原子爆弾が投下されました。アジア・太平洋戦争、第二次世界大戦も8月に終わりました。だから日本では、戦争というものは81年前の出来事、つまり「過去のもの」だという感覚が広く共有されているように感じます。でも今この瞬間も、ヒンドのような人たちが、世界各地の戦争や紛争によって命を失い続けています。だからこそ、この映画が来月9月に日本で公開されることには、とても大きな意味があると私は思っています。これは「過去」の出来事ではなく、今も起きていることなのだと、日本にいる人たちが理解するきっかけになるからです。この映画が日本で公開されることを、あなたはどのように受け止めていますか? そして、日本の観客にこの映画から何を受け取ってほしいと思っていますか?

ベン・ハニア監督: まず何より、この映画が日本で公開されることをとてもうれしく思っています。本当に、言葉では言い表せないほどうれしいです。なぜなら、私の映画が日本で公開されるのはこれが初めてだからです。そしてあなたがおっしゃったように、日本の観客とこの映画をつなぐ、とても重要なものがあると思っています。それが何かお話ししますね。世界中の多くの人たちがこの映画を観た後、私にこう言うんです。「こんな感情になったのは、日本映画『火垂るの墓』を観て以来、初めてです」と。広島と長崎を題材にした、子どもを描いた日本のアニメ映画です。(※正確には兵庫県が舞台)アメリカやヨーロッパの人たちが、この『ヒンド・ラジャブの声』を、『火垂るの墓』と重ね合わせるんです。だから、あなたのおっしゃる通り、これは日本の人たちが知っていることでもあります。そして、それと同じようなことが今も起きている。中には、「遠く離れた中東で起きていることで、自分たちには関係がない」と思う人もいるかもしれません。でも、広島や長崎のように、ガザで起きているジェノサイドのように、人類に「傷」がある時、そこには、文化や地理的な距離を超えて、人間性そのものに触れる何かがあるのだと思います。では最後に、日本の視聴者の皆さんにどんなメッセージを伝えたいですか? 私は、日本の皆さんに、『ヒンド・ラジャブの声』を観て、そして聴いてほしいと思います。そして、「証人」になってください。なぜなら、これは実際に起きた物語、実際に起きた戦争犯罪を描いた映画だからです。目を背けないでほしい。目を背けることは簡単です。でも、それ以上に大切なのは……観て、聴いて、証人になること。そして何か行動を起こすことです。ありがとうございました。

溝二葵: ありがとうございました。

ベン・ハニア監督: ありがとうございました。

ナレーション: 2026年8月19日、イスラエル軍は初めて、ヒンドとその家族が乗っていた車への発砲を認め、刑事捜査を開始すると発表した。ヒンドの母親は自身のInstagramで、「私は、軍内部だけで完結する捜査を望んでいません。求めているのは、独立し透明性のある調査と、責任を負うべきすべての人々に対する真の責任追及。正義は、まだ始まっていません」とコメントした。ガザでは昨年10月の停戦後も約1200人が殺され、これまでに7万3000人以上が命を奪われている。

概要(動画説明欄より)

映画「ヒンド・ラジャブの声」
https://hindrajabjp.com/

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