先日、中東の紛争地を訪ねた。人口約190万人、パレスチナ自治区ガザ。イスラエル政府によってパレスチナ住民が隔離生活を強いられている。ガザ地区は周囲をコンクリート製の分厚い壁に囲まれ、出入域のためには特別な許可証が必要となる。許可証はガザ外での専門治療が必要な病人でもなかなか発行されず、一般市民はほぼガザから出ることができない。そして壁を通過するには、空港や原発施設よりも厳格なチェックゲートを抜けなくてはならない。壁の手前に設けられた緩衝地帯に入るだけでも住人は威嚇射撃を受け、殺されている。
これまでは南側に隣接するエジプトに抜けるための地下トンネルが機能していたが、2013年にエジプトで一部のライバル政党支持者への厳しい弾圧も辞さないシシ政権が誕生してからはトンネルの多くが埋められてしまい、物資や人の往来も厳しい制限を受け、ガザはまさに孤立した状態、深刻さが増している。
現在、ガザ地区は国際的にはテロ集団とも呼ばれる政党・ハマースによって実効支配されている。ガザの隔離・封鎖を強いるイスラエルとは激しく対立しており、2014年には一気に緊張が高まり戦争に発展、ドローンによる空爆やミサイルの発射などイスラエルからの大規模な攻撃で街は破壊しつくされた。
政治的背景により、国際社会から孤立するガザ。現場では電力不足、物資の不足、仕事の不足、電力が使えないことによる水資源の汚染など深刻な人道危機を抱えている。
そうした中、日本の国際NGO、JVC・日本国際ボランティアセンターでは、20年以上前からガザ支援を続けている。パレスチナ事業担当の並木麻衣さんは、高校生の時に目の当たりにした、2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロをきっかけにアラビア語を学ぶために大学に進学。パレスチナ・イスラエルへの留学経験もある。卒業後は一般企業に勤めた後、アフリカや中東での支援活動に身を捧げてきた。
今回、並木さんに同行し訪ねたのは、ガザ地区ジャバリヤ市ビルナージャ。貧困地区だ。イスラエルによる封鎖や戦争、その後の電力不足などの影響で仕事を失ったり、安定した収入が見込めない世帯が多く住む地域。貧困であっても、難民には認定されておらず、国連からの支援物資も受けづらい人たちだ。
カロリー重視に偏った食事などのせいで、栄養失調や貧血などを抱える子供達が多く、骨に栄養が回らず、足が曲がって成長してしまう病気にかかる子供も少なくない。
JVCではこうした状況を改善するため、地元のNGOと協力して地区に住む女性や母親たちに栄養に関する知識や食事改善の技術を教え、トレーニングする支援活動を2011年から続けてきた。4年間のプログラムが終わり、これからは保健・栄養アドバイザーとなった女性たちが自立した活動を行い、地域でまだトレーニングを受けていない母親たちに技術を伝える段階に来ているという。
一方で、ガザは国連をはじめとした外部からの支援物資がなくては住民生活が成り立たない地域。住民の中には、支援物資をあてにした生活に染まり切っている人もいて、このままの状況を放置しておくのは問題だという声もある。
並木さんは「誰かに“恵んで”もらわないと生きていけない暮らしは尊厳を損ないかねない。だから、その地にいる人たち自身が動き、何かを生み出せるような支援を」と考え、女性達の自主的な活動を促す支援活動を続けてきた。
これまでに30人が栄養の知識を身につけ、各地域でのリーダー的存在として、子供達の栄養改善だけではなく、コミュニティをつなぎとめる役割を果たしてきた。「仕事を見つけるきっかけになった」「自分の役割を見つけた」「子どもたちにとって大切な仕事だ」など、女性たちはガザでの希望を紡ぎ出している。
並木さんは言う。「この活動を末長く行うこと、今できることをやり続けるしかない」。
時間がかかるが一人一人が変わっていくことで、混沌とした泥沼からこの地を本当の意味で解放する日がくると信じている。1万円あれば、2人の保健・栄養アドバイザーを育成できるという。
目の前の子どもたちを救い、今を生きる母親たちが自ら希望を見出す事業だ。JVCは政府の資金に頼り切ることはしない。民間の資金だからこそ、こうした政治的な思惑が交錯する難しい地域での支援を続けられているからだ。こうした地道な平和構築はもっと知られるべきだし、評価されるべきものだと思っている。
JVCでは今、ガザでの支援を続けるために、200万円の寄付を募っている。
知ってほしい。中東で隔離されたこの地で奮闘する日本人がいることを。