2017年3月23日午前10時30分頃に開廷した斎藤まさしさんの「公職選挙法違反事件」控訴審の東京高等裁判所における第二回公判は、今回控訴審において弁護人側が請求していた証拠調べを全て「必要性が認められない」として却下して「結審」とし、短時間での閉廷となった。第一回公判では、検察官が、弁護人の控訴趣意書に対する答弁書の中で行っていた「チラシ自体が公選法違反である」旨の主張を取り下げた。
5月18日の第三回公判にて、控訴審の判決が出される。
事件の内容
この裁判は「公職選挙法違反事件」であり、2015年4月に行われた静岡市長選挙において無所属・新人として立候補していた高田とも子さんの選挙に関わった人々が逮捕・起訴されたものだ。その事件の内容は、選挙期間外(本件においては選挙告示の直前)に、政治団体の機関紙(市長選出馬表明を行った者の名前、政策などが載ったチラシ・ビラ)を街頭において呼びかけ文言を伴って行った配布が、公選法違反の「事前運動」と判断され、特にその活動を報酬を支払うことを提示して業者に委託した為、それが「利害誘導」(選挙運動を以来する為の買収行為の一種)だとされたものである。この事件では、斎藤まさしさん以外の共犯者とされる人達には既に有罪判決が下され確定し、控訴しているのは斎藤さんのみ。
この裁判の象徴的な意味合い
選挙期間外に政治団体の機関紙を配ったりすることは、全国的に行われていることであり、また公選法もこれを認めている。裁判で争われている「何をもって常に地続きである政治活動と選挙運動を区別するのか」という解釈の問題は、今後の日本の政治活動の自由の範囲を画することになる。また第一審の証人尋問において、多くの証人が「利害誘導」についての「共謀」があったことを否定する中、静岡地裁が被告人の「利害誘導」についての「共謀」があったことの論拠として「未必の故意による黙示的共謀」という概念を持ち出した判決を下した為、「共謀」に関して全国的にも珍しいケースとなっている。「未必の故意」というのは「結果が発生してもやむおえないと許容する意識」のことを指し、その反対に「確定的故意」は「犯罪であるとの明確な意識」があることを指す。「黙示的共謀」は「暗黙の合意」を意味する。
被告人の斎藤まさしさんについて
被告である斎藤まさしさんと3人の弁護団は一貫して完全な無罪を主張している。斎藤まさしさんは、約40年間「市民派選挙」もしくは「無党派選挙」を行ってきた人物。資金力や組織のバックのない、多くの既存の政治勢力とは異なる考え方やビジョンや感覚を持った人々が政治に新規参入するための選挙を、ボランティアとカンパを中心に独自の戦略を使い支援し、地方選挙から国政選挙まで広く関わり政治の現場に人々を送り出してきた。携わってきた選挙の数は1000を越える。無名の人物の選挙を献身的に支援する一方で、自民党から民主党への政権交代を狙った国政選挙などにも関わってきた。福島原発事故とそれに対する日本政府の拙い対応や、311後に原発や政府に対して批判的な発言したことによって仕事を失うなど、自身に起きたことをきっかけに政治の世界へ踏み込むことを決断した山本太郎参議院議員も、草の根の「無党派選挙」の重要性を深く理解する1人として、弁護人の1人である第88代法務大臣の平岡秀夫弁護士と共に、斎藤まさしさんの裁判を支える「選挙干渉裁判チェックの会」の共同代表となっている。
斎藤さんは公判後の会見で、今まで40年選挙をやってきたが公選法で許可されていること(政治団体の機関紙を配ること)をして逮捕されるようなことは初めてで、今の時代との関係性を感じざるを得ない、だからこそこの裁判に勝ちたい、と斎藤さんは公判後の会見で述べ、治安維持法との類似性が危険視されている共謀罪について、そして特定秘密保護法や安保法制を次々と強行採決してきた現政権について心境を語った。
「政治が大きく転換する可能性のある瞬間をぼく達は今迎えていると思うんです。考えてみてほしいんですね、政権交代の直前って、とんでもない政権だったじゃないですか。でも瞬く間に政権がひっくり返ったこともあったじゃないですか。今この2、3年安倍政権の下でとんでもない事態が一気に進行しました。真っ暗に見えるかもしれないけど、その中で色んなことが起こってて今回の『森友』っていうのが出てきたわけですよね。僕は今人々がどうするかで一気にこの状況が変わる可能性が今この瞬間に生まれていると思っているんです。これも人々の世論と1人1人の行動にかかっていると僕は思っている。…安倍さんとこの共謀罪が一緒に潰れてくれるのが1番ベストなので、そこを(自身の控訴審での判決が出る)5月18日までの間僕は全力でやりたいと思ってます」と話すと、その足で参議院議員会館前で行われていた共謀罪に反対する抗議行動に出かけた。
選挙戦に初めて挑戦し逮捕された高田隆右さんが語ったこと
今回、静岡市長選挙において利害誘導罪での有罪判決が確定している高田隆右さんは、高田薬局を地元静岡で成功させ、地元に恩返しをしたいという気持ちから、政令指定都市として人口減少が著しく、衰退している静岡市の状態を危惧し政治の世界に目を向けて、妹である高田とも子さんの静岡市長選挙への出馬を促した人物。選挙運動や政治活動に関しては全くの素人だった。高田さんは、自らの裁判の判決が確定した後朝日新聞の取材に応じ、「告示前のチラシ配りが違反に問われたが、それが違反と分かればやっていなかった。『違反だけはするな』が私の基本方針だったし、違反をしようと思ってした人間など一人もいない。斎藤さんはチラシ配りは指示したけど『声かけ』は指示していないなどとして裁判で争っている。ただ、チラシを配るなら『高田都子です。よろしく』くらい言うのではないか。まさかそれで逮捕されるとは…警察もそれが違反なら注意してくれれば済む。禁止事項を条文にきちんと定めないで、判例の積み重ねで判断するというのであれば、素人には恐ろしくて選挙などできない。」と心境を語っている。
現役市議だった宮澤圭輔さんが日本の公選法と民主主義について語ったこと
現役の静岡市議として高田とも子さんの選挙をサポートしていて起訴された宮澤圭輔さんは、自らの最終意見陳述で先進国の中では例外的な日本の公選法や民主主義についての意見を述べている。
「遵法精神はこの日本で生きる一人の国民として、守るモノと認識しています。その上であえて云わせてもらいますが、現在の選挙制度は本音と建前が違い過ぎます。挨拶の言葉ひとつ、チラシの書き方ひとつ変えることで、本音を隠し、選挙の事前活動ではないとしていますが、林検事が云われるように、相手はどう思うかを考えてみてください。また、水野検事の説明によれば、今回のような顔や氏名、選挙名が記載してある同様のビラを街頭で配布した段階で違法だとする見解でした。今回提示させて頂いたようにそのようなビラはこれまでもありましたし、ビラやリーフレットを配らない候補者は居りません。政治家や立候補予定者が、選挙前に街頭や町内会、会社の朝礼などに、暗に投票してとは云いませんが、その意味合いを持って告示前に挨拶に来ることは、誰でも知っています。…また、唯一、先進国の中で戸別訪問を禁止されている日本ですが、実際には特別な人か、特別な知名度がない限り、個別訪問をしていない政治家は居ないのが現実です。これについても、一件飛ばしで行えば、個々訪問としてすり抜けられるというから驚きです。一般的に考えて、この理論が通用するでしょうか。…選挙は国の将来を投票によって決める大事な民主主義制度です。その大事な将来を決めるのに、本音とは異なった建前のテクニックや恣意的な曖昧な判断が左右する民主主義は、本当の民主主義なのでしょうか。そもそも政治活動や政策は最終的には選挙と云う民主主義で判断されるものであり、繋げれば認識できてしまうのは当たり前なのではないでしょうか。先進国では選挙の事前運動について、禁止しているのは日本とロシアだけだそうです。今のアメリカ大統領選挙を見ても、いつでも立候補表明し、支持を訴え、政策の説明に支援者もが戸別訪問をして、国民に理解を深める作業をしています。いつの日か、日本も選挙に立候補する志ある若者や挑戦者が、3年も4年もかけ、一件一件、夢や希望を語りながら個別にまわり、国民・市民と夢を共有し、正々堂々と『自分に託して欲しい』と訴えられる世の中になったら、どれだけ素晴らしいことかと、今も思っています。」
無罪を主張していたが、宮澤さんにも有罪判決が下り確定している。
警察の捜査方法についての静岡地裁の判断
高田とも子さんの陣営は、告示前のチラシ配りに対して警察から警告があった後、警告の具体的な根拠が警察側から示されなかったにも関わらず、チラシの内容を変更したり、チラシ配りを中止したりという対応をしている。公選法で具体的な規定がない上に判例(※)で示されている「選挙運動」の定義が曖昧なため、現場では警察による「警告制度」が運用されてきた。運動者又は活動者が警告に従った場合、逮捕・起訴されるということは一般的には起こらない。今回は、高田とも子さんの陣営が警告に従ったにも関わらず警察は捜査や逮捕に踏み切っている。アルバイトの事情聴衆を警告すらすることなくいきなり行っている。警察署間の対応がそもそもバラバラなのである。
本件に関しては通常の警告制度の運用がなされていないことも含めて、弁護団は「この捜査が差別的・恣意的であり、被告人を狙い撃ちにした違法な捜査で、公訴棄却に値する」と第一審から訴えていたが、裁判所は、「買収罪は軽微な違反とは到底いえないところ、警察官による上記職務質問の時点においても、多数のアルバイトを使って本件行為をしていたこと等の客観的状況からして背後に買収行為の存在が疑われても何ら不自然ではなく、捜査を継続したことが違法であるとはいえない。…差別的捜査・起訴の点についても、起訴に係る公訴事実の内容は、単なる事前運動ではなく、買収罪である点が重要であり、その金額も540万円と多額であることからすれば、軽微な事案とは言い難く、その可罰的・実質的違法性があることは後記のとおりである。また、本件捜査及び公訴の提起が、対立候補者の陣営と比較して被告人らを不当に弾圧する意図でなされたとの主張も、証拠上これをうかがわせる事情は認められず、採用できない」ので「本件起訴が憲法14条、31条に反して検察官の裁量権を逸脱したものとはいえない」として弁護団の主張を却下している。
(※)「公職選挙法における選挙運動とは、特定の公職の選挙につき、特定の候補者又は立候補予定者のための投票を得または得させる目的で、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすること」とされている。(最高裁昭和38年10月22日決定・刑集17巻9号1755頁等参照)