「あまちゃん」演出の井上剛監督 神戸と福島を結ぶ映画「LIVE! LOVE! SING!」が公開 

「とにかく、この風景を、何て言うんですかね、知らせたかったと言うと、すごく傲慢なんですけど。こうゆう風景が東京から200キロの土地にあって。ずっと、変わらずあって。まず、この風景をお届けする、見せるというのが主案なんですよね。すぐ横にあるよっていう…。」

 

朝の連続テレビ小説「あまちゃん」の演出などで知られる、井上剛監督が手掛けたドラマ「LIVE! LOVE! SING!」の劇場版が先月から順次全国の映画館で劇場公開されている。震災復興特番として制作されたNHKドラマに未公開シーンなどを加え、劇場版として完成させた。

震災から5年、井上監督は何を思いこの映画の制作にあたったのか。NHK職員として阪神淡路大震災、東日本大震災、そして原発事故といった大災害に関わってきた井上氏の本音を聞いた。

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堀)

「被災地とか、被災者とか、そういう主語ないよ」という話をよくするんですね。

「被災地ってどこですか?」と言ったときに、宮城、岩手、福島でも全然違うし。

「被災者」って言われても被災された状況は全然違うし、非常にいろいろなジレンマがあったりだとか、逆に無理解が対立を招いたりだとか、そういう5年近くだったと思うんですが、

そういう部分を丁寧に描いていますよね?

そのあたりは監督としてどういう思いで、その複雑性というか…

 

井上)

複雑ですよね。

あの、数年前に「その街の子ども」というのを撮ったときに、あれば神戸が舞台だったんです。

これも神戸が半分入っているんですけど、これもまた土地の話なんですが、その土地で僕は神戸の人間でもないし、福島の人でもないんですけど、その人間が何かモノを作らなきゃいけないっていうときに、例えば、テレビ局の報道であったりした場合では必ず「震災の日」っていうのがあって「震災の日特番」だとか。

ドラマでいうと「震災ドラマ」っていう言い方があるんですね。

さっきの、堀さんがおっしゃった、「被災者」とかいうのと近いかもしれないんですけど。

「一体、誰のために作ってるんだろう」っていうのがあって。

神戸ではやっぱり、「1.17」の日にそういう番組を。

自分たちを取り上げられて番組なんだけども「あんまり見たくない」っていう声が大きかったんですよ。

で、じゃぁ、その距離は僕ら作る側と本当に被災された人たちとの間に出来る事っていうのが

僕らは作品だと思っているんだけど、これが「いらない」って言われているんだということなので。

一体、どうやってその溝を埋めたらいいんだろうっていうのが、5年ぐらい…

「その街の子ども」のときからのテーマなんですけど。

それは今回もあって、そうですね…。

ずっと、その距離が埋まらないんだなぁと思いながらも…

だけど、何か映さなきゃっていう気持ちの方が強かったですかね。

あの、分からないなりに、想像はするぞっていう気持ちの方が強かったですかね。

「その街の子ども」の時は本当にずっとビビりながら、ビビりながら撮ってたんですけど。

もちろん、今回だってビビりながら撮ってるんですけど。

もうちょっとそこを、その距離を意識はするんだけれども怖がらずに撮ってみようっていうのが

答えになってるのか分からないんですけど、そんな思いでやってましたね。

 

◆群像だから描けたこと

 

井上)

そうなんですよね。

これは脚本の一色さんが、はなから、石井杏奈ちゃん、(木下)百花ちゃん、前田航基、

柾木(玲弥)…(渡辺大知)

5人それぞれ立ち位置が違うっていうのを、あの、すごく、同じ場所で被災した人でも当たり前だけど人の数ほど事情がある。

当たり前のことなんですけど。

どうしても、こう、僕らが何か知らせようとか、報道しようとすると、一つの事象のように

福島で原発がありました。若い子たち大変ですみたいな。すごくざっくり言うと。

人の数ほどあるっていうのを、なんか、盛んに言っていたので、それが、多分5人のキャラクターに。キャラクターというか事情に反映していて。

朝海ちゃんは、最終的にこの福島から離れて神戸を、例えば故郷と感じる。

前田(航基)君は。前田航基くんの役のマジくんっていうですけど、彼はたぶん残るとか。

10代にして、15歳にしてそれぞれ、選択を迫られているっていう。

 

◆役者たちは福島をどう感じたのか

 

井上)

みんな北側に行ったことがないんですよ。

とにかく東北というのは映像で。震災以降、映像でしか見た事がない。ニュースの映像だとか。

人づてにしか聞いたことがなくて、行ってみたい。

そうなんですよね、行ってみたところが何もないとは彼らは実は思ってないんですよ。

何かあるだろうと。

そうすると、本当にずーっと何もないっていう。

「自分の想像をいっぱいしてきてね」って言って連れて言ったというか。来てもらったんだけれども。

もう、遥かに超えてて、絶句してたと思うんですよね。

で、そこで凄いなぁと思うのは今の子たちだからかなぁ。

悩んだ感じは見せないんですよね。

だけど、もの凄く不安だからロケバスの中は以上なハイテンションになってるんですよ。

「うるさいよ!」って普段だってうるさいんだけれども。

と思うとある時間ずーっと3時間くらい全員黙ってるみたいな。

大変だったと思いますけどね。

もちろん、台本もあるんだけど、台本通りに事が運ばないので。

そこはだから、ト書きは「そこで角を曲がる」って書いてあったって、そこは角なんかは元々ないので、「どうすんの?」っていうところから、とにかく手探りでやっていって、

その間もずっとカメラは回っていて、僕に聞くこともできない訳ですよね。

あの、聞いたっていいんだけど。

で、横からずっと声かけながら。

「わぁキレイ」とか言わなきゃいけなかったり、「わぁっ!」とか大声出さないといけなかったり。

浜通りの誰もいない商店街とかで。

出来ないんですよね、台本通りには。

人なので、彼らも。

じゃぁ、出来ないなら出来ないなりに、どういうふうな感情が起きるの?とか試しながら。

シーンは逸脱してまた戻ってくるみたいな。

と、いうことがずっと続いていましたね。

一体どうやって始まって「はい、これで終わりです。クランクアップです」って言ったのか、あまり記憶がないんですけど

ずっと、まだ続けなきゃいけないんじゃないか、みたいな感情は僕の中にもずっとあって。

「どうやって終わればいいんだ?これ」みたいな。

もちろん物語としては終われるんだけど。

「よし、これで撮れたね」みたいな、そんな思いは全然なくて。

時間が来たから終わります、みたいな。

そんな感じでしたね。

 

◆震災から5年が経ったということ

 

井上)

断絶があるんじゃないんですかね。

例えば東北の人と話してても、何て言うのかなぁ、日常の過ごし方が当然違うので。

でも向こうは向こうの日常になっている。

例えば東北の人たちは。

西側は西側でもちろん全然違う日常があって。

なんかわざわざ会話をしなくてもいいみたいになってる感じはしますよね。

わざわざ自分たちの事を喋らないようになっているというか。

でも若い子たちなんかは、例えば、こういう瓦礫の原で青春期を送ってきた子たちが、

まぁ、例えば大学なり仕事なりで東京に出て来たりなんかして、いろんな人と混じるでしょう?

そのときに何か違いは生まれそうな気は思いますけどね。

徐々に徐々に。

断絶も生まれるけれども。

「そんなことあったんだ、知らなった」みたいなことが平気で言えてもいいような世の中になってもいいと思いますし。

そのために何が出来るか分からないですけど。

 

堀)

交わる場がない。それも逆に福島県内でも、先ほどお話しになりました、「あえて、もう口に出さなくてもいいんじゃないか」っていう声や空気もあったりして。

「言いたいな」って思っても、ちょっと飲み込む。

一方で都市部と東京と

 

井上)

こっちは聞いていいのかなぁって感じる人はいますよね。

 

堀)

その映画の中で思いっきりそれがぶつかり合っている場があるので

 

井上)

たぶんね、その語ったり、語らなかったりっていう場を作ったのがこれだと本当に思っていて。

たぶん、それは作家の一色さんも、もの凄く意識して神戸と福島っていう、わざわざそこに東京はないんですけど。

東京は通過点にしてるんですけど。

こっちは20年前に痛い思いをした。もちろん、それをまだ引きずっている人もいっぱいいます。

劇中にもいるんですけど。

だけど、街は復興したように見えると。

だけど、神戸の人からすると、ここが瓦礫だったっていうことが目に見えてるんですよね。

外側からは見えない景色がここにもあって。

こっちは本当に何もないっていう景色を見せつけられる。

だけど、彼女たちはそこで過ごしたっていうことは見えているっていう、

だけど喋り合えるんじゃないかとか、喧嘩し合えるんじゃないかとか、仲良くする必要もないんですけど、仲良くも出来るかもしれないし、場が出来たらいいなっていうのが…

おこがましいんですけど、出来たらいいなとか、歌えたらいいなとか、歌がわりとテーマになってたりもするので。

歌が繋いでる。これは、西だろうが東だろうが聞いたことあるよね、とか、一緒に遊んだよね、とか。

歌も導いてくれる場の一つだと思うんですよね。

 

◆奪われた景色の中に「色」が見えた

 

井上)

実際にそこの場所を訪れたときに、実際の中学生、高校生とたくさん会ったんですけど、

やっぱり彼らは僕らが報道で知ることの出来ない感情とか表情を当然人ですから見せてくれるんですけどね。

その時にすごく色が付いて見えたというのがあるから、こうなったのかなっていうふうに思いますね。

そして、震災の風景はあんまり変わらないって言ったけど、草だけは凄く伸びてて。

緑が凄くて。

人はいなんだけど全然違う生命力がそこにあって、そこを子どもたちが歩いていくっていうのだけが、ずーっと見えてる映像だったので…。

そうですね、生命力みたいなもの、やりたかったんでしょうかね、きっと、LIVE LOVE SINGってなってるんですかね、やっぱり。タイトルが。

 

堀)

最後に劇場でご覧になる方に向けてメッセージをお願いします。

 

井上)

体感していただきたいですね。

まぁ、体感していただきたいですね。

そんで、たぶん多くの人と隣合わせで観ることになると思うんですけど、終わった後に劇場出たときに広がっている風景をどのように感じるかっていうのを感じていただきたいなという風に思います。はい。

何だろう、映画館、外、一歩出たときにある風景と今、観た映画で観た風景を重ね合わせられたらいいなっていう風に。

楽しんでもらえたらいいですね、まずは、はい。

 

プロデュース :HORI JUN
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