■癒し大学とは
沖縄県は全国的にも貧困率が最も高い県だ。同県の最低賃金は677円と全国最低で、手取りも少ない。そのためダブルワークやトリプルワーク、夜の仕事をし生計を立てている人が少なくない。心に余裕を持てずストレスがたまり、お酒に依存したり、「自分はダメな人間なんだ」と、自分を卑下してしまう若者や大人達がいる。そういった生きづらさを抱える人を支えるために、「癒し大学」事業が始まった。
「癒し大学」とは、沖縄にあるNPO法人こころひまわり が行っている事業だ。癒し大学の講座ではカラーセラピー(色彩心理)やマッサージを通し、心と体を癒し、しんどさから抜け出すための方法を学んでいる。癒し大学事業は2014年にクラウドファンディングによって成立したプロジェクトで、マンションの一室で講座が開講されている。代表は若尾美希子さん。「こころひまわり」では癒し大学事業以外にも、子育て講座、ピアカウンセリング等、複数の事業が行われている。
■自分の心と向き合いたい
この日、癒し大学の受講者・卒業生の女性三名に集まって頂いた。宮里さん、照屋さん、藤田さんだ。
「恋人や友人、人に対して怒ってしまいがちで、そういう自分をやめたかった。人間関係をスムーズにできたらなと思っていました。」
「自分で選んだ仕事なのに全く楽しめていない自分がいて、そんな自分に嫌気がさした。このままじゃダメだと思って、新しい事に挑戦してみたけれども満たされなくて。自分と向き合いたい、生まれ変わりたいと思っていました。」
講座を受講する背景はそれぞれ異なるが、三人とも、「生き方をやり直したい」という思いを持って参加していた。
■「しんどさ」の背景にあったもの
癒し大学卒業生の宮里さんは、カラーセラピーで自分と向き合ってから五年になるという。高校を卒業し社会で働いたが、自身が持っていた常識と社会の常識とのズレがあったこと、人間関係を築いても人を信頼できず、「つらい」「苦しい」という感情が溜まっていった。その苦しみを補うため、お酒に依存したり、借金を作ってしまった。
「私、このまま死ぬんじゃないかな」と思った時に、こころひまわり代表であり、親戚の若尾さんの元でカラーセラピーを始めたそうだ。
カラーセラピーでは、14色の色の中から手順に沿って3色を選ぶ。色には複数の意味があり、その意味が記されたカードの中から気になるものや心当たりがある意味のものを直感的に選ぶ。そしてなぜそのカード(意味)を選んだのか、自分自身の過去・現在の出来事を振り返り、話していくという流れだ。
宮里さんは、初めは高校とか中学の出来事を思い出す事が多かったが、回を重ねるごとに、2歳3歳といった、幼少期の事を思い出せるようになったと話す。
「私の育った地域がすごい男尊女卑のところだったり、閉鎖的な考え方で、それが常識なんだよと小さい頃からずっと言われてきたんです。 女の子だからこうしなさい、ああしなさいというのがすごくて。男の子みたいに汚い格好して外で遊んできたら、こんなに暴れん坊に育てにくい子はいないって言われたりとかしました。両親や祖母、祖父の常識の中にいないとレッテルを貼られるというか、あんたなんていなくていいよって言われたりして。そういう古い常識が嫌で高校を卒業し家を出たけれど、その常識にとらわれて物事を見たり聞いたりしていた。だから新しく人間関係を築いても信頼できないし、もっと苦しくなったんです。」
■幼少期の経験で、その人の生き方が決まる?
幼少期、記憶があるかないかわからないぐらいにした経験が、今の自分を苦しめている。その事について、「人生脚本」という言葉が1つの鍵となる。若尾さんに詳しく伺った。
「TA心理学(Transactional Analysis.交流分析)というのがあって、その理論によると、人間は幼少期の頃に、自分がどんな人生を歩むかというドラマの脚本の様なものを、無意識に書くと言われているんです。それが7歳ごろまでに筋書きを書くと言われていて。その筋書き通りにうまくいくかなっていうのを、小学校でリハーサル1をして、中学校と高校でリハーサル2をして、二十歳ぐらいになったら本番を生きるって言われているんです。
小さい頃だと人間関係が家族中心なので、家族の中で通用したことが外でも通じるかを試すんです。例えばお父さんに泣いたら自分の欲しいものを手に入れることができたけど、小学校で友達に泣いたら無視された・いじめられたってなると、「あれ?泣いたら自分の欲しいものが手に入ると思ったけども違った」って書き直すんです。これを「修正する」と言います。
中学高校でのリハーサル2の段階になると、社会でこの行動が通用するかなっていうのを試していくようになるんです。この「泣く」っていうことに関したら、『どうやら男性に泣いたらいい感じだけど、女性には効かないみたいだ』っていう風に、泣くっていうことを武器にしていく。
そして二十歳を過ぎて本番を生きる時、いざという時に彼氏さんや旦那さんに泣いて欲しいものを手に入れますし、子どもを授かっても、その子どもに対しても「お母さん悲しいわ」って泣いて子どもをコントロールしようとするというか、子どもに気を使わせて、「お母さんを守らなきゃ」って子どもは思っていく。でも子どもは子どもで自分の脚本を書いていくので、「自分は守られるんじゃなくて守る人間なんだ」って連鎖していくっていうのがあります。
カラーセラピーを通して、子供の頃の自分は脚本に何を書いたのかな?って読み解いって、そこからどう変わりたいかも自分の中にあるから、それもゆっくり見ていくんです。だから今困っていることは違うのに、なぜかいつも出てくるあの時のフレーズ、お母さんの言葉、先生、いじめっ子の言葉っていうのがやっぱりあって。でも脚本は自分で書いたんだから、書き換えられるので、癒し大学ではその作業をしていくんです。」
■自分を縛る「ラバーバンド」
「…でも脚本を書き換えるのは簡単じゃないんです。脚本と違う道を歩もうとすると、脚本に戻そうとする力がものすごく入るって言われていて。例えるなら、自分のすぐ後ろに「脚本」っていう壁があって、その壁からゴム製のシートベルト、ゴムバンドみたいなのを無数につけているんです人って。だから「自分には価値がない」って書いてある脚本を書き換える前に『私には価値があるんだ!』って前に進むと、ゴムが伸びきったら縮んでしまうように、壁にぶつかってしまうんですよ。それでより苦しくなって、「私やっぱり価値がないんだわ」って、脚本をさらに強化してしまうんです。だからカラーセラピーではそのラバーバンドを外す、外して前に進むっていうのをセットでやっていくんです。」
■虐待と自己肯定感
「自分自身を責めてしまう人って、「私には価値がない」って自分を責めることで、生きていてもいいですよね?って感覚なんです。例えば幼少期に虐待を受けて、両親から殴られる。でもそうやって虐げられることを受け止めるから、ここにいてもいいよねって。でもそれに対して反発したら、もうご飯あげない、お家から出て行きなさいって言われる。そうしたら小さい子は生きていけない。それはもう「死ね」という宣告になるんです。だから理不尽なことでもその場で受け止めることでご飯が食べられる、生きていけるんだ、という脚本を書くんです。
だから「自分で自分を責める」っていうのは、自分の中にある親の記憶みたいなのが自分の心を責めるっていうことですね。大人になって、安全で大好きな人たちと一緒にいても、家に帰って旦那さんに怒られたり、罵倒されるようなことを無意識に引っ掛けて怒られると、「ほらやっぱり私は価値がないんだわ、自分は攻撃される人間なんだわ」って思ってしまう。」
▼月給17万だったら、稼げている方
取材後、沖縄の貧困率について実感があるかどうかを伺った。沖縄では、月収17万稼いでいたら結構稼いでいる方なのだそうだ。つまり17万円未満の月収が一般的ということなのだろう。その収入で子どもを養っているのであれば、あまりに低い給料だ。かといって沖縄は物価が安い訳ではない。
今回の沖縄取材では、「心の貧困」というテーマで癒し大学に取材させて頂いた。「自分はやっぱりダメな人間なんだ」と落ち込み、「病んだ」経験がある人は多くいるのでは無いかと考える。というか、私も「病む」ことが多い(笑)だから「人生脚本」「ラバーバンド」の概念はとても興味深かった。そしてそこからDVが連鎖してしまう背景や、逃げだせない理由を少し知る事ができた。
働きづめで心に余裕が持てなくなり、自分を傷つける思考・行動をしてしまう人がいる。その背景には、経済的貧困だけでなく、幼少期の経験が原点となっている。もちろん時間にもお金にも余裕がある人も「自分はだめだ」と、責めてしまうことがあると思う。心ない言葉がきっかけで、人は簡単に傷つき、価値観を変えてしまう。繊細な生きものなんだなということを知った。小さな事のように思えるけれど、これは凄く大きな意味を持っているような気がする。
※訂正
動画内で、宮里祥子さんを「癒し大学受講者」として紹介しておりますが、正しくは「癒し大学卒業生」です。大変失礼いたしました。
▲参考
・NPO法人こころひまわりブログ
http://cocohima.web.fc2.com/office/index.htm
・癒し大学イベント クラウドファンディングページ(プロジェクトは終了済み)
https://readyfor.jp/projects/iyashi289