2013/12/30 地域
二年半ぶりに訪れた思い出の三陸

2013年8月28日、私は北里大学の学生だった友人と岩手県大船渡市を廻ってきた。友人は2011年の3月9日に大学の卒業式に出席し、その後すぐに実家に帰省するため東北を離れた。震災のことはテレビの映像と大学の先生から送られてきたメールで知ったという。

震災後改めて東北を訪れた彼は、慣れ親しんだ町の変わり果てた姿にショックを受けていた。彼や彼の友人が住んでいたアパートは跡形もなく津波で流され、一面を草原が覆っていた。大学時代お世話になった漁師や先輩の中には津波で亡くなった者もいる。一方で彼の友人は全員津波から逃れ無事だった。理由は大学の先生が新潟県中越沖地震を経験していたから。先生は予てから防災訓練に真剣で、緊急時に備えて衛星電話や連絡網の準備をしていたという。震災当時実家にいた友人に届いたメールも安否を確認する連絡だった。

卒業式の会場だった中央公民館は、津波で内部を刳り貫かれ、遺骸のような姿になっていた。友人は複雑な眼差しで建物を見つめた。「三陸で就職する予定があったら、被災していたかもしれない」と彼は語り、景観の変わった思い出の地を見て「三陸じゃないみたいだ」と呟いた。

プロデュース :Kazuemon
Comment

コメントは管理者が承認後に表示されます。

Page Top