2月某日、私たち取材班は福島県浪江町を訪れた。浪江町に着くまでの道路周辺には、放射線量の高い土が収容された大量のフレコンバッグが並べられていた。しかし、こうした現状とは対照的に、今回私たちが目にした放射線測定値=モニタリングポストは、意外にも低い値を記録しているものが多かった。この記事では、最近の私たちが忘れてしまっているかもしれない、福島県・浜通り近辺の放射線量についてレポートする。
福島県は、西から会津、中通り、浜通りの三つの地域に区分される。今回の取材では、中通りに位置する福島駅から、車で浜通りにある浪江町を目指すルートをとった。浪江町は東電福島第一原発のある双葉町に隣接しており、また津波による被害が大きかった地域の一つに数えられている。現在でも合計1万人以上の人たちが、県内の仮設住宅や借り上げ住宅で避難生活を送っている。
福島駅に到着すると、さっそく駅前の緑地にモニタリングポストが設置されているのが目に入る。測定器が示している値は「0.181μSv/h」。雪の影響もあってか、いつもよりはやや低めということだった。同行したラジオ福島の大和田新アナウンサーは、「こういうものがあること自体が福島県民にとってストレス」と話す。
車で浪江町へ向かうと、その途中途中にも測定器がちらほらと散見される。私たち取材班にとっては見慣れない光景だが、車に同乗していた元原発作業員のMさんは、こうした光景も「あたりまえになってくる」と話す。普段、原発や放射線についての話をするかどうか尋ねてみても「(原発・線量について話すことは)ないな、それはないな。飲み屋に行ってね、たまにそういう人もいるけど。で、こっちの人(中通りの住民?)は原発全然知らないから、放射線っていうものがどういうものか、素人だから全然知らねえのよ。」と答えた。震災から4年経ち、おもてに放射線という話題があがることは、あまり見られなくなったということか。
もう一つ私たちに馴染みのないものが、空き地に所狭し並べられている。汚染土がはいったフレコンバッグだ。間接的に現れた「核のゴミ」は、処理する場所が決められずに、映像のように宙吊り状態になっている。
検問を通過し、浪江町に入ると、震災当時の様子そのままに家屋が崩壊している光景が見えてくる。一旦車を止めて手元の線量計を確認したところ、「1.83μSv/h」を示していた。やはり原発に近づくと数値も上がるのだなという、ほとんど当たり前のことに出くわし、いくらか驚きを感じる。
さらに海辺に向かって車を走らせると、一気に視界が開ける。津波被害によって建物が一掃されてしまったため、視界を遮るものがないのだ。沿岸部に残された娯楽施設・マリンパークなみえに入ってみる。ここではプラネタリウムも見られたらしい。原発からの距離は、直線でおよそ北に8km。ここにもモニタリングポストが設置されていた。示している数字は、「0.107μSv/h」。浪江町入り口近辺よりも、原発に近いこの施設の方が、線量が低い。しかも記者の住んでいる千葉県の自宅よりも線量が低い。大和田アナによると、ここら一帯での除染作業は行われていないにもかかわらず、この結果だということだ。風向きなどの自然条件によって、放射線が不規則に分散したため、原発の近くでもこのように低線量なのだそうだ。
今回の取材で、私たちが一貫して感じたことは「思っていたより線量が低い」ということだ。大和田アナもこれに対して、国の避難指示は的確だったのかと問いかけている。また元原発作業員のMさんは、“おいしんぼ騒動”を引き合いに出し、「あんなことはありえない」「それなら我々原発作業員、毎日鼻血出してることになるもんなあ」と話した。
とはいっても、浪江全域がこのように低い値で推移しているわけではない。浪江町のHPを見ると分かる通り、未だに10μSv/h以上を記録している箇所もある。つまり、簡単なものさしで理解することができないのが、福島の現状だと言える。
こうした状況を見越して、震災直後から動き始めていた団体がある。「ベテランママの会」だ。2011年、福島に住む主婦が中心になって結成された。最近では、東京大学医科学研究所・医師である坪倉正治と協働し、「よくわかる放射線教室」という小冊子も発行している。冊子には、マイクロシーベルトってなに?という説明から、世界の自然被ばく量の平均値まで、丁寧に書かれている。
たしかに放射線に対しての誤解は、各所で広まっている。しかし一方で、年数の経過した今だからこそ、正しい情報が発信されている場面を多々見られる。放射線に対し、むやみに恐れることも、過度に安心することも、事実から目を背けることになるだろう。まずは正しい情報に触れること。そうすることではじめて、福島の現実を捉えることができる。
マイクロシーベルト=μSv/h…毎時あたりの被ばくする放射線量の値。1000μSv/h=1mSv/h。(ミリシーベルト)
0.23μSv/h…除染実施の対象となるかならないかの基準値の毎時版。ここには、事故によって生じた追加被ばく線量に加えて、もともと自然の影響で被曝する0.04μSvが加えられている。つまり、「0.19 (事故由来分)+0.04 (自然放射線分)=毎時0.23マイクロシーベルト」
1mSv…除染実施の対象となるかならないかの基準値の年間版。ちなみに自然放射線の年間被ばく量の世界平均値は、2mSvを超える。
(インターン=飯塚)