街はいつも動いている。冷たい風が吹き肌がつっぱる。温かいお茶を飲む。白い息が出る。白い月。少年達がサッカーボールを蹴る。たくさんの人々の手が次々と野菜の皮を剥き刻んでゆく。色とりどりの野菜。大鍋にたっぷりとお湯を沸かす。炊かれることを待つ白い米粒。
1月31日、渋谷区美竹公園にて毎週土曜日、17年間に渡り行われてきた共同炊事がいつも通り行われた。
その日の配食数は137食。ダシがきいた薄味。味のベースは味噌。具にはちくわ、ごぼう、白菜、鶏肉など。ごはんの上にかけ、一味か七味唐辛子を好みでかける。一品料理は塩ダレであえた大根とちくわ。残った分はその場でおじやにし、おかわりをしたい人の胃袋に入る。
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「のじれん」は「渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合」で、野宿者や生活困窮者や支援者が一緒になって飯をつくる共同炊事の他に、医師による医療相談、生活保護、労働問題などの相談会を行っている民間団体。
渋谷区が「のじれん」が毎年行ってきた厳寒期の越年のイベントを予定していた拠点付近の主要3公園「みやしたこうえん」「美竹公園」「神宮通公園」を年末年始に閉鎖して以来、「のじれん」と渋谷区の関係は悪化。腹を満たし生き延びる為「どこでもめしをつくらせろ」という「のじれん」の実直な要求に対し、渋谷区は、公園では火気厳禁、また年末年始の公園封鎖はイベント性の高い渋谷区では安全性を確保することが困難だと判断した為3つの公園を閉鎖。
去年の「12月25日の交渉では(渋谷区は公園の閉鎖は)越年期の共同炊事が問題だからと明言した」と彼らの活動に対する渋谷区の対応を「のじれん便り」は伝えている。
「のじれん」の活動は重要な局面を迎えている。1月31日、配食前に配られた「のじれん便り」の見出しには「2月2日から美竹公園全面閉鎖!共同炊事つぶしを許さない仲間の闘いを!」と綴られた。
「美竹公園が駄目になったから共同炊事を他の公園でとはいかない。宮下公園は水場の問題がある。神宮通公園は近隣住民のクレームや通行人の目にさらされるという問題がある。まさに共同炊事存続の危機だ。17年にわたり続けてきた毎週土曜日の共同炊事をここでやめるわけにはいかない。仲間の力でなんとか仲間の飯の場をまもっていかなければならない。渋谷区にとっては仲間の一食を奪うことなどどうでもいいことなのかもしれない。しかし野宿の仲間にとっては死活問題だ。しかも1年の中で最も厳寒期に飯を奪われることは文字通り死に直結する。」と「のじれん便り」は書いている。
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「のじれん便り」に記されたことについて2月2日に渋谷区に問い合わせると、翌日2月3日に「緑と水 公園課」の課長の吉武さんから丁寧な電話対応があった。
Q: どのようなイベントなら区から公園の使用許可が出るんですか?
文化振興など、区の行政目的と一致する場合許可がおりる。例えば「ずんちゃか ジャズフェス」など。年末年始に3つの公園を閉鎖したのはイベントの多い年末年始に人が集まって混乱や事故が起きるのを未然に防ぐため。公園では火気厳禁。ホームレス対策としては福祉課が9日間、クラッカーなどの応援救護物資を配布。臨時宿発施設の提供。巡回相談を行った。
電話で吉武課長は、個人的には「のじれん」の活動は、次への取り組みに繋がらない活動のように感じていると印象を述べた。年末年始の公園閉鎖で「のじれん」恒例の共同炊事と越年のイベントができなかった件で、マスコミに渋谷区が非人道的にホームレスを閉め出していると誤解を招くような報道がありましたが、どうか報道は正確にお願いします、と彼は言った。
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「のじれん」が17年間共同炊事を行ってきた美竹公園は、2月2日の月曜日から、区庁舎建て替えのための工事に伴い全面閉鎖された。工期は2015年9月30日まで。水場など、公園機能を3分の1残して共同炊事が行えるスペースを残してほしいと「のじれん」から話があったことについて、区総務部庁舎建設準備対策担当課長の苛原さんもまた、とても丁寧に受け答えをしてくれた。
大型車の進入路の安全を確保するため美竹公園の全面封鎖はやむおえない。交番の下の階段のあたりから車両を入れることになる。今は公園の地直しや片付けをしている段階。純粋に工事をすることが彼らの任務。
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1月31日。なぜそこで野菜を切っているのか忘れてしまうくらい寒かった。たくさんの人の手で温かい食事がつくられる。7時の配色の時間が近づくと、美竹公園に野宿者の人々が集まり始める。6時半頃、寄り合いが行われ、毎週250部発行されている「のじれん便り」が配られる。この寄り合いは彼らにとって情報を共有する時間で、健康チェックや毛布の情報、荷物のより良い管理方法、区や都からの「野宿者排除」の情報など色々とシェアされる。寄り合いが終わると人海戦術で大きなテーブルをごはんと具たくさんの味噌煮の入ったプラスチックの丼でいっぱいにする。7時配食開始。
「世の中にはけっこう余っている食べ物があるんだよ」と眼鏡をかけた白髪の支援者。材料は様々な場所から調達される。ネギ、ほうれん草、ブロッコリー、白菜は栃木の無農薬農家から。山芋、ごぼう、ジャガイモは青森から。給食会社が間違って発注してキャンセルになったものや、八百屋の売れ残り。
食事が終わり、片付けが済んだ後、来週の献立を計画する。
「来週のメニューは?」
「来週っていうか、来週どうすんの?」
「万が一ここが閉鎖になっても共同炊事はやるんだろう?」
「メニューは?」
「味噌キムチ!」
「なんか他にないの?」
「ラーメンの汁が山ほどあるんだけど」
美竹公園は閉鎖されてしまうので、おそらく2月7日は、みやしたこうえん、原宿寄りの階段下で集合し共同炊事を決行する。公園が閉鎖された越年のときにイベントをやったのと同じ場所だ。
美竹公園からほど近く、みやしたこうえんと同じ通りにある神宮通公園では「渋谷区神宮通公園に夜10時30分集合」という公園の夜間施錠に反対するパブリック・プロテスト・アートプロジェクトが進行中。開始から100日を超えた。毎朝清掃員がアートを一掃する為、野宿者も含むアーティスト達は毎晩プロテスト・アートをつくり公園に展示している。渋谷区が約420万円かけて昨年の秋に公園の夜間施錠の為につくった黒い柵は皮肉にも絶好の展示場となっている。
1月31日、「のじれん」の参加者達は次の共同炊事のメニューが決まった後、グループに分かれて「夜回り」を始めた。街にあるいくつかのルートを歩きながら、野宿者の生活している場所に「のじれん便り」とホッカイロを置いて回る。夜回りが終わった後、各自それぞれの寝場所に帰る。家がある人もいれば、外で眠る人もいる。