【トニー・ガトリフ監督作品】大衆と心臓の鼓動を共にする映画『怒れ!憤れ!—ステファン・エセルの遺言—』

※映像は2011年10月のニューヨークシティのオキュパイ運動の様子(筆者が撮影)

『怒れ!憤れ!—ステファン・エセルの遺言—』はカンヌ国際映画祭監督賞などに輝いた名匠トニー・ガトリフ監督が、実際にヨーロッパ各国で起きたデモの現場 で主演女優に演技をさせ撮影した異色の作品。社会派ドキュメンタリーと1人のアフリカからヨーロッパに仕事を求めて移住したが社会のシステムの中で翻弄される少女の物語が混ざり合い、強烈な印象を伴う芸術的な演出にも溢れている。この作品には社会に蔓延る貧困や不平等や理不尽の姿、不正義に屈すること無く声を上げる人々の鼓動や生命力に溢れた眼差し、怒りや絶望の最中に沸き上がる激しい歓喜、自由や正義を強く求める大衆の意志が丁寧に収められている。近年世界中で起こった大衆運動に参加してきたたくさんの人々の心にピッタリと寄り添い、立ち上がった大衆と鼓動を共にすることに成功した作品。

映画の試写会の後に、政治学・国際関係論研究者の五野井郁夫さんはインタビューで、本気で世の中を変えたいならば自らが直接権力の中枢に入っていく動きも必要だと述べた。権力の中というのは以外に脆いと。それはまさに原発事故を経験した日本で起き始めている動きで、国政でも地方政治でも、自分たちの声を代弁してくれる政治家を外に求めて待つのではなく、自分が直接声を上げ権力を得て、世の中により直接的に関わってゆくという考えや動きが日本の若者の間でも広がっている。

学術、芸術や表現の世界のように政界や財界は正義を語れないのか?という問いに対して五野井さんは、政界や財界ではいかにキレイゴトを表に掲げながら自分の利益を実現してゆくのかが重要な世界なので、基本的にキレイゴトしか彼らは言わないというのを前提として知っておかなければいけないと釘を刺した。学術的な世界に属する教授や知識人が世の中を変えるためにできることももちろんあるが、昔ほど本も売れないし、知識や学術に対するありがたみというもの自体が薄れている世の中なので、知識人も伝える為に変わらなければいけない、と五野井さんは語った。

日本の脱原発や特定秘密保護法案反対デモなどにおいて若者の参加が少ないのは、若者達はデモに参加することで自分たちが社会的に不利な立場に置かれてしまうことを恐れているのかもしれないとも五野井さんは分析した。

世界中で若者が社会正義を求めてデモに参加しているが、歴史的な危機の渦中にある現在の日本の若者達は自分たちの社会や未来に対して何を感じているのだろうか。彼らもまたステファン・エセルの言う「怒り」をどこかで感じているのだろうか。もしそうならば、彼らは社会を変える為には人々は団結しなければいけないということを知るべきかもしれない。「繋いだ手が私たちの武器」映画に映ったプラカードにはそう書いてあった。

映画の中で、若い女の子がインターネットを通じてデモが起きているのを目撃して歓喜するシーンがあった。そのシーンで表現されていた体の底からこみ上げてくるような歓喜と興奮を、私はそっくりそのままアメリカでオキュパイ運動に参加した時に経験したことがあるように感じた。常日頃社会のあり方に対して感じていた疑問を、同じ社会に住んでいるあまりにも多くの人々が共通認識として持っていたことに対する驚きや喜びや希望、そして彼らが街へ出て声を上げている姿に対する感動、仲間がいるという勇気、時代の声の渦の中に身を置いている興奮。

私は2011年の10月にニューヨークにいた。この記事のビデオはその時に撮影したものです。恒久的に負の連鎖を生み続ける資本主義の非人間的なシステムや、あまりにも破壊的なグローバル企業の世界戦略と政治への介入や、金融業界、銀行家達の腐敗に対しての反発運動であるOccupy Wall Street (ウォールストリート街を占拠せよ)運動が始まっていて、私はズィコッティパークに足を運んだ。人々は団結し、声を上げ、囁き合い、メッセージを書いたプラカードを掲げ、デモ行進をし、自分たちがメディアとなり発信していた。老若男女、様々な人種や立場の人々がニューヨークの街に犇めき声を上げた。

全米やアメリカ国外にも広がったオキュパイ運動は私が参加した初めてのデモだった。私はデモに行って声を上げると決めた人々と共にストリートに出たい、とにかく行かなければいけない、ついに本当に自分が行くべき場所ができたと感じて何度もデモや占拠の現場に出かけた。デモに参加することでどんな結果があるのかというのはわからなくても、それは私個人にとっては極めて大きな意味を持った。その頃にアメリカのニューヨークやカリフォルニアで私が1人の人間として参加し、目撃した大衆の集合的な声や、人々の間にあった社会正義を求める熱や友人達と交わした会話は、私の生きている時代の1つのリアルな感触として強い光のようにはっきりと私の中に残っている。

私たちの住む複雑な世界は常に完璧でありながら、常に改善の余地がある、現在進行形のアートプロジェクトです。人々の尊厳や自由を踏みにじる社会の中の不正義に対して声を上げ、社会をつくることに参加しようとすることで私たちは心を教育することができる。デモはその時代特有の苦しみの中から人々が勇気を振り絞りつくりだす、生きたアートだと私は思っている。

『怒れ!憤れ!—ステファン・エセルの遺言−』は新宿のK’s cinema にて3月28日まで公開予定。上映後にはイルコモンズさん、松沢呉一さん、鈴木邦男さん、園良太さん、ピーター•バラカンさん、松本哉さん、大熊ワタルさんなど、多彩なゲストのトークイベントも開催されています。

詳細(www.facebook.com/dofuneiga

プロデュース :蜂谷翔子
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  • 及川健二@France10 2014-03-17 00:34:03
    2012年1月31日にFranceで公開され酷評されたこの映画を土曜日みました。
    そのとき悩みで頭いっぱいでしたが、この破天荒な映画を見たら、
    忘れてしまいました。
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