2025/05/27 国際
「液体のり」ががん治療を変える?——注目のBNCT薬剤に迫る、東京大学大学院・野本貴大准教授の挑戦

「液体のり」ががん治療の切り札に——。そんな一見にわかには信じがたい話題が、実は最先端のがん治療法「BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)」を巡って現実のものとなりつつある。人気科学番組「サイエンスニュース」第29回では、東京大学大学院総合文化研究所の准教授・野本貴大博士をゲストに迎え、新たに発見されたBNCT薬剤の画期的な仕組みとその可能性を、MCの坂田薫氏とともに深掘りした。


◆ BNCTとは何か? 既存の治療法との違い

BNCTとは、「ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy)」の略。がん細胞にホウ素を取り込ませ、そこに中性子線を照射することでがん細胞のみを破壊し、周囲の正常細胞にはほとんど影響を与えないという、極めて選択性の高い治療法だ。

通常の放射線治療が「周囲の細胞を巻き込むリスク」を持つのに対し、BNCTは「ピンポイントでがんを叩く」ことができる。現在は主に再発性の頭頸部がんへの治療に適用されているが、将来的には膵臓がんなどへの応用も期待されている。


◆ 薬剤開発の壁を越えた“液体のり”

BNCTが成立するためには、がん細胞内にホウ素を効率よく送り込む薬剤が不可欠だ。ここで鍵となるのが、「ボロノフェニルアラニン」というホウ素を含んだアミノ酸誘導体である。

しかし、この薬剤には一つの課題があった。体内に投与しても、治療に必要な時間が経過する前に細胞から排出されてしまい、がん細胞内にとどまる「滞留性」が低かったのだ。

その解決策として2020年に注目されたのが、なんと**「液体のり」に含まれるポリビニルアルコール(PVA)との組み合わせ**だった。この素材をボロノフェニルアラニンに混ぜることで、薬剤の細胞内滞留時間が劇的に改善された。


◆ 今回のブレイクスルーは「使えない薬」だったD体の有効活用

第29回の番組で明らかになったのは、さらに一歩進んだ成果だった。従来「がん細胞に入りづらく使えない」とされてきたD体(L体の鏡像異性体)を、PVAと組み合わせることで「入りやすく、かつ出にくい」薬剤に転換できることが判明したのだ。

この性質により、がん細胞内にホウ素を長く高濃度でとどめることが可能になり、従来の薬剤よりも高い効果が見込まれる。しかも、その変化は研究チームにとっても「予想外の発見」であり、まさに“セレンディピティ(偶然の幸運)”による成果だったと野本氏は語る。


◆ 実用化へ向けた挑戦と支援

この新薬の開発は、現在AMED(日本医療研究開発機構)の助成を受け、医療機関との産学連携によって進められている。特に膵臓がんなど、既存の治療法が乏しい分野への応用が期待されており、BNCTが「第5のがん治療法」として新たな地平を切り拓く日も近いかもしれない。


◆「自分の人生を生きる」研究者の言葉

番組終盤、坂田氏からの「若者へのメッセージ」に対し、野本准教授はこう語った。

「自分の人生を生きてください。時間は戻せません。だからこそ、自分のやりたいことに全力を尽くすべきです」

研究者としての原点、大学1年生で出会ったBNCTの授業。そこから始まった探究の旅は、「液体のり」という誰もが見過ごすような日用品と結びつき、新たな医療の扉を開いた。


◆ 科学に“ワクワク”を取り戻す番組

「科学は苦手だった」と語るアシスタントの黒部睦氏も、番組を通して徐々に科学の世界に引き込まれていく。専門用語をかみ砕き、笑いや驚きとともに伝える坂田薫氏のトークスタイルは、子どもから大人まで幅広い層に届く。

「難しそう」「自分には関係ない」——そんなイメージを打ち壊す“科学番組”が、YouTube発のメディアとして静かに、そして力強く広がっている。

プロデュース :HORI JUN
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