2020/04/11 芸術
【個展】堀潤/蜂谷翔子:人生の糧に、進歩と郷愁サンドイッチ Progressive Nostalgia Sandwich is the essence of life

しばらく前に音楽ジャーナリストの友人ピーターが送ってくれた記事を読んでいると、「ノスタルジアとアンティシペイションのサンドイッチが人生のエッセンスだ」と、ザ・ストロークスのヴォーカルのジュリアン・カサブランカスがインタビューで言っていた。

 

 

私はそこからヒントを得て、サンドイッチを今回の個展のメインのメタファーに選び、タイトルを ”人生の糧に、進歩と郷愁サンドイッチ -Progressive Nostalgia Sandwich is the essence of life” に決めた。そして、ノスタルジアと進歩、心とお金、福島と東京、アメリカと日本、ジャーナリズムと表現とか、共通部分と異質な部分を持ち合わせながら現実に同時存在する様々なものの板挟みになりながら、今の社会ではまだ少数派でも、経験的に学術的に過去の失敗や今も進行する理不尽から学び、勇気を出して社会を進歩させようと行動することを選んでいる人達の顔と、メタファーとしてのサンドイッチの絵を合わせて20枚、個展で展示する新しい中心シリーズとして描いた。他にも、去年の夏に訪れた、子どもの頃よく夏休みに家族で遊びに行った福島県いわき市の海の風景画や、「食べて応援 原子力」という標語を書いた、日本政府の放射能汚染対策政策を批判するポリティカルアートをつくったり、7年暮らしたアメリカの大統領選についての絵を仕上げたり、新旧合わせて約50枚の絵を準備しながら、去年の年末から3月下旬まで、3月24日から1週間の弘重ギャラリーでの個展までの日々を過ごした。

 

 

友人達と政治のことを話しまくるのが日常で、大学でメディア学を専攻しながらたくさんの独立性の高いジャーナリスト達や市民アクティビスト達の活躍するカリフォルニアでアートや音楽を好きになり、市民の政治参加の重要性を教えられた私にとって、政治を音楽に持ち込むなとか、芸術とその他の世界を分けようとするセンスはとても息苦しくつまらないものだった。311のようなたくさんの人々を苦しめる大惨事が起きた後ですら、無関心のままで良いという空気を日本で感じることは少なくなかった。その度に、日本はなんて冷たい国なんだろう、と私は思った。アートで言えば、例え内向的な作品だとしても、その人が社会や政治の影響を受けていないということはあり得ない。なぜ心や物語を持っていないフリをしなければいけないのか?人の内面と外の世界は繋がっている。本質的には枠や正解のない自由なアートの世界を、保身的体質がちらつくただの商業的なエンタメのレベルにまで矮小化してしまう、つまらない縄張り意識のようなものにうんざりしていた。綺麗だったり上手いだけのアートはつまらないし、自由がないなら最悪だ。

 

 

だけど、政治の話やポリティカルアートを敬遠するような人達も、美味しそうなサンドイッチを使えばおびき寄せられるかもしれないと思ったのもサンドイッチを選んだ理由の1つだった。

 

 

在廊していると、「サンドイッチが食べれると思ったから来たんですよ」とジョークを言ってくれた人もいたし、「優しい刺激と現実の味がする」と感想を言ってくれた人もいた。これはとても嬉しかった。

 

 

現実:realityとは何か?

 

 

 

 

堀潤さんが準備してきた映像作品は、第二次大戦中に日系アメリカ人が強制収容されてた(今はメモリアルとして残されている)マンザナー強制収容所の、約20分のルポ映像だった。人々が愛国心テストを受けさせられ、男は兵士にされて激しい戦闘の起きているヨーロッパの前線に送られ、負傷して戻っても”GO FOR BROKE”(当たって砕けろ)のスローガンを聞かされながら、再び戦地に送られた。女の人もナースになることを志願したりして愛国心を示した。強制収容所に入れられた人達の写真を見ると皆日本人の顔で、話している声を聞くと流暢な英語だった。周りに何もない、明らかに不自然に隔離された環境にある強制収容所で遊ぶ子ども達の姿や、管理するためのタグを付けられた人々の姿、街を行進する日系アメリカ人の兵隊達の姿と、その兵隊達に笑顔で手を振る白人のアメリカ市民の姿、そして差別しながらもその日系人達を戦争の前線で利用する白人の大統領の姿や演説の声が映っていた。

 

 

映像の最後の方に、自分が加害者になることを恐れなければいけない、というメッセージがあった。

 

 

これは私が個人的に願い続けていることでもあった。政治や政策をよく見て投票したりしなければ、知らないうちに間接的に誰か知らない人達(特に少数派や弱者)を苦しめたり、人々ではなく企業利益のための政治がなされるようになって貧富の差が大きく開いてしまったり、必要のない犠牲や苦労や環境破壊を生んだり、悲惨で間違っているとわかっていても、戦争だって起こしてしまうかもしれない。

 

 

マンザナー強制収容所での出来事は過去のことだけど、アメリカは本質的に変わったのか?と問うと、本質的には変わってはいないと思った。マイノリティーの権利の拡大や平等で安全な社会を目指している人達もいれば、その逆の人達もいる。

 

 

憎悪を煽って支持を集めたトランプ大統領は白人至上主義者と差別主義者の両方の特性を備えている。去年だけでも色々あった。イランのナンバー2の軍人のソレマニを、連邦議会の承認を得ずにイラクの空港で無人機を使って殺害した後は、合法のアメリカ市民であるイラン系アメリカ人の人達が権力によるハラスメントにあっているという報道があった。(そして差別の歴史を知っている日系アメリカ人の人がイラン系アメリカ人のために声を上げている姿もあった。きっと、間違ったことが起きている時に沈黙することが加害に加担することだと心得ているのだろう。)戦争状態でもない他の国の要人を堂々と殺害した上に、イランの文化遺産を破壊してやる(これは戦争犯罪であると指摘されている)と脅迫するトランプの横暴さには改めてうんざりしたし、「『テロリスト』が殺されて嬉しいね」と言う、どうやら今はトランプに酔狂しているらしいアメリカの昔の友人の言葉にも傷ついた。しかもそのトランプを支持している友人は、「戦争は間違っている」とも同時に言い、むやみに他人を「負け犬」と呼んで侮辱するのだった。気分が悪くなった。

 

 

他にも、去年の10月、ISとの闘いでアメリカ軍と同盟を結び一緒に闘っていたクルド人の兵士達を裏切ってシリアの北東部からアメリカ軍を撤退させ、自分たちの国を持たないクルド人達を毛嫌いしているトルコ政府に戦友を爆撃させたという事件もあった。

 

 

このコロナウィルスのパンデミック下では、ニューヨークタイムズのミリアム・ジョーダン記者が、「主に『不法滞在者』からなる農業従事者達、パンデミック下で『不可欠』な存在に」という記事を4月2日に出している。「主に移民からなる農業従事者達は、外出禁止令が出されている中、仕事を続けるようにと言われている。彼等は国の食料自給の為に『絶対不可欠』な役割を担っていると断言する手紙が連邦政府から彼等の元に送られた」というのがサブヘッドライン。しかしこの手紙は、ここ数十年公然の秘密でアメリカの農業を支えてきた主にメキシコからの不法滞在移民達が、国に大きく貢献していることを証明するものではあっても、彼等を強制送還の危険から守る力があるものではない。アメリカはまだ、彼等を讃えながら利用しているに過ぎないのではないだろうか。記事にはカリフォルニアのイチゴ畑で働く移民達の写真が添えられていた。

 

 

銃の乱射事件はアメリカ人が行うことが多いのにも関わらず、移民や外国人(特にイスラム系)ばかりをテロリスト扱いして、公共の安全性を高めるための銃の規制もなかなか進まない。NRA(National Rifle Association)こそがテロリストグループだという声すらある。

 

 

性の問題で言えば、未だに女性が怠惰手術をすることを禁止しようとする動きは特にテキサス州のような保守的な場所ではなくならないし、セクシュアルマイノリティーの権利の拡大は以前よりはされていても、一方で差別は決してなくなってはいない。

 

 

選挙の際に投票をさせないための努力がなされることも未だにある。

 

 

嫌な事件や出来事をよく見てみると、そこには今も白人至上主義や様々な差別や搾取があるというのは、認めざるを得ない。

 

 

 

 

そして、目を背けたりしたくなるような現実と向き合うことを選んでいる堀さんとの個展なので、私なりにそこにはまりそうな友人に声をかけた。

 

 

友人の吉松章くんは、能という伝統芸能を愛しつつ、オリジナルのコンテンポラリーなパフォーマンスを繰り出してくれる人で、私は彼の即興のパフォーマンスの数々と、「パタヤの売春婦」と「マッチ売りの少女」、それから「マンハッタン翁」を見たことがあった。去年の秋、友人のドラマー、ドミニク・グレイの音楽プロジェクトTelesonic9000の日本ツアーで前座をお願いした時も、期待を遥かに超える即興をかましてくれた強者。

 

 

テレソニック9000日本ツアードキュメンタリー

Telesonic 9000 ファーストアルバム”PROGRESS”

 

章くんの能には、遊び心に加えて、救われない人達、貧しい人達や子ども達を祝すために舞う心、時には鎮魂のために舞う真剣さや、どうにもならないような人間的状況を表現しようとするところがあると感じていたので、章くんにゲストパフォーマーとして登場をお願いした。

 

 

2人で相談し、章くんの「マッチ売りの少女」と、私が去年の夏に福島で撮影した映像作品「惑星福島」のコラボをやってみようということで決まり、「能:マッチ売りの少女(惑星福島バージョン)」を弘重ギャラリーで初披露することができた。

参照記事

https://www.washingtonpost.com/lifestyle/the-essence-of-life-is-kind-of-a-nostalgia-anticipation-sandwich-philosophy-101-with-julian-casablancas/2018/04/12/92430c9e-38ee-11e8-8fd2-49fe3c675a89_story.html

https://www.democracynow.org/2019/10/7/syria_us_troops_withdrawal_turkey_invasion

https://www.aljazeera.com/programmes/upfront/2020/01/iran-tensions-rising-soleimani-death-200131080855122.html

https://www.theguardian.com/artanddesign/2020/jan/06/trump-threat-destruction-iran-heritage-war-crime

Block the Vote: How Politicians are Trying to Block Voters from the Ballot Box

https://www.theguardian.com/world/2020/jan/20/us-abortion-rights-ban-2020

https://time.com/5554531/equality-act-lgbt-rights-trump/

https://www.dw.com/en/san-francisco-declares-nra-domestic-terrorist-organization/a-50299495

 

 

プロデュース :蜂谷翔子
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