これまで日本の他のメディアと一線を画して、北朝鮮・核とミサイル危機の今後の流れの予測をほぼ的中させて来た本サイトの一連の記事だが、金正恩の北京電撃訪問は、さすがにまったくの想定外・予想外で完全に不意打ちを食らったことは率直に認める他ない。
しかも金正恩はみごとに習近平との「手打ち」を成功させただけでなく、「朝鮮半島の非核化」で巨大核保有国を本格的な核軍縮・核放棄に巻き込む可能性まで含む壮大な「おまけ」をゲットしてしまったのだ。こうなると逆に、その野心がこれまで予想されたよりも遥かに大きい可能性すら、考えざるを得なくなって来た。
日本のメディアは相変わらず「朝鮮半島の非核化」の意味を曖昧に誤摩化しているが、もちろん北朝鮮を射程に納めたアメリカの核兵器の全廃なしには「非核化」とはならない。日本が頼る「核の傘」の存続なぞもっての他だし、日本がそれを拒絶するのなら最早北朝鮮の核武装を非難できる根拠を完全に失うが、そうは言ってもアメリカの巨大核武装は、実は北朝鮮なぞではなく中国とロシアへの対抗上保有しているものだ。
中国の(アメリカに較べれば遥かに見劣りするとはいえ)巨大な核武装がある以上、アメリカが「朝鮮半島の非核化」に乗れるわけがないところで、金正恩がどのレベルまでの妥協点を設定しているのかが、米朝交渉の争点になると思われた。トランプも考えている落とし所は恐らく、朝鮮戦争の法的な終結と、敵視政策を止めて国交正常化交渉の開始辺りが最終ラインで、微妙な問題になるのが在韓米軍基地の地位だろうと思われた。
ところが金正恩は、そのアメリカの核武装の真の理由である中国を突然電撃訪問したのだ。そして「朝鮮半島の非核化」の努力に中国も積極的に参加する約束を取り付けてしまった。アメリカの核武装のもうひとつの仮想敵国であるロシアのプーチンにも、これから会うという説も出て来ている。
着々と対米直談判の準備を進める金正恩だが、この訪中と習近平との「手打ち」は大手メディアで盛んに言われているような、トランプとの会談が決裂した時の保険などというこじんまりとして生易しい話ではないし、そもそも北朝鮮に「朝鮮半島の非核化」つまりアメリカの核削減を求められたから怒って武力行使なんていうのは、いかにトランプでも出来るはずがない。そんなことをやれば国際社会ではアメリカに全面的に非があることにしかならず、アメリカが決定的に孤立するのだ。
言い換えれば、金正恩が訪中しようがしまいが、アメリカが米朝交渉を決裂させて武力行使に走れば中国は当然アメリカを激しく非難し武力衝突も含めた対決を辞さないだろうし、だからトランプと言えどもやるわけがない。つまり日本の「識者」が言うような「保険」のためだけなら、訪中する必要はなかったのだ。ではなぜここまでやったのか、といえば金正恩がもっと大きなことを狙っているからに決まっている。
米朝交渉のテーマは最初から「朝鮮半島の非核化」にしかなりようがない(一方的な「北朝鮮のみの非核化」をアメリカが主張できる立場には、政治的にも軍事的にもない)が、そこでアメリカにとっての最大の障害になるのが、実は中国とロシアの核武装だ。北朝鮮が完全にアメリカの核の射程内にあるのも、この2国を狙っている結果として自動的にそうなっているに過ぎず、だからたかが対北朝鮮だけの交渉なら、アメリカはその削減に言及すらできるわけがない。かと言って、「いやいや、あくまで中国とロシアを狙った核兵器だから、では北朝鮮には撃たないことは約束しよう」などとアメリカが言えるわけもない。その瞬間に、中国とロシアとの戦争にすらなりかねないのだ。
金正恩はもちろんそんなアメリカの立場を百も承知で、あえて「朝鮮半島の非核化」という批判も反論も不可能な大義名分を主張しているのだろうし、トランプもそこは百も承知で米朝交渉の提案を受け入れた(アメリカの核削減を含む可能性がある交渉なので、当然ながら米国政界では圧倒的に反対の声が大きかった)のだが、ではどこまで言えば北朝鮮が妥協するのか、アメリカにとってはどこまでの妥協なら威信を保て国内の支持を得られるのかが、トランプが今見極めようとしているポイントだろう。国務長官や安全保障担当補佐官を自分の言いなりのイエスマンに交代させたのも、国務省や国防総省の主張する、従来のアメリカの外交常識に囚われては、トランプも動きようがなく、交渉で切れるカードがなにもなかったからだ。
ところがそんなトランプのジレンマを横目に見ながら、金正恩は絶妙なタイミングで、もう一方の当事者(というか、アメリカの核の本当の標的である)中国を巻き込んでしまったのだ。
つまりはこういうことだ。中国が核武装大国である以上、「朝鮮半島の非核化」には応じられないのがアメリカの立場だったのが、そこで交渉が硬直しそうになっても、金正恩は「よろしい、それならまず中国と核削減の話をして下さい。その結果わが国が安全になるのなら、核兵器なんて喜んで放棄しますよ。では習大兄にあなたと核軍縮を話し合うように伝えますね」と言えるカードを確保してしまったのだ。
その中国も今回の首脳会談で「誠実な努力を惜しまない」という共同声明を出してしまっている以上、そうなってしまっては建前だけでも拒否するわけにもいかない。だいたい軍縮対話の可能性を拒絶することも、今の国際社会では建前上は許されないのだ。
確かに北朝鮮の政治体制は多々問題があり、現代の世界の標準からすれば「狂った」という形容すら当てはまるだろう。しかしだからと言って、その体制の下で国家指導者にならなければならなかった金正恩が無能だったり非常識だったり狂っているわけではないのは、当サイトの一連の記事でも再三指摘して来た通りだ。体制と個人の資質は別次元の問題であり、むしろ逆に世襲の絶対権力者の運命を生まれながらに背負っていればこそ、その職責に必要な資質を身につける教育が徹底される。日本でも最近妙に流行りの言葉になっている「帝王学」というのは、要するにそういうことだ。
金正恩はスイスのインターナショナル・スクール育ちだ。国際的な見識と視野の広さでは、むしろ自国育ちの他国の指導者より優れていても当然であると考えるべきとはいえ、しかし今回見せつけた手腕には、ひたすら舌を巻く。
しかも中朝電撃会談で分かって来たのだが、金正恩が狙っていることが途方もなく大きいようだ。北朝鮮のような小国がアメリカと中国に核削減・核廃絶の交渉を始めさせる可能性すら、今回の北京訪問は内包しているし、しかも両国ともそう簡単には断れないだけの理論武装も、金正恩はしっかり作ってしまったのだ。
どうも大国主導の観点でしか国際政治を見られないのが日本の外交や国際政治に関する報道の大きな欠点であり、視野狭窄になりがちなのだが、スイスのインターナショナル・スクール、つまり世界じゅうの発展途上国のエリート富裕層の子女が多い環境で育った金正恩の視野は、その意味では遥かに広く国際社会をしっかり俯瞰しているのだろう。たとえば昨年に核兵器禁止条約が国連で可決されたことを、日本では核保有国が参加を拒絶したから意味がないとして切り捨てがちだが、金正恩の戦略は核廃絶、つまり大国の核放棄をこそ求める世界の大多数の(大国ではない)国々の潮流もしっかり見据えている。
もちろん米中のような巨大核保有国がこれまで強健的に拒絶して来た核軍縮の流れの抜本的な変化を、北朝鮮のような小国が促すことになれば、その国際的な立場も一気に高まるだろう。ちなみに日本で思われているほどには、北朝鮮は国際的に孤立していない。潜在的な敵意という意味ではアメリカや中国の方がよほど嫌われている面すらあることに、日本人もそろそろ気付いた方がいい。
習近平にしてみれば、本音は腸が煮えくり返っていることだろう。だいたいこれまで金正恩は、まず叔父で自分を越える実権を掌握していた中国派の張成沢を粛清・処刑し、父の代までの中国の属国であった立場とは一線を画す強硬な意志を示して来た。最近では核開発を急ピッチで進めたのと並行して中国を徹底的にバカにすることすら辞さず、ミサイルや核の実験を中国の祝日や重要な外交日程にあえてぶつけて来ただけではない。「図体が大きいだけののろまな大国」など激しい罵倒を含む声明まで出し、国連安保理決議に賛成すれば「アメリカのいいなり」で情けない、と強烈に当てこすって来た。
それがいきなり「会わせて下さい」と、金正恩の方から掌を返したように、急に下手に出た風を装って言って来たのだ。もちろん下手に出ているのもただの余裕のポーズに過ぎず、実際には中国がまったく関与しないところで米朝会談が決まってしまい、このままでは中国が取り残されかねないなか、中国としても北朝鮮とのパイプを回復させなければにっちもさっちも行かないタイミングに、見事に先手を打たれてつけ込まれている。
象徴的だったのが公式晩餐会での金正恩の挨拶だろう。30歳前後は歳上の習近平を「実兄のように」と持ち上げ、「ご多忙のなかわざわざ会う時間を作って下さった」とほめ殺しにしつつ、しっかりこの中朝首脳会談が北朝鮮主導で行われたことをアピールしているのだ。
金正恩はこのスピーチで、あえて下手に出る態度に徹したのは東アジアの儒教的な伝統に基づく長幼の順・敬老精神に基づいてという態度も崩さず、しかし国家間としてはあくまで対等である一線は決して譲っていないことを明確にしている。
もちろん古代から、朝鮮半島の諸王朝は常に中華帝国に朝貢することで支配権を承認される関係だったが、現代の国際社会ではあらゆる主権国家は建前上、対等で平等でなければならない。中国も建前上はそこは承知しているとはいえ、やはり国内向けにも大国であり地域の覇権国の地位は維持しなければならないメンツがある。金正恩に代替わりして以来、その関係を変えることが北朝鮮の大きな目標のひとつだった。これでは基本、習近平と金正恩の関係に波乱があって当たり前だが、それを外に見せられないのが習近平の弱みだ。金正恩はその習近平の「見栄」に巧妙につけ込んで、見事に自分のペースで中国を巻き込んでみせたのだ。
金正恩が帰国したのを待って中国政府が公式発表したのが今回の訪中だったが、飛行機で来たっていいところを(中国側は特別機の提供まで申し出ていたらしい)あえて北朝鮮の特別列車を使ったのも、会談が成功するまでは極秘裏にしたかった中国の立場をあえて揺さぶるやり方だった。異様にも見える列車が時間をかけて移動すればどうやったって注目は集まる。つまりどうやっても北京側はこの訪問を隠し切ることはできず、会談を成功させなければならないとプレッシャーをかけているようなものだ。もちろん特別列車の上はあくまで北朝鮮の主権の範囲内になる、という外交慣例もしっかり計算されている。中国領内に到着すれば中国政府の幹部が列車に乗り込んで(つまり北朝鮮側に入って)挨拶し、金正恩がそれを迎え入れるという形になるだけでも、両国間の関係性のひとつのアピールになる。
習近平にしてみれば、「この生意気な小僧が」と心の底では思っていても、米朝交渉が本当に始まりそうななかで、中国がそこから外されることは立場上許されなかった。北朝鮮が中国の言うことを聞かない、という状況があからさまに見え続けるのはなんとしても止めなければならなかった。東アジアの覇権国であることを内外に示さなければ習近平政権の威信が大いに傷つき、憲法改正で長期政権化が可能になってもその足下がぐらつきかねない。しかも今度はアメリカが主役で朝鮮半島情勢の大変化の話が進んでしまうことになっていたのだ。
しかも中国は、そのアメリカと連携する形で北朝鮮の核開発に対する国連安全保障理事会の制裁決議を主導している。つまり金正恩と会うのなら、核問題が主要議題でなければならなかった。そこへ金正恩自らが「祖父、父の遺訓に基づき朝鮮半島の非核化の実現」への協力を求めると言って来たのだ。その祖父・金日成と父・金正日といえば、北朝鮮が中国の属国である立場を忠実に守って来た指導者である。これでは自分までアメリカとの核軍縮交渉を始めなければならない状況に巻き込まれる可能性が見えていても、中国としては断るわけにはいかない。
もっとも、習近平にとって必ずしも悪い話ではない。まずアメリカが主役で進みそうだったこの問題に、自分もメインプレーヤーとして介入できるのは大きな魅力だし、貿易問題で対立が深まるトランプの鼻をあかして一矢を報いる格好にもなる。アメリカとの核軍縮交渉も、すでに核の先制不使用を宣言している自分たちの方が、核軍拡の可能性すら示唆し始めているトランプ政権よりも立場上有利だ。
それにアメリカとの軍拡競争は財政的には途方もない金食い虫になりかねず、人民解放軍が力を持ち過ぎれば国内で進めたい構造改革の障害にもなり得るからだ。
軍を握った勢力をどう抑制して国内の安定を計るのかは、中華帝国の儒教論理に基づく官僚制の中央集権だった帝政の伝統が崩壊した清朝の末期以降の中国の近代政治史のなかで、常に深刻な課題だった。軍閥の横暴は植民地侵略と並んで辛亥革命以降中華人民共和国の成立までの中国の混乱の大きな要因のひとつだったし、中国に限らず軍が国の防衛よりも権力を掌握して国民を痛めつけることに熱中するのは、東アジア、東南アジアの20世紀に常に起こり続けて来たおなじみの歴史だ。ざっと例を挙げただけでも日本の軍国主義、戦後の韓国と台湾の軍独裁体制、近いところではミャンマー(ビルマ)では社会主義を冠した軍政独裁が何十年も続いて来て、やっと民主化が始まっても軍の影響で今度はロヒンギャ虐待差別が起こってしまっているし、タイでは現在もクーデタで政権を掌握した軍が言論・表現の自由が脅かし続け、大きなカリスマ性を持った前国王が崩御して以来政情不安が絶えない。軍の強健が政府を脅かしかねないのは、北朝鮮も例外ではない。金正恩は今のところ率先した「先軍政治」スローガンで、なんとか軍を押さえ込んで来れているが、これまで党の腐敗は粛清でき来ているものの、軍の内部には手を出せていない。今後の米朝交渉が成功するのかどうかは、金正恩がどう軍をコントロールし続けられるかにもかかっている(その軍の潜在的な脅威があるので「非核化」を国内向けにはまだ発表できないでいる)。
アメリカの国務省などの外交筋は金正恩に代替わりしてからの中朝関係に関する態度の明らかな変化とその意味になぜか気付かず、トランプ大統領も最初はその先入観に囚われた国内外交関係者の助言に従って、中国を動かして北朝鮮の「暴走」を止めるよう頼んだ。困ったのは習近平だ。金正恩が言うことを聞かないことまでは把握は出来ていても、中国でもその動機を計りかねて来たし、中国が北朝鮮への影響力を失っていることに気付かれれば国内外双方で中国の威信が崩壊する。
その習近平の困惑する他ない立場と、アメリカの外交が囚われて来た先入観の誤りに、トランプはすぐに気づき、習近平に配慮をにじませる擁護ツイートなどを繰り返して来た。と同時に、結局は自分が動くしかないこと、既存のアメリカの対朝鮮半島の外交方針を抜本的に変える必要を確信し、自分の直談判のディールへをやる気満々だったが、これまで国務省からもホワイトハウス内からも激しい抵抗に阻止されて来た。韓国特使との面会は、そうしたアメリカ政界からの抵抗・妨害の余地を与えずに自分のやり方(米朝トップ直接交渉)を押し通す最良というか唯一のタイミングで、だからトランプは即答で金正恩の首脳会談呼びかけに応じたのだ。
その後のトランプが国務長官ティラーソンを更迭してマーク・ポンペイオ(前CIA長官)を任命するなどのサプライズ人事を続けている理由もここにある。この新国務長官やボルトン元国連大使など、政権の外交担当新スタッフが「極右」「強硬派」に刷新されたというイメージに囚われて、米朝交渉の失敗を危惧というか期待しているような、日本で主流になっている言説はあまりに読みが甘い。確かに彼らは「極右」であるが、それ以上にトランプの方針に逆らわないからこそ任命されたのであり、そのトランプは一貫して歴代政権のやり方、つまりこれまでのアメリカの朝鮮半島外交の基本方針ではダメだ、と発言し続けていたではないか。
これまでのアメリカの朝鮮半島政策は、韓国と北朝鮮の対立関係を温存することで韓国に米軍を配備し続ける正当化の理屈を維持し、中国の属国としての北朝鮮の存在を容認する妥協でいわば「緩衝地帯」を維持する微妙なバランス戦略を基本として来た。その真意はもちろん、中国とロシアの軍事力への対抗としてアメリカには在韓米軍基地と在日米軍基地が必要で、しかし決定的な対立は避けようという、いわば冷戦構造を曖昧なまま維持するいいわけに、「暴走する独裁国家」北朝鮮の「危険性」を喧伝して利用して来ることだった。
その構造をトランプは変えようとしているし、そこを変える可能性を見据えない限りは米朝交渉自体が始まらない。日本で安倍政権があらぬ期待をしていた「あらゆるカードが」という言葉の真意は、文字通りこれまでアメリカの政権が取ろうと思わなかったカードを方針とする、という意味だったわけだ。
北朝鮮が独自の核武装を始めたのは、冷戦の終結でソ連と中国という後ろ盾を失い、アメリカと韓国の軍事力に独自に対抗しなければならなくなったからだ。と同時に、それはソ連の崩壊で一時は中国しか軍事的にも経済的にも依存できる相手がなくなり、このままでは中国の属国化が決定的になるのを建前上だけでもなんとか避ける唯一のカードでもあった。
一方で、この北朝鮮のいわば「東アジア国際秩序への反抗」は、実は巨大軍事力の対峙と相互に対する抑止力の微妙なバランスで辛うじて避けられて来た米中対立に、「無法な核開発を進める北朝鮮への対抗」で連携する大義名分を与えることにもなって来た。
冷戦後の、金正日までの北朝鮮は、「核武装」と言っても空威張りで実態を伴わないものしかなく、経済的には中国に完全に依存して属国の立場に甘んじる他ないまま、アメリカと中国のデリケートな欺瞞に満ちた二枚舌の関係にいわば振り回されながら、抜本的な抵抗のカードを持てないままだった。その結果、金正日時代の末期には国内でも張成沢らいわば「中国派」の専横と腐敗で体制がいわば内部から脅かされる状態に陥っていた。金正恩が引き継いだ時の北朝鮮は、そうした権力の腐敗への国民の不満も水面下で沸騰していて、いわば体制の自壊の一歩手前にまで追いつめられていた。だからこそこの三代目の一貫したミッションは、そのあまりに複雑に入り組んで先が見えない状態から脱して北朝鮮の真の「独立」を獲得することであり続けている。
金正恩にとっての本格核武装は、そのためのひとつのカードに過ぎない。父の代とはここでも一線を画し、金正恩は本当に外交カードとして使うなら「核武装」は単なる強がりで吹聴するものでは足らず、実戦で使えることを相手国に想定させるだけの脅威を示し、本気の警戒を相手国に与えるものでなければ無意味だと分かっていた。そのための決定的な切り札が、アメリカを射程に納める大陸間弾道弾の開発だったわけだ。
金正恩以前の東アジアでの核武装論には、こうした戦略的なリアリティが妙に欠如していた。こうした前時代的な絵空事の感覚は、日本や韓国の核武装論については今もほとんど変わっておらず、今でも核保有=最強の軍事力という幻想と願望に囚われ続けている。はっきり言ってしまえば、「ボクがいちばん強いんだぞ」という自己満足をアピールしたいガキ大将レベルの子供染みたマチズモだ。
北朝鮮でも日本でも韓国でも、金正日までの時代では、核が欲しいというのはいわば「大義名分のハッタリ」というか「強がり」、半ば以上国内的な自己満足が目的の「カッコつけ」でしかなかったし、日本や韓国の今でもそのような(いわば金正日レベルの)幼稚な発想の「強がり」願望に留まったままだ。
金正恩の意識がそことは明らかに一線を画しているのは、アメリカを射程に納める「火星15号」ミサイルを一回の、ロフテッド軌道での発射実験だけで「国家核戦力の完成」をあえて宣言した時点で、非常に明確になっている。この発射法だけでは推進力などまでしか確認できず、実用化にはその後最低でも数回の通常軌道実験が必要になるのに、あえてそこで止めているのは、このまま開発を凍結する限りは対米攻撃能力を持たないギリギリの一線になるからだ。言い換えれば、短距離だけでなく中距離弾道弾、そしてアメリカにまで届く大陸間弾道弾の開発までちらつかせれば、「核武装」は相手国を動かし混乱させるだけの外交カードとして実際に使えるものにはなるが、あくまでアメリカが交渉に乗れるところで寸止めにしておかなければ、今度は核武装は外交交渉カードとしての意味を失って、金正恩がもっとも避けたい戦争の危機を招いていただろう。
それでも核武装そのものに(つまり「核兵器を持っているうちの国は強いんだ」という自己満足に)固執する凡百の右派政治家であれば、外交カードに使えなくなり衝突の危険を高めることにしかならなくても、「最強の破壊力」を手にしたい願望が先に立って、実用化が完成するまで打ち上げ実験を繰り返して緊張を激化させただけだろう。だから金正恩の極めて現実的な、いわば理の当然の合理的戦略が、たとえば日本政府には「意外」に見えてしまって疑心暗鬼の混乱に陥ってしまうのだ。
ちなみに日本の右派に核武装の願望があるのは国際安全保障の分野では公然の秘密だし、安倍政権が原発の再稼働にこだわる裏には核保有願望があることも見透かされている。そもそも日本の原発政策が始まったのは、当時の通産省としては化石燃料の枯渇を予想した電力確保が目的だったが、自民党政権が受け入れたのは「これでいざとなれば核兵器が持てる」と思い込んだからだった(というか、通産省がこの理屈で自民右派を騙して納得させた)。火力発電以外の多様な発電手段がこれだけ進歩しているのに、重大事故を経てもなお再稼働にこだわっているのだから核武装の野心を疑われても当たり前、しかも核兵器禁止条約をボイコットまでしたのだから「そんなつもりはない」と口先だけ言っても、そんな言い訳は通用しない。
逆に言えばこういうことでもある。北朝鮮は自国をいつでも壊滅できるだけの大量の実戦的核戦力を保有したアメリカの脅威に実際に晒されて来ただけに、「アメリカの核の傘」に無邪気に依存して来た日本や韓国の右派のいわば「平和ボケ」な核保有願望とは、まったくレベルが違うのだ。
金正恩がいわばそんな旧世代的な「核武装マッチョおこちゃま願望」とまったく次元が異なっている点をもうひとつ指摘しておくのなら、核兵器つまり世界最強の大量破壊能力を自分が持つことに固執するというか、それが快感になってしまう幼稚なマッチョ願望と彼がまったく無縁であることがある。
自国が本気で実践使用可能な核武装を持っても、それはアメリカ等の大量核武装に対する抑止力でしかなく、実際にはまず使えない(その意味では壮大な無駄)でしかないことも、この若い指導者は恐らく理解しているのだろう。そうでなければ、昨年11月末の「火星15号」発射と核武装完成宣言以降の金正恩の動きは説明がつかない。
言い換えれば、金正恩にとって核はあくまで外交上のカード、手段でしかない以上、それを放棄することも、引き替えにじゅうぶんな国益が確保できるなら、まったく躊躇がないのだろう。そうでなければ今年に入ってからの一連の、電撃的な外交サプライズの連発はできなかった。条件さえ整えば自らが核武装を完全に放棄する用意があることを突きつければ、交渉では明らかに(核放棄が道徳的に批判の余地がない方針になる以上は)優位に立てる。早い話が「朝鮮半島の完全な非核化」とは、アメリカの核兵器が北朝鮮を狙っている限りは実現し得ないのだ。「こっちはいつでも核放棄できるが、アメリカは自分の核武装に固執している」と公然と非難できるカードを金正恩は持っていることになる。
また他の周辺国の政治が大なり小なり核を持てること(つまり世界最強の大量破壊能力を持っているという自己満足)への執着から逃れられていない心理的な限界も、金正恩の外交戦略の計算に入っているのではないか。分かり易く言えば、いずれの周辺諸国も北朝鮮がいったんした核武装を手放すわけがないと(自分ならそんなのは絶対に嫌だから、という自らの欲望の自己投影で)思い込んでいるからこそ、「朝鮮半島の非核化」を明言するだけでも相手の虚をつくサプライズ効果を持ち相手国を混乱させて翻弄することが出来るのだ。
もちろん、実を言えば「朝鮮半島の非核化」こそが北朝鮮の究極目標であることは理の当然であり、しかも大義名分の正当性も万全なのだ。なのに北朝鮮がそこを狙っていることに、とりわけ日本が気付けないでいるというか、メディアの報道や論評に至ってはそれを言うことが怖くて必死に気付かないフリに耽溺しているのは、いわば精神医学でいう「否認」の症状に陥っているのに近い。
そして中国の新華社通信が中朝首脳会談が成功裏に終わったことを発表した時の衝撃の意味も、日本のメディアは過小評価している。これは外交的な見地から言って安倍政権がもはやまったくの役立たずで、とっとと退陣してもらって森友・加計スキャンダルと財務省の公文書改竄事件は国会に特別委員会を設けてそこが真相の解明専念し、新たな内閣がここまで失敗している外交の建て直しに取り組めるようにしなければどうしようもない。
これはトランプが即答で米朝首脳会談を決めた以上に、日本外交にとって深刻な事態だ。あの決断はトランプは韓国特使との面会までは恐らく誰にも伝えていなかったか、側近とは話し合っていても厳格な箝口令を強いて反対派につけ入る余地を与えないようにしていたのだから、サプライズだったのは当たり前だ(もちろん機械的なバカのひとつ覚えで猛反対して潰す工作に走るに決まっている安倍に言うはずがない、という問題は残るが)。
今回は、中国政府は事前に韓国政府とアメリカ政府に首脳会談を行うことを通知していた。なのに日本が無視されたことよりもさらに深刻な問題がある。米韓への通知はかなり直前ではあったらしいとはいえ、その両国も水面下で日本に伝えておらず、しかも安倍首相はあろうことか、「報道で知った」と国会で明かしてしまったのだ。「いつ知ったのか」なんて聞かれても答えをはぐらかしてあたかも知っていたかのように振る舞えばいいし、中国政府にそんな気はなくとも「近々詳しい説明があるはず」とか、「これが北朝鮮の非核化の重要な一歩になることを期待する」程度で誤摩化しておけばいいものを、「中国政府に詳しい説明を求める」と怒りと焦りを抑えきれない憮然とした顔で言ってしまったのだ。
これがいかに深刻な事態か、テレビ報道でも分かっている人はいるらしく、安倍の答弁の映像の直後にわざわざ韓国政府の、事前に中国から説明があったことを明かす記者会見をつないで見せたのは、痛烈な皮肉にはなっていた。だがそれ以上の論評は控えざるを得ないのが、日本の大手メディアにもはや完全に染み付いてしまった政権への忖度なのだろう。
ここは中国が日本に伝えなかったことを怒ったり責めたりしている場合ではない。安倍政権が中国政府に信頼されているのは今さら分かり切ったことであり、韓国との関係は安倍と文在寅との個人的関係も含めて醒め切っているし、これも安倍の自業自得だ。しかし「100%共にある」と仲の良さを自慢して来たトランプ大統領こそが誰よりも北朝鮮問題からの安倍外しを狙っていること、安倍の抱きつき・媚び売り外交を邪魔としか思っていないことにも、そろそろ気付いた方がいい。
この直前にもアルミと鉄鋼の輸入制限と懲罰的関税でも日本が除外されなかっただけではない。トランプはわざわざ安倍の笑顔を例にあげて愚弄するようなスピーチまで行っている。トランプの支持者の集会での発言で、つまり昔ながらの人種偏見の激しいアメリカ白人層に向けたものだったこと、つまりアメリカ人、とくにトランプ支持層が日本と日本人をどのように見ているかがそこに現れていることも、無視しない方がいい。
まずアメリカの製造業が最初に大打撃を受けた貿易摩擦は80年代の対日赤字で、この時の打撃から、例えばトランプの大統領選勝利を決定づけたラストベルトは、この時から立ち直れないまま低迷を続けている。つまりトランプの保護主義的政策を、この鉄鋼とアルミの問題にしても中国を狙ったものだと期待して喜んでいた安倍支持層はおめでたいにもほどがあるわけで、いちばん恨まれているのは日本なのだ。
またこうしたトランプ支持層が「日本人」について持っているイメージに通じる、1990年頃までのハリウッド映画に出て来ていたような日本人といえば、いつもニヤニヤ愛想笑いをしているが心の中ではなにを考えているか分からない、信用できない無個性人種の偽善者というイメージだった。トランプが安倍の笑顔 Smiling をあげつらったのはまさにそのステレオタイプ通りで、だからこそ人種偏見の強いトランプ支持層にウケるだけではなく、しかも安倍について言えばそんなに的外れではない。もちろんポピュリストなトランプならではのウケ狙い揶揄だが、半分くらいは本人が安倍と接した実体験から来る本音でもある。
安倍に限ったことでもなく、日本人は最近、日本の「おもてなし」をやたら自画自賛しはちだが、これは日本の外から見れば「なにを考えているか分からない、判で押したようなニヤニヤ顔」と紙一重であることを、安倍に限らず我々は自覚した方がいい。
「日本人は信用できない」というアメリカの人種偏見的なステレオタイプは突き詰めれば、もちろん真珠湾攻撃のだまし討ちに遡る。またこの日米開戦に至る経過を見れば、たとえば南京大虐殺を最初に写真付きで大きく報道したのはアメリカのLIFE誌だった。終戦早々に米軍が調査を始め「強制された性奴隷」と結論づけた慰安婦制度のようなことも、南京大虐殺が膨大な数の強姦を含んでいたことと同様に、アメリカ人がもっとも嫌悪する卑劣さ・残酷さだけに、これを矮小化してなかったものにしたがるだけでは飽き足らず、しかも被害を名乗り出た女性たちを侮辱しようとする日本の一部の動きは軽蔑される他はなく、なのに訴訟を起こした在米日本人団体が多額の懲罰的賠償まで食らっているのに、そうした欺瞞に満ちた歴史歪曲を率先しているのが安倍首相なのだ。訪米して議会で演説した際にも、慰安婦制度被害者が傍聴していたのに謝罪も言及もなかったことに、とくに共和党から激しい非難の声が上がっていた。
トランプが北朝鮮問題での安倍外しに動いているのは、そうしたアメリカの国民性や国民感情だけが理由ではもちろんない。北朝鮮と対峙する形になった関係各国の連携を、安倍政権が阻害し続けていることがまずなによりも大きい。韓国にとっては過去の植民地支配を正当化しようとして、UNESCO世界遺産会議で約束したはずの戦時中の外国人強制労働についての啓蒙も、日韓合意で約束したはずの被害者への誠意ある謝罪もなおざりにしている安倍政権と組むことは、対北朝鮮の交渉上極めて不利な負い目になる。
またこれは韓国にとって、これからの南北交渉に不可欠な国民の支持を維持する上でも大きな問題だ。なにしろ金正恩に「民族に対する侮辱をなぜ甘受するのか?誇りはないのか?」とでも言われれば、文在寅には反論の余地がない。それになんと言っても今その安倍政権の韓国における最大の被害者は、高齢の元慰安婦の女性達なのだ。高齢の女性への侮辱は、朝鮮民族の文化的伝統からして許されるものではない。
中国ももちろん安倍政権の歴史修正主義的な傾向を警戒しているし、北朝鮮問題については一貫して中国への配慮を欠かすことがなく、今回の中朝首脳会談で再び中国がこの交渉のメインプレイヤーとして浮上している時に、尖閣諸島や歴史問題で中国にめちゃくちゃな挑発行為をやってはそこを責められると曖昧に誤摩化して来ただけの安倍政権は、まったく信頼を失っている。
建前上は「同盟国」なので表面上の友好イメージの維持のため、「最大限の圧力で完全に一致」といった中身のない抽象語句で一応賛同するようなかっこうは作って体裁は整えているものの、トランプ政権は日本をまったく信用しなくなっている。というか、そもそも最初から出だしが誤っていた。就任前に外国首脳と会うべきではないのに安倍氏の方から押し掛けて来たので断るわけにも行かず、しかしそこでひたすらゴマ摺りのニヤニヤ愛想笑いの抱きつき外交を始められては、トランプ個人としても大好きな「ディール」、火花を散らすような交渉取引の相手にもならずおもしろくもなんともない、適当にあしらっておけばいいだけの相手に、安倍首相自らが最初から成り下がっていたのだ。
トランプが「安倍外し」を鮮明にした(日本という国以上に安倍という個人を信用できない、と表明した)鉄鋼とアルミの件にしても、河野外相ら日本政府はトランプ政権のムニューヒン通商代表に、日本は除外されることを確認するよう働きかけて来た。こんな卑屈で姑息な態度では軽蔑されるのは当たり前で、反保護主義の見地からこの政策を最初から猛批判して来たEUが除外されているのはなにをかいわんや、であった。「この懲罰関税は誤り」と毅然とした態度を取っていれば、トランプも日本を無碍に扱うことも出来なったはずだ。
日本国民の立場からすれば、北朝鮮が提起している「朝鮮半島の非核化」や、朝鮮半島における安定した平和の定着はまったく悪い話ではない。この北京訪問で金正恩が「朝鮮半島の非核化」に中国を巻き込んで、米中の相互核削減にまで話を広げる可能性すら模索し始めていることは、うまく行けばそれこそこんないい話はない。拉致問題にしても一部の報道では、北朝鮮側が日本が拉致被害者として認定はしていない生存被害者を名前まで挙げて伝えて来ていることも出て来ている。もともと、父・金正日の代にうやむやに終わってしまった拉致問題を再謝罪した上で日本政府に再調査を持ちかけて来たのは就任直後の金正恩であり、その提案から1年近く逃げ続け、やっとストックホルムで交渉を始めたものの中座して話を潰してしまったのも安倍政権だ。南北雪解けムードがこのまま進めば、韓国から拉致された可能性が高い人達のことも含めて、拉致問題が抜本的な解決に向かう可能性もなくはない。ただしそこには「拉致は人権問題(=被害者はあくまで個々人)」という一致点での日本と韓国の連携も不可欠になるのだが、そうした外交を安倍政権が出来るとは思えない。
日本国民の全体ないし大多数にとってはなんの悪い話でもないのに、安倍政権にとっては今の動きが進むことは絶対に避けたい理由は他にもある。まず「朝鮮半島の非核化」の意味について日本のメディアは「在韓米軍の存続」くらいまでしか政府に遠慮して言わないが、在韓米軍は核武装しておらず、核兵器の持ち込みには韓国政府の許可が必要だ。「非核化」なら問題は在韓米軍よりも、その在韓米軍基地にいざという時に核兵器を持ち込めるアメリカ軍のサプライ・チェーンをなくすことになり、ではどこから核兵器を韓国に持ち込むのか、といえばその核兵器が沖縄にかなり大量に配備されていることは、国際的な軍事安全保障の分野ではまったくの常識である。
日本政府はアメリカが非核三原則を尊重して持ち込んでいないはずだと「信じる」としかコメントしておらず、では米軍はどうかといえば沖縄の核の有無自体が最重要軍事機密なのでノーコメント、としている。米朝交渉で北側が沖縄の核配備の撤廃を条件として出してくれば、アメリカ政府はとくに困らないが、日本政府が噓つき二枚舌であることが世界に対して、そしてもちろん日本国民の目の前に晒されるのだ。
それにこれは既に述べたことだが、抽象論でも「朝鮮半島の非核化」の実現に米・朝・中国が積極的かつ誠意ある努力を約束しあえば、真っ先に消えなければならないのが、日本の防衛政策、とくに安倍政権のそれが依存するアメリカの「核の傘」だ。
さらに日本国民にとっては不利でもなんでもないが、安倍政権にとっては絶対に許容できないことが最後には控えている。「朝鮮半島の非核化」が真の意味での「非核化」に限りなく近づく(周辺諸国を含む相互核削減)にせよ、米朝間だけなら最終的に合意可能な妥協の落とし所であるアメリカの敵視政策の終了と、朝鮮戦争の現状を休戦協定から平和協定に変えて国交正常化交渉の開始だけで妥結するにせよ、安倍政権がどうしても避けたいことが日朝間のその先には控えているのだ。72年間棚上げにされて来た、植民地侵略の清算だ。
韓国は日韓基本条約の際に国家としての賠償を求めず、個々人への賠償ですら(政府にその権限がないにも関わらず)一方的に放棄して、多額の経済援助で誤摩化すことを選んでくれた。この戦後賠償に関する日韓協定は韓国の憲法にも国際法に違反する可能性が高く…というより現代の国際秩序の基本理念のひとつである私有財産権の侵害でまったく不道徳かつ違法と断定される可能性が高く、北朝鮮が同様の妥協で済ましてくれるはずがない。
その上、戦後賠償に関する日韓協定の対象になっている個人賠償分は未払い給料や軍人軍属への恩給の放棄どまりで、徴用(強制労働)や慰安婦などの国家犯罪の人権侵害は本来含まれていない。北朝鮮と戦後賠償の交渉に入れば、この日韓協定も全面的に見直すべきだという声が当然韓国から上がるだろうし、国際社会の支持もほぼ全面的に韓国側につくだろう。
これを避ける手段がないわけではない。
実際問題として膨大な数になる犯罪的な人権侵害のケースをすべて特定することは事務的に不可能に近いし、大多数の被害者はすでに亡くなっている。だから植民地侵略と侵略戦争に伴う人権侵害や国家主権の侵害の問題で求められるのは、金銭的な賠償以上に日本がどれだけ誠意を見せるのか、が焦点になる。日本政府が最初から先手を打って、非の打ち所がない反省と謝罪の表明をやってしまえば、そもそも日本に対して賠償よりも国交正常化と経済関係の構築や将来の良好な関係につながる経済援助の方を遥かに重要視している金正恩は、個人賠償については適当な妥協点をでっち上げて、ほぼ謝罪の表明だけで話を終わらせてくれる可能性もゼロではないのだ。
北朝鮮は北朝鮮で、今後も中国やロシアの属国状態に陥らないようにするためにも、日本との確かな外交関係と経済関係の樹立こそが最大の国益なのだ。外交というのはこのように、相手国が本当はなにを求めているのかを、その相手国の立場に立って見極めないことには、戦略すら立てられないものなのだ。
そこがまったく出来ない稚拙さがとりわけ顕著なのが安倍政権である。なんでも相手国や日本人を狙うテロリスト集団の狙いや意図を考察することは「テロリストを忖度」しているので「反日」になるのだそうだ。そんな独りよがりの国内引きこもりしかできないのなら、いっそ鎖国でもした方がマシだろう。平和ボケもほどほどに、である。
安倍政権が森友学園スキャンダルで再び追いつめられていることは、海外メディアでも日本からの最大のニュースとして報道されている。その論調は日本国内より遥かに厳しい。日本の報道では森友学園が作ろうとしていた「安倍晋三記念小学校」が極右カルト教育の学校だったことはタブー視されて今ではほとんど論じられなくなっているが、海外では総理大臣がそんな極右カルトを支援しようとしていたか、少なくとも総理夫人は明らかにその支援者であったことが、もっとも奇異かつ深刻な問題として取り上げられているのだ。その極右カルト支援の事実を誤摩化そうとして公文書まで改竄していた政権が、今後外交の場でまともに相手にされるわけがない。公式の記録すら自分たちの都合や保身で書き換えてしまうような政治家を、誰が外交交渉の場で信用するだろうか?
安倍氏を支持する人達は、外交や安全保障があるから森友学園程度の問題で首相を退陣させるのは云々、と言い張っている。だが外交と安全保障において日本の国益を守るためにこそ、どの国からも信用も信頼されない状態に陥っている安倍政権は即刻退陣するしかない。その上で次期政権がこの疑惑について、諸外国が見ても納得するだけのレベルで真相を解明してこそ、やっと日本は再びまともな外交ができる立場になる。