2018/03/31 政治
森友疑獄!「共謀罪」はこういう時のためにある。驚きはあるが「意外」ではない、平気ですぐバレる噓をつき続けて来た安倍政権の公文書改竄 by 藤原敏史・監督

財務省が公文書、それも11もの決裁印がある多数の決裁書を改竄(「書き換え」)していた問題で、ひとつ見落とされていることがある。「なぜこんなバレるような、それも犯罪になる可能性が高いことを優秀な財務官僚がやるのか?」とよく言われいるが、改竄作業が始まったのが昨年2月下旬なら、現に1年間はバレずに乗り切れて来ていることこそが真相を考える鍵だ。

 

確かにバレたら犯罪だ。しかし「バレる可能性」つまり情報が外に出ることを防ぎ続けるだけの権限が首謀者にあれば、「犯罪になる可能性」という躊躇が組織の中で最終的に押し殺されても不思議ではない。逆に言えば改竄自体がバレてしまえば意味のない行為だが、ちなみに財務省では主計局や大臣官房ならまだしも、理財局にそんな権限はない。

 

なにしろ改竄前の元の決裁書の多くの写しが国交省に渡っていたのだ。だが首謀者にこの改竄を財務省に強制できる権力があったなら、国交省に「ちょっと黙ってろ」と指示するのはより容易いはずだ。

 

この改竄がまず疑惑として報じられたのは3月2日の朝日新聞のスクープだが、逆に言えば朝日がどこからか情報を得ていなければ今でもバレないままだったし、ならば首謀者の権力権限が続く限りはバレないまま済むことの期待にすがり続けるのも、むしろ普通の集団心理だ。こうして事件を俯瞰して考える際に重要になる情報や報道のリテラシーの基本のひとつは、ある情報がどこからなら出て来る可能性があったのか(そもそもある事実を知っていなければその情報を流すことはできない)を見極めることだ。

 

最初のスクープは財務省本体か近畿財務局、改竄前文書を持っていた国土交通省、国交省と財務省双方から異なった決裁文書を提出された会計検査院、そして改竄前の決裁書が任意提出された大阪地検の、いずれかのルートからのリーク以外はあり得ず、逆に言えば以上のどこかからのリークがない限り事実は闇に葬られていたままだった。念のため言っておくがこれは単純に改竄の事実を知っていた、つまりリークできる情報があった組織を機械的に列挙(持っていない情報をリークはできない)しているに過ぎず、動機や心理を考えて絞り込むのはその先の段階だ。まず客観的な前提として、以上に列挙した公的組織のうち、森友学園疑惑が表面化してから文書を手に入れた大阪地検以外の、すべてを口封じできる権限を持つ者以外に、この事件の本当の主犯・首謀者はそもそもあり得ない。

 

念のため補足しておくと、ここで「大阪地検以外の」と書いたのは、逆に地検にも圧力をかけられる存在であることをもって首謀者・主犯の可能性を排除する理由にはならない。むしろそその捜査までも妨害できる権限がある個人ないし組織ならば、より主犯・首謀者の可能性が高まる。どうも昨今、こうした十分条件と必要条件の違いを恣意的に混同した倒錯議論のナンセンスがネットや国会論戦の一部から飛び出す傾向が目につくので、念には念を入れておく。

 

ちなみに朝日の報道はどうも大阪地検か近畿財務局がソースだったらしいが、だとしたら近畿財務局がわざと問題の原本を任意提出していた可能性もあり、その双方が東京・霞ヶ関とは離れた組織であることも意味深ではある。

理財局単独犯行説、財務省主犯説はいずれも成り立たない

国交省が元の文書を持っている以上、発覚するリスクがあまりに大き過ぎて財務省の一部局が手を出すはずがないのがこの改竄であることは、「官僚の心理としてそこまでやるはずがない」といった個々人の良心や人格、あるいは個々の官僚組織の特質を勘案した主観の入り込んだ情緒的な憶測以前の、厳然たる客観的な現実の問題で、異論の余地はない。繰り返すが改竄の事実を確実に隠せなければ、そもそも文書を改竄する意味がないのだ。そして現実に1年近く外部に漏れずに済んで来た、つまり3月2日の朝日スクープまでこの犯行は成功して来ていたのだ。

 

財務省からみれば、国交省にある元の版との比較で改竄がバレる危険が高く、バレたら前代未聞の大スキャンダルになる以上、そこを口封じできる保証がない限りやる意味がないのがこの改竄だ。予算配分で国交省に圧力をかけられる主計局ならまだしも、たいした影響力もない理財局が勝手にやるわけがない。

 

そこで主計局や大臣官房も巻き込んだ(あるいは理財局がそこから命じられた)組織ぐるみ犯行の可能性となると、確かに皆無とまでは断言できないが、今度は動機ないしこの改竄で得られるメリットが主計局にも大臣官房にはなにもない。首相官邸が固執しているストーリーの通り、佐川氏ひとりの答弁の暴走が問題だったのなら、財務省は虚偽答弁を理由にとっとと佐川氏を更迭し、ダメージを最低限に抑えるに決まっている。

 

それに佐川氏自身は確かに、森友学園への国有地売却の最終決裁者ではあるが、それは新たに理財局長に就任した直後のことで、最終判断は事実上は前任の迫田理財局長(この時点では国税庁長官)だ。元々国税のスペシャリストで理財局長は国税庁長官の前の腰掛け・待機ポストだった佐川氏は、この取引の経緯もまったく知らなかったはずだ。国会答弁の準備で必ず一連の決裁文書の内容を把握していたはずだ。なのになぜ虚偽答弁を繰り返したのかといえば、答弁と改竄は一体で、国有地払い下げが不正か、少なくとも極めて異例な契約だったことを隠すためとしか考えられない。しかも大臣どころか総理の答弁にも関わる案件だ。財務省の大臣官房だけではなく官邸と打ち合わせた方針以外の答弁は、立場上できない。

 

財務省から国交省に、改竄があるから元の決裁書とは比較するなと圧力をかければ、財務省は国交省に自らの違法行為という弱みを握られることになる。大規模土木工事の公共事業を所轄する国交省は主計局から見ればもっとも警戒する金食い虫、なのにわざわざ自省の違法行為を明かして予算折衝の際に不利になるような脅迫のネタを渡すなんて真似を、主計局が許すはずもない。そんな犠牲まで払ったと仮定してみたところで、わざわざそこまでやった見返りが、主計局にとっては皆無なのだ。

 

不当な国有地売却の事実を隠すため、つまり前任の迫田氏と理財局の組織を守るために決裁書が改竄され、同時に佐川氏が虚偽答弁を決意した、というのならまだ動機としてはあり得るが、今度は理財局だけなら国交省を黙らせる権限がないので、動機はあっても実行の手段がない。それでも与党が佐川=理財局単独犯行説にこだわるのならなおのこと、野党に言われるまでもなく佐川氏だけでなく迫田氏も証人喚問しなければ真相解明のやる気がない、と思われて当然だろう。佐川氏の動機で唯一考えられるのは、前任者の迫田氏との関係だけなのだ。

文書改竄と佐川氏の虚偽答弁は「隠蔽」という一体の犯罪

だいたい官邸が麻生大臣に言わせているストーリーは、一連の決裁文書の内容も知らずに当時の理財局長だった佐川氏が国会で答弁すること自体があり得ず、そして佐川氏個人には事実上無関係の案件なので虚偽答弁で利益を得ることがない(=動機がない)、そして国交省には改竄の証拠があった、この絶対に外せない3点を恣意的に見落としている。

 

逆に言えば佐川氏の虚偽答弁の辻褄合わせという官邸=麻生大臣の説は本来一体の犯行である虚偽答弁と虚偽公文書を無理矢理ふたつに分けなければ成立しない、不自然どころかそもそもあり得ない推論だ。

 

改竄と虚偽答弁、どちらも重大事ではあるが、しかし国有地不当払い下げの事実の隠蔽という事件の本質においてはそれぞれに犯行の実行手段でしかないのだ。理財局組織ぐるみなら動機は組織防衛と前任者を守ることが一応想定できるが、今度は財務省全体の省益に反し、一部報道で出ているように財務省から国交省に隠蔽を頼んでいても、その時にはせめて「総理のご意向」でも匂わせいない限りは従わせるのも難しかっただろう。

 

どうにも野党の皆さんは上品過ぎて(元警察官僚なら普通は自民議員、ということもあろうが)、追及はしていても「やはり相手は総理大臣だし」というか、報道の方でも「これは政治部のニュース」という思い込みが前提になっているようだが、この分析で筆者が採用しているロジックは犯罪相手であれば標準的なもの、初期捜査で事件の全体像を構築して捜査対象を絞り込んで行く段階では常套の、標準的な手順だ。

 

政治記者は自らの人脈がなによりもの武器だし、野党議員も同じ永田町の住人だ。だから政治家や官僚本人の人柄や省庁の個性に囚われ過ぎ、「そんな人ではない」的な先入観だけで判断しがちなのは、よく知る相手のことだけに発想が情緒的過ぎる。そのせいか、犯罪事件を見るにはもっとも適した三面記事・犯罪捜査の思考パターンを当てはめて見れば、事件の見方が最初の視点の置き方からしてズレているのだ。

 

喩えていえば、強盗殺人事件について強盗つまり金銭の獲得という最大の動機をわざわざ度外視して、殺人という手段だけについてああでもない、こうでもない、と言っているのに近い。確かに殺人は倫理的には大罪だが、犯人の動機があくまで強盗の方にあることを忘れては捜査にならない。

 

同様に、「公文書改竄」が民主主義の基盤を崩壊させる重大な倫理的問題なのは確かだ。しかしその倫理的な深刻さに囚われた感情論で改竄だけを切り離して考え批判してしまうと、事件の全体像は見えない。改竄がいかに深刻な問題であってもそれはこの犯行のなかでひとつの手段に過ぎず、不当な国有地払い下げの隠蔽事件の一部でしかないのだ。こう言うと今度は「犯罪だと決まったわけじゃないのに犯罪者呼ばわりは許せない」などと言い出す人も多いだろうが、かような子供じみて浅薄な感情論もまた、事件を客観的に見る目を曇らすことにしかならない。

国交省が把握していた改竄の事実を、なぜ隠せると考えられたのか?

先に列挙した朝日スクープの情報源になり得た組織が、逆に言えばこの事件の首謀者・主犯が口封じしなければならない対象であり、そして会計検査院を除けばいずれも内閣・官邸の支配下にある。検察さえ法務省の下部組織であり、一応は一定の独立性を持たされている会計検査院ですら、その人事は官邸と与党の影響下にある。

 

つまりもっともあり得る可能性は「官邸の関与」どころでは済まない。まずまったくあり得ない想定と、次に可能性の極度に低い想定をひとつひとつ潰して行けば、消去法で残るのは、官邸が主導していない限りこの事件が成立したはずがなく、つまり官邸以外のどこも主犯ではあり得ないという結論だ。

 

安倍官邸が主張する佐川主犯・理財局単独犯行説のように財務省のスキャンダルとしてのみこの事件を見ようとしたり、自民党の一部参議院議員のように事件の本丸は財務省とみなす態度はまったくのナンセンスだ。自民党の最終防衛ラインであるらしい「官僚の過剰な忖度」説をとってみた場合、事件の背後にはなんら統一的な意志もなかったことになるが、ならば各省庁・各部署バラバラで、それぞれの官僚がたまたま同じ判断を下したなんてことは、よほどの奇跡的な偶然でもない限り考えられない。つまり官邸主犯説以外の可能性は、どれもまずあり得ないと言ってしまえるほど低い。

 

国交省では3月2日の朝日の報道を受けて、自省が関わった案件でもあるので念のため調べたところ、オリジナルの決裁文書の写しがあって中身が国会に提出されたものと異なっていたことに気付いたという。まずこれ自体が眉唾なのは言うまでもない。昨年5月に改竄版の決裁文書が国会に提出された時点で、当時あれだけ大きな騒ぎになっていて、国交省も国会で答弁が求められる可能性があるのに、省内で情報をとりまとめて整理していないようではよほど間が抜けていて怠慢にもほどがある。つまり昨年5月の時点で国交省が改竄を把握していなかったはずがなく、ならばまず真っ先に官邸に(内々に、口頭ででも)報告していなければおかしい。なのに今年3月の朝日スクープまで、事実は完全に隠されて来た。

 

理財局単独犯行説や財務省主犯説で、官邸がまったく預り知らぬことだったのなら、この昨年5月の時点で改竄の事実はそれを国交省から知らされ驚愕した官邸から公表されていたはずだし、財務省で大調査や処罰懲戒が行われていたはずだ。まして国税庁長官になった佐川氏を安倍首相や麻生財相が「適材適所」と言い続けることなぞ100%あり得なかった。このこと自体が官邸主犯説の有力な傍証・状況証拠になる。

3月6日時点で官邸から改竄を公表しなかった時点で、心証は真っ黒の主犯・首謀者

逆に言えば、財務省では必ず国交省で原本と改竄版が比較されてしまうことが分かっていたはずだ。しかし主犯が官邸で、国交省にも予め隠蔽の指示が出ていれば、話はまったく変わって来る。国会に提出される以前からそれが改竄版になると分かっているか、なにも言うなという指示が官邸から出て来れば、国交省でもわざわざ確認はしないというか、むしろその手間は避けることで「気付かず見もしなかった。知らなかった」という責任逃れのアリバイを守るだろう。だから国交省が今年3月2日の報道で知り、そこで調べてみて初めて5日に改竄の事実を確認したと言っているのも、それ自体では噓ではない(官僚の習性として、実態は噓と変わらなくとも、せめて形式上噓にはならない逃げ道の安全装置は当然作っておく。今回それが役に立った)。

 

上記の事実関係が(わざわざ事後で)国交省から発表されたことで、総理が10日まで改竄の事実を知らなかったというのは呆気なく噓と分かってしまった。国交省では翌6日に改竄が事実であったことを官邸に報告し、その指示で財務省にもこの写しを渡していたというのだ。

 

このドタバタにさぞ慌てたと思われる「官邸関係者」が産経新聞に語ったところでは、官邸はそこで財務省に厳しく迫ったが、「調査中」ということで逃げられ、財務省が10日になってやっと認めたのだという。もちろんこれはあくまで「官邸情報」、しかもリーク相手が安倍政権と蜜月の産経新聞というのがあまりに分かり易い上に、事実関係自体が何重にも不自然だ。もちろん官邸で二つの版を較べれば確定する事実について、「さらなる調査」で確認まで何日もかかるはずがない。官邸が「財務省に騙された」のなら、国交省保存阪と財務省提出版を比較するだけで改竄は明白なのだから、まずその事実を官邸が公表し、本格的な調査を命じるというのがまともな政府のやることだ。なのに安倍官邸がそうはしなかったという事実もまた、官邸主犯説を強く裏付ける傍証のひとつだ。

 

官邸が主張する(そして産経が印象操作で補完しようとした)ストーリーでは、財務省が独断でとんでもないことをやって総理を不利な立場に追い込んだということになる。ならばなおのこと、まともな官邸ならば6日には改竄の事実を公表して国民に謝罪していただけではない。以降の調査を財務省に任せるはずもなかった。不正を行った組織がその不正を「調査」ということに、ダメージコントロールのための口裏合わせ以外の意味があるはずもないわけで、国民を愚弄するのもほとほどにして欲しい。

 

一方で石井国交大臣(ちなみに公明党からただ1人の入閣)がこの経緯をわざわざ、財務省が改竄(「書き換え」)の報告書を出した翌日になって会見で公表したのも、なんとも不思議な話ではあるが、これは例えば官邸が(公明党の)大臣を飛び越えて国交省幹部に箝口令を強いていて、だから大臣が知るのが遅れたとか、大臣を無視した官邸主導の口裏合わせが強要されていたと考えれば、説明がつくだろう。

 

先日明らかになった、前川喜平前文科次官を特別授業に招いた名古屋市の中学校に文科省から問い合わせがあり、この事実上の圧力が安倍首相に近い自民党の極右議員2名の直接指示だった一件もいい例だが、正式に内閣を通して大臣から各省に指示が出るのではなく、首相周辺や官邸から大臣を飛び越えてる事態が、安倍政権では多発している。前川氏が告発した加計学園問題の「総理のご意向」も当時の次官であった前川氏が直接与り知らぬところで官邸および内閣府から文科官僚に圧力がかけられた、大臣でなく官邸ペースだったのも、今回林文科大臣が事実上無私されていたことに通じる。実を言えばこの森友学園への国有地払い下げをめぐる一連のスキャンダルや文書の改竄も、麻生財務大臣はまったく知らなかった(あるいは、あえて関わらないようにしていた)可能性が否定できない。

 

しかもこの国交省が報告した6日から財務省が改竄を認める方針を報じさせた(つまり官邸がそれを許した)10日までのあいだに、官邸のストーリーで「主犯」になった当時の理財局長・佐川国税庁長官が辞任を申し出て受理されている。実際にはこのタイミングだからこそ辞めさせたという時系列も(一部報道によれば佐川氏は疲れきっていて数ヶ月前から辞意を漏らしていた)、この文脈で考えればあまりに分かり易いし、また辞任した佐川氏の囲み会見が、まさに「語るに落ちた」の典型だった。自分から辞表を出したはずなのに、佐川氏はうっかり「処分を受け」と言ってしまったのだ。

なぜ会計検査院の検査をスルー出来たのか?

会計検査院では財務省と国交省それぞれから提出された、本来同一であるはずの決裁書が異なっていることに即座に気付いたはずだ。森友学園への国有地売却について不可解で不適切である可能性を一応は指摘しつつも、事実関係の記録が足りず経緯が分からないと疑いのレベルで留めたその検査報告は、今から考えれば相当に官邸に忖度した、それ自体が不適切な内容だと言わざるを得ない。当然ここでもやり直しと、検査院自体についても厳格な内部調査が必要になる。

 

今のところの検査院のいいわけでは、財務省に問い合わせたところ国交省版は「ドラフト(草稿)」と言われたのだそうだが、双方の文面を見れば納得するわけがない。仮に財務省の改竄版が正式の決定版だったとしても、この取引が不適切なものだった事実を強く示唆する国交省にあったバージョンを、当の検査対象の財務省に言われるままに無視したのでは、一体なんのための検査院なのか? しかし一定の独立性を建前上は与えられているのが会計検査院とはいえ、しょせんは人事を与党と官邸に握られている(内閣の任命で国会承認人事)。

 

これだけ各所にまたがった隠蔽でも「過剰な忖度」という、政府与党がギリギリの最終防衛ラインとして設定している「言い訳」を落とし所にしようとしているマスコミ報道の流れ(報道に情報源を依存する野党の追及さえ、そのマスコミに合わせてしまっている)は、これではあなたたちこそずいぶん「過剰な忖度」だろう。

バラバラな部署それぞれの「過剰な忖度」ストーリーには無理があり過ぎる

「過剰忖度説」では複数の、バラバラな各官僚組織が、それぞれに独立した意思で自分達が政権を守らなければならない義務感を持ったことになる。それがこうも偶然うまく重なって各所で同時並行的に隠蔽工作が行われ続けたなんて「奇跡」は、真面目に考える必要もないナンセンスな想定だが、逆に言えばそれだけ統一的な意志に基づくほの一斉の指示が、首謀者・主犯から各所に一気に伝えられたことになる。裏で直接指示した証拠が出て来るほど間抜けとは思えないが、どんな無言の、ないし間接的な伝え方があったにせよ、主体であり主犯・主導したのがどこなのかは、事件の全体構図からはあまりにも明白だ。

 

犯罪の初動捜査の常道を当てはめて、誰に最大の動機があるのか、ないし、その事件で誰がもっとも得をするのか(両者がイコールである場合がもっとも多い)と、誰ならその犯罪を実行する手段を持っているのか、そして誰ならもっとも確実に犯罪の事実やその証拠を隠すことが出来るのかを検証し、アリバイの有無つまり犯行現場にいて実際に可能だったかどうかも勘案して、実際にある物証(この場合、改竄された決裁文書)の意味を解釈して行くことで、容疑者を初めて絞り込んでいくのが捜査の常道だ。そして以上の条件をすべてクリアする最大の容疑者は、首相官邸以外にはまったく見当たらない。

 

さらに決定的なこととして、そもそも文書が改竄された犯行の最大の…というか唯一の受益者は、安倍内閣総理大臣なのだ。そして佐川氏が国会で無理のあり過ぎる虚偽答弁を続けたことで利益を得るのもまた、安倍首相だけだ。

直接の指示は極力避けるはず。では官邸はどう「隠蔽しろ、手段は問わない」命令を伝えたのか?

犯罪捜査の常道で言えば、後はこの事件の点と点をつなぐのにどんな線があり得るのか、つまりこの組織ぐるみ犯罪の命令がどこでいつ発せられ、どう関係部署すべてに伝えられたかの、手段の問題(殺人捜査に喩えれば証拠となる凶器の特定)に移る。

 

確認で繰り返しておくが、文書改竄・虚偽答弁が一体の隠蔽計画は、財務省だけでは完結しない。財務省だけで済むならそんなに難しい犯行ではないので「官僚はそんなことはしない」という情緒論だけでは可能性は排除できないが、感情論も先入観も排した客観事実だけを見れば、本物の決裁文書の多くが国交省に渡っていて、そしてこの国有地売却自体が会計検査院の検査対象だ。つまり財務省だけでは隠しきれることでなく、ならば財務省だけの単独犯行なら改竄する意味がない。殺人に喩えれば殺意があってもペーパーナイフしか持ったことがなければ容疑者からは外されるだろう、というのに近い話だ。

 

逆に言えば、この犯行の実行には、あらゆる関係者すべてに対し、「絶対に隠蔽しろ」という命令が、なるべく速やかに、かつ漏れなく伝わる必要がある一方で、その意図さえ伝わっているのなら直接の「虚偽答弁をしろ」「文書を改竄しろ」命令である必要もない。いやそもそも一体の犯行なのだから分けて具体的に伝えるのは、むしろメッセージの肝が伝わらなかったり、目的を忘れ手段に拘泥した結果思わぬ見落としが産まれるリスクが高く、あまり賢い犯行計画ではない。

 

ではどんなやり方であれば、この「絶対隠蔽しろ」命令がいわば主犯(官邸)か各実行犯(財務省、国交省、会計検査院)に伝えることができたのだろう?

「私や妻が関係していたら総理大臣はもちろん、国会議員も辞める」答弁の真意

極論すれば総理大臣が「俺は絶対に辞めない」シグナルを、自分が許容する最低ラインの明示とともに、直接の命令でなくとも官僚組織全体にそれと分かるように発していれば、「どんなやり方でもいいがお前らなんとかしろ(具体的手段は限られているので、わざわざ指示する必要もない)」指令が事実上発せられたに等しい。そして現にそれが実行された結果から逆算すると、このシグナルが国会で堂々と、つまりは全国民に向かって、それもかなり早い時期に発せられていたことに気付く。昨年2月17日の安倍総理の国会答弁だ。

 

「私や妻が関係していたら総理大臣はもちろん、国会議員も辞める」、安倍首相がなぜあんなにも自信たっぷりに言えたのか、そのこと自体が普通に考えてあまりにも不自然だ。たとえ自分は一切なにもしておらず潔白でも、籠池夫妻と妻・昭恵氏とのあいだで何があったかを夫・晋三がすべて把握しているわけがない。つまり自分の「関与」ならともかく妻のそれには確信が持てないし、まして「関係」「関わっていない」は絶対に言えなかったはずだ。ただの名前貸しの「名誉校長」ならともかく昭恵氏と籠池夫妻がかなり親しかったし、それだけでも首相夫人の存在は財務省の判断で大なり小なり考慮はされる。改竄前の決裁書に昭恵氏への言及が5ヶ所あったのは「それは基本的に、総理夫人だということ」と太田現理財局長が答弁した通りで、これだけでも「関係」ならば否定はできない。現に籠池氏が写真やメール、電話のやり取りの記録を近畿財務局に見せるだけでも昭恵氏が「関わった」ことにはなる、影響はあったのだ。そこまでは安倍氏にも昭恵氏にもコントロールできるはずがない。

 

「なぜあんな発言を」の理由には、もちろんいくつかのパターンが考えられる。まず単に、この総理大臣があまりにも頭が悪く日本語が不自由なのはもはや公然の秘密で、特定秘密保護法が強行採決された時には、「大変だ!『総理は馬鹿だ』と言えば重大国家機密の漏洩で法律違反!」という冗談がネットで飛び交ったほどし、国会で野党に問いつめられると前後の見境なく強がりに走って相手を愚弄する印象操作や論点逸らしに走る興奮状態はいつものことだ。つまり安倍はあの時、単に自分の言ったことの意味が分かっていなかった(「関与」と「関係」や「関わる」の違いすら知らなかった)可能性はある。

 

逆にいえばもちろん、「私の直接の関与がないことは自信を持って申し上げます」だったら大きな問題もなかったし、この夫婦に信頼関係があれば「妻を信じている、そんなはずはない」までは言ってもよかった(安倍夫妻の場合、逆に「仮面夫婦」の噂が絶えないのは言うまでもないが)。

 

だがあえて、わざわざ「私や妻が関係していたら」と言い切ったのはなぜなのかといえば、もうひとつの可能性はもちろん、そう言えるだけの絶対の自信があったからだ。

証拠を確実に隠すなら、誰も探そうと思わない場所が最適

「ほらみろ、サヨクの印象操作だ!」と、ここで迂闊な早合点が多い熱烈な安倍支持層なら勘違いで喜び勝ち誇るのだろうが、それはあまりに浅はかだ。先述の通り、総理夫妻の側では籠池夫妻が昭恵氏との親しさを勝手に利用することまでは防ぎきれないのだから、安倍氏が本当に「絶対に関係ない」と確信できるはずがないのである。

 

なのに「関係していない」と言い切れたあの絶対の自信はなんだったろう? 関係どころか直接関与の証拠さえ実はあっても、それを確実に隠蔽して事実を闇に葬れるという確信が、安倍氏にあったこと以外には考えられない。そして隠蔽を命じる相手が財務省・国交省と会計検査院の霞ヶ関の枠内に限られるなら、その立場・権限からして確かに内閣総理大臣なら十分に出来ることなのだ。後はその命令を、どこまでの威圧感と速効性を持って全官僚組織に徹底させられるのかだけの問題だ。

 

ここで思い当たるのが、確かにあたりまえの教養すら欠如し、社会の常識や政治に関する最低限の知識や、こと外交については頭の悪さと思い込みの激しい無知ばかりを曝して来た安倍首相が、一方では驚異の狡猾さで権力を掌握し、選挙でも連勝、かつてないほどの強力さで党内を押さえ込んで来れたことだ。トップ行政官としては史上最悪に空前の無能を見せつけ続けていても、自分がトップに立つ「内輪」の権力闘争や意志の通し方について、安倍晋三は確かに群を抜いて狡猾な政治家でもあり、他人の弱みにつけ込んで威圧し従わせる戦略も日本人相手の場合は常に心得ている(ゴマ擦りの卑屈さと「最大の圧力」的大言壮語のツーパターンの二枚舌の使い分けしかない外交の愚劣さとは対照的だ)。

 

ではこの場合、森友学園に対する異常な優遇の真相を隠蔽しろという命令をもっとも確実かつ威圧的に、しかも関係者全員に一気に伝わるように発するやり方はなんだったかと言えば、「私や妻が関係していたら総理大臣はもちろん、国会議員も辞める」という国会答弁こそがそれだったのだ。

 

犯罪とその捜査という観点から言えば、これほど巧妙な証拠隠しはない。捜査する側は誰もが決定的な証拠は隠されているという前提で動くし、この場合なら安倍氏が裏で直接に命じた事実を懸命に探そうとするだろう。まさかもっとも目立って誰にでも見えているところにこそいわば「凶器」が転がっているなんて誰も思わないからこそ、そこが最良の隠し場所になるというのは、もっとも巧妙な計画犯罪レベルの頭の良さだ。

なぜここまで生々しい背景事情まで含めて記載されていたのか?

決裁書で改竄された内容自体が、削除したくなるのも分からないではないほど、たしかに異例というか異様なものだ。国民としてはこの際、どんな決裁でも今後は陳情を取り次いで来た政治家の名前は断った人も含めて全列挙してもらえるといろいろ有り難い、と皮肉のひとつも言いたくなるが、さすがに断ったからには決定に関与していないのだから書く必要はないことまで、あえて書いている。

 

「書き換え」というか改竄が290〜300箇所に及んだのは、「本件の特殊性」つまり異例で異様な判断を強く示唆する部分を削除して行ったら、辻褄を合わせるためにはここまであちこち書き直さなければならなくなった、ということだろう。逆に言えば近畿財務局にはその特殊性を強調しなければならなかった事情があり、それには2つの可能性が考えられる。

 

第一が、異例の処置を通すため上層部・責任者を説得しなければならないので特殊性を強調する必要があったことだ。第二に考えられるのは、逆になにか上からの圧力で自分達がおかしいと思う案件を(意に反して)通さなければならなくなり、だから異常な取引であることの証拠をあえて記録に残し、将来問題になった時に備えた可能性だ。

 

だが第一の動機なら記録が残る公文書にわざわざ書く必要はない。口頭で、裏で伝えてもいいはずだ。そして改竄が財務省本省の理財局主導でなされたことは麻生財務大臣も認めているので、ならば答えは明白だ。近畿財務局の現場では反対している取引を、本省の命令でやらなければならなくなった。だから現場としては、後で問題になって(たとえば政権が交替して)責任を問われた時のために、決して自分達の判断ではなく圧力に屈したのであって、違法とされた場合も責任は上であって自分達ではないと分かる証拠を記録に残そう、もっと言えば自分たちが屈服させられた不当で不正な状況を訴えようとしていたのだ。

 

議員秘書からの陳情・問い合わせがあっても断ったことをわざわざ書いているというのは、そこまでは断れた(近財の責任をそこまでは守りきった)がそれ以上は抵抗できなかったからだと考えないと、説明がつかない。では5人ほどの議員秘書からの陳情までは断れても、それでも無理で非常識な判断を下さざるを得なくなった理由である「本件の特殊性」とはなんだったのだろう?

 

直接に問い合わせて来た政治家の記述だけでは、森友学園の小学校が一部で政界の強い関心の対象になっていたことまでしか示していない。そしてどっちにしろ断っている、つまりこの決定・決裁においては勘案されなかったことまでが、誤解の余地がないようわざわざ明記されていた。

「本件の特殊性」を隠そうとしたら、あっというまに訂正300箇所

では「本件の特殊性」とはなにかと言えば、まず安倍夫人の昭恵氏に関する5ヶ所が前後まで含めてごっそり削除改竄されていたことで、さらにその昭恵氏との親しさを強調した籠池氏が日本会議の関係者でもあり、その国会議員懇談会の主要メンバーの1人が安倍晋三総理大臣本人であるとまで書かれやはり削除されていた以外には、該当するものが見当たらない。さらにはわざわざ産經新聞の、それも紙面ですらなくネット記事を引っ張って来て、昭恵氏が森友学園の幼稚園を訪れて感動して涙を流したとする記事まで紹介されていた。

 

「本件の特殊性」について、「いやそれはゴミがいっぱい出て来る土地だから」云々という珍妙な安倍擁護論を展開する人がいるが、結論が先にあってへ理屈にすらなってないへ理屈が後からついて来る類いの頭の悪い牽強付会だ。国交省の管理が行き届いていない土地だから財務省は早く売ってしまいたかったはずもなにも、そんな売り方ではそれこそ後から「国に騙された」と損害賠償訴訟を起こされるリスクが高まるだけ、しかも相手は改竄前の決裁書で示唆されているような高飛車なクレーマーというかモンスター体質で、首相とのコネを強調して交渉に臨み、夫人が棟上げ式に来る(どれだけ先の話だ?)ので間に合わないと困るから早く決めろ、とまで言うような籠池氏なのだ。トラブルや損害賠償訴訟を避けるどころか、却ってつけ込む隙を与えるだけなのに、近畿財務局の方から慌てて売り付けようとする相手ではない。

 

それに値引きの理由になった地下9mのゴミというのは学園側が賃借から売却に移行する時点で、つまり後になってから主張し始めたもので、ところが改竄前の決裁文書で繰り返された「本件の特殊性」が最初に重要になっていたのはそのずっと前の、賃借なら3年契約その後買い取りというルールをねじ曲げて10年に延長した特例判断の時だ。ここで「本件の特殊性」の蟻の一穴を空けてしまえば、あとはよほどのことがない限り、森友学園の「特殊性」はそれが「先例」になる。

 

だいたい、ゴミの存在自体が非常に怪しいことは再三指摘されて来ていて、昨年の証人喚問では籠池氏自身がこのゴミを自分では確認しておらず、弁護士と施工業者と近畿財務局のあいだででっち上げられた可能性が高いことを示唆していたし、森友学園より前に豊中市に売却され公園になっている隣接の旧国有地でも地下9mのゴミなどは出て来ていない。果たしてゴミはやはり偽装で、むしろ近畿財務局が学園側に提案した値引き正当化の窮余の策だったことが、大阪地検の捜査情報で明らかになった。

「いい土地ですから前に進めて下さい」発言の誤解

むしろ「本件の特殊性」という言い訳が必要だった3年ルールを10年延長で異例に額を抑えた賃借契約の方で、近畿財務局が籠池氏に異例の安い賃料を提示していた疑いまで出て来てしまった。これを突破口に払い下げも事実上タダ(ゴミ処理名目ですでに1億3000万ほどの補助金を得ていたので200万)にまで学園側が持ち込んだ時には、近畿財務局は鍵池氏(ないしその背後の巨大な力)の奴隷状態になっており、その過程の記述も決裁書から削除、つまり隠蔽された。このプロセスでは証人喚問における籠池氏の表現を借りれば「神風が吹いた」、その直前には安倍夫人昭恵氏付きの女性官僚から、財務省の国有財産審理室長への問い合わせも行われている。

 

財務省は改竄前のすべての決裁書の全文の開示を遅らせていて、改竄部分の前後比較の報告書だけで済まして逃げている。これは佐川氏(当時の理財局長・前国税庁長官)の証人喚問で決定的な質問が出るのを避けるためのヤケクソの時間稼ぎにも見えるが、分かっている部分を見る限りでは、「本件の特殊性」を決定的に特徴づけているのは昭恵氏の「いい土地ですから前に進めて下さい」としか読みようがない(他に「特殊性」を正当化する理由になる記述がない)。安倍総理は国会答弁では必死にこの記述を他の5人の国会議員秘書からの陳情取り次ぎと同列に扱おうとしているが、その5人の議員がそれぞれに1回だけの言及であるのに対し昭恵氏はなんと5回であること以上に決定的な違いがある。昭恵=籠池ルートに関しては、決裁書には「断った」とはひとことも書かれていないのだ。

 

この昭恵氏の発言についての国会や報道での読解にも、どうも誤解があるのではないか。籠池氏からの伝聞なので昭恵氏が「前に進めて下さい」と言った相手が籠池氏のように思われている。だが昭恵氏を学校予定地に連れて行った時には、すでに森友学園ではこの土地を獲得しようと決めているわけで、籠池氏に対してなら今さら昭恵氏が「進めて」というのには意味がない。言い換えれば、これは昭恵氏が籠池氏を通して近畿財務局・財務省に「進めて下さい」と指示している意味でないと不自然で、文章がつながらないのだ。

 

もちろん籠池氏を通した伝聞なので、昭恵氏が本当にそう言ったのかは分からないが、これは最低限でも本人に訊かなければ、逆に言っていないという保証もない。籠池氏が噓をついたというなら、最低限でも昭恵氏・籠池氏双方の宣誓証言なしに決めつけるのはあまりに不公平で、なのに昭恵氏については安倍氏を通した伝聞だけで「言っていない」で逃げるのは逆に怪しい。なお一部の安倍熱烈支持層というか、和田政宗参議院議員を中心に、籠池氏の証人喚問では「いい田んぼになりますね」だったので噓に違いないと必死に言い張っているようだが、これまた必要条件と十分条件の違いが理解できないこの層の論理倒錯の典型にしかなっていない。両方の発言があったかも知れないし、「いい田んぼ」の言い換えで「いい土地」と、意味が通り易いように近畿財務局の方で修整していてもなんの不思議もないのだ。

 

いずれにせよ、文書改竄事件だけを論じるにしても改竄前の全文書が開示されないことには改竄の動機の詳細が確定できないし、繰り返すが公文書の改竄自体がいかに重大な問題でも、それ自体はあくまでひとつの手段に過ぎず、「なにを隠そうとしたのか」と切り離して論ずること自体がナンセンス、強盗殺人事件を「殺人」だけ切り離して論ずるにも似た倒錯でしかない。3月27日に佐川氏の国会招致と証人喚問が決まったが、財務省は最低限その前の週末までには改竄前の全決裁文書を開示しなければならないし、野党だけでなく与党こそがそれを要求しないようでは、この証人喚問が「ガス抜き」目当てであることが露骨過ぎて、逆にそのガス抜き効果すら期待できないだろう。

こういう事件の全容解明にこそ使えるのが「共謀罪」

安倍官邸では「直接証拠がない」で最後まで逃げ切る算段なのは今も変わらないようだ。かつてはスキャンダルの発覚まではその教育方針を絶賛していたはずの森友学園・籠池氏を唐突に国会答弁で「しつこい人」と切り捨て、今ではまだ裁判も行われていない被告の段階なのに詐欺師・犯罪者呼ばわりのレッテル貼り・印象操作に熱中しているのが安倍首相本人で、今度は辞任直前のギリギリまで「適材適所」と強弁して来た佐川氏を「国会審議を混乱させた」と叩き、あたかもこの改竄事件の主犯・首謀者のように攻撃させようとしているのが官邸の首相の周辺だ。

 

一方で安倍氏の自分の責任に関する国会答弁は、一年を経て辞任する条件が「関係していたら」が「関与」に、そして「私や妻」が「私と妻」に微妙に変化していて、国会議員を本当に辞任するかどうかもぼかした表現になった。

 

主体的な「関与」はともかく巻き込まれたり名前を使われただけでも成立する「関係」「関わっていた」なら、そもそも完全否定できるわけがないのは先述の通りだが、「私や妻」が「私と妻」に変わったのは、ただの言葉のあやであることを祈る。これまで都合が悪くなると他人を掌を返したように冷酷に切り捨てて来た安倍氏の最後の逃げ場は、昭恵氏を離婚して「妻が勝手にやった」「昭恵に騙された」と主張することだろうと言うのも、必ずしも冗談ではなくなって来ているのだ。

 

森友学園だけでなく加計学園や、ペジー・コンピューティングの補助金詐欺事件など、あまりに周囲に「政治とカネ」ならぬ「政府のカネ」を巡るスキャンダルが出て来てしまっている安倍政権は、このままでは政権交替そのものを許せない立場に自らを追い込んでいる。この文書改竄の発覚で党内にも「安倍一強」への不満というかベテラン層からの危機感が出始めているし、そもそも総理とその妻のスキャンダルなのに自分が矢面に立たされた麻生財務大臣兼副総理だって決しておもしろくは思っていまい。

 

こうした流れが加速して、次の自民党総裁が安倍氏の息がかからない、むしろ安倍氏と対決姿勢を強める石破茂氏や世論調査では期待が大きい小泉進次郎氏になれば、疑惑の完全解明と行政の正常化を国民に約束するだろうし、そうなれば安倍氏自身が背任や国民の財産の横領、それに公文書を改竄した虚偽公文書作成罪、国政の機能を麻痺させた威力業務妨害などの罪状で刑事訴追されることは、ほんとうに「真相解明」がなされればほぼ確実に避けられなくなるだろう。もはや安倍氏が三選に固執するのは、単に権力への執着だけではないのだ。

 

いや、国会議員には国会会期中の不逮捕特権があるからいいようなものの、理屈の上だけなら身柄拘束以外の強制捜査の令状が出るだけの条件は、実はもう揃いつつある。公文書を偽造したり改竄して内容を変えたことに適用され得る刑事罰のほとんどには、昨年強行採決され7月から施行されている刑法の「共謀罪」概念が適用されるのだ。いやむしろ、本来なら刑法における「共謀」の概念は、こうした入り組んだ組織構造を持つ犯罪への最大の受益者=真の首謀者の関与を立証するのが共犯としてでさえ難しい犯罪で、トカゲの尻尾切りを許さずその真の首謀者をこそ摘発するためにある。

「直接指示した証拠がない」が意味を持たないのが共謀罪

どうも安倍氏の熱烈な支持層は、あれほど「日本に必要だ」と息巻いた共謀罪の意味が分かっていないようだが、少なくとも国際組織犯罪防止条約で求められた法整備や、アメリカの連邦法にある「共謀 conspiracy」の処罰は、別に中核派が起こした爆弾事件で大昔に中核派と接触があった民進党議員を逮捕できるレッテル貼り法ではないし、そもそもテロ事件などの政治性が高い犯罪には適用してはいけないのが国際ルールだ。

 

実は筆者は共謀概念の導入には必ずしも反対ではないし、本来なら今の日本の組織犯罪法制の中核にある暴対法ほど差別的なレッテル貼りの悪法ではないとも考えている。また共謀罪があったからこそ、アメリカでは1980年代にFBIがイタリア系マフィアの勢力を大幅に減退させられた実績もあり、あとは捜査機関の能力次第で暴対法より遥かに合理的で実効性もあり、なによりも実際に犯罪だった行為以外は処罰や規制の対象にならず、人権侵害になりにくく、暴力団と言うだけで普通の契約すら出来なくなっている(契約した一般市民の側まで処罰される)日本の差別的な現状と違い、もともと被差別の人々の生活防衛の互助組織の性格もあった暴力団の更生と合法ビジネスへの転業も促せるかもしれない。

 

筆者から見て和製の共謀罪(「テロ等準備材」というのは、そもそもテロを対象にできないことも含めて詐欺的な呼称)の問題はまず具体的には共謀を立証する条件が曖昧なまま捜査当局の権限への制約が甘過ぎること、共謀の定義が曖昧どころか意味不明で別件逮捕どころか不当捜査に悪用されそうなこと、そしてそもそも立法府ですら「共謀」の意味がよく分かっていないらしいことだ。

 

では「共謀」とは本来どういう法的概念か? たとえば暴力団が表向きはカタギの金持ち一族の御曹司から資金提供を受けて売春宿を経営していたとする。売春自体が日本では建前上違法だが、表向きは「マッサージ」でもなんでも、そこで働く女性のリクルートを暴力団の下っ端構成員が力づくでやっていて、拳銃を突きつけて引っ張って来るなど誘拐同然の手段を用いていても、組長が直接指示していなければ逮捕訴追され処罰されるのはこの構成員だけだ。組から支給された拳銃を所持していて銃刀法違反で逮捕されても、銃を持っていた構成員本人以外の処罰はこれまでの日本の刑法では限りなく難しかった。

 

「共謀」の概念を導入すれば、これは劇的に変わる。組長は実行犯の共同正犯扱いではなく共謀の首謀者になり、直接の指示命令の証拠がなくとも組の指揮命令系統と組長がその構成員をどのような役割だと認識していたのかが客観的な外形事実からの確度の高い推論だけで、組長の「そんなつもりはなかった」「知らなかった」「部下が勝手に」という言い訳は通用しなくなる。たとえば以前に他の組との抗争で実戦部隊として活躍した構成員が女性に暴力で売春を強制していれば、「共謀」を当てはめれば暴力と誘拐についても主犯・首謀者は組長だとみなして有罪にできるし、さらに言えばカネを出した金持ちのボンボンについても、組からその御曹司へに利益が提供されていた資金の流れの解明が決定打になって「(直接には)知らなかった」「暴力団が勝手に」では逃げられなくなる可能性も大きい。

 

実を言えばこの組織売春の例もあるので、慰安婦問題について「直接命令した文書が見つからなかった」という閣議決定だけで荒唐無稽な日本軍と日本政府の無罪論を主張して来た安倍政権が、よりによって「共謀罪」にあそこまで固執し始めた時には、筆者などは「こいつらどこまで自分の言ってることが分かってないんだ?」「どういうダブスタだよ?」とまず呆れて冷笑したのが、最初の感想だった。「共謀」の概念を導入すれば、慰安婦に対する人権侵害の責任の所在はあまりに明らかであり、日本軍の指揮系統の実態こそがその動かぬ証拠になる。

 

あるいは、和製共謀罪では組織的信用毀損罪、つまり集団による組織的な名誉毀損も共謀の適用対象になっている。自民党は安倍熱烈支持者のネットユーザーをJ-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)と称して組織化しているそうだが、こうしたいわゆる「ネトウヨ」層が著名野党議員や安倍氏に批判的だったりする論客などをツイッターやフェイスブックなどで攻撃しているのも、その名誉毀損や業務妨害で自民党本部まで芋づる式に処罰できることに理論上はなるのだ。強行採決の直前に政府側がネットでのやり取りだけでは共謀の立証にならないという(根拠がよく分からない)解釈を慌てて公表したのは、もしかして遅ればせながら自分たちが有罪になる可能性が出て来ることに気付いた議員がいたからだろうか?

公文書改竄は事件の本丸ではないが、その解明立証は全体像解明の有効な突破口になり得る

同じことは今回発覚した財務省の公文書改竄事件についても当てはまる。本文の前半で分析した事件の全体構図に則れば、強制捜査の令状を捜査当局が裁判所に請求できるだけの証拠はすでにかなり揃っているのだ。

 

しかも安倍氏が固執する「直接の関与」の証拠は「共謀」を適用すれば有罪の立証に必要がない。すでに報道されているレベルでも状況証拠ならこれだけ揃っているので、財務省や官邸の「捜査への協力」がただの口先だけの噓でなく、プロの検察がちょっとでも本気で捜査するだけで、改竄事件の真の首謀者にまで捜査の手が及ぶことは十分にあり得る。

 

和製「共謀罪」(正式には「改正組織犯罪処罰法」)の場合、犯罪組織の定義が非常に曖昧で差別的な偏見に基づく人権侵害的な解釈の余地が大きいのも問題で、暴力団対策法のロジックがすでに客観的には職業差別以外のなにものでもないことをさらに助長しかねない内容になっているが、本来の「共謀罪」の概念でいう組織犯罪とは、政府組織のヒエラルキー構造でも、その権力構造が犯罪に悪用されればその時点で立派な犯罪組織だ(別に当時の金田法務大臣が答弁したように「一変」するわけではない)。

 

むろん日本の行政の中枢部分そのものが法的に「犯罪組織」と認定されるのは前代未聞の事態であり、その社会的なショックの大きさを考えれば「秩序の維持」に固執する日本の捜査当局がそこまでの判断に踏み込むだけの勇気はないだろう。というより、その意味し得るところへの恐怖から、真相の解明のためには共謀の概念を適用できることにすら発想が及ばない、心理学で言う「否認」の精神状態に陥る可能性が高い。

元を糾せば、すべてがあまりにも子供じみてバカバカしい

だがそれでは、日本が「法治国家」とはもはや言えなくなる。それだけの行政機構の破壊をを安倍政権はやってしまったのだが、それがなんのためだったのかを考えると、安倍政権というのは一部の批判的なメディアが言うように「憲政史上もっとも悪辣」というよりも、憲政史上もっともバカバカしく子供っぽいが故に最悪に有害だった政権だと断じざるを得ない。

 

なにしろこれだけの政治的モラルハザードを引き起こした動機は、元をたどれば「安倍晋三記念小学校」で小学生に「教育勅語」を集団で暗唱させたいという、安倍氏とその周囲の「日本会議」系ネトウヨ議員たちの実に子供じみた願望を実現するためだけだ。

 

そうした安倍氏に近い人間の1人で、文科省に圧力をかけて名古屋市立の中学校を恫喝させようとした2人の議員の1人、自民党愛知三区支部長の池田佳隆衆議院議員(ちなみに比例復活)は、この一件が報道されてからというもの雲隠れ状態なのだそうだ。「道徳教育の復興」や「愛国」を訴えるのも口先だけ、あまりに卑怯で姑息としか言いようがない。なお氏が文科省の問い合わせメールを書き直させたのは、動員の有無とカネの話で、沖縄の反基地デモが動員だと決めつけ日当が云々とデマを流したMXテレビの「ニュース女子」同様の、発想のせせこましさと汚らしさが見るも無惨だ。個々の人間の良心や信念や名誉や守りたい価値をそもそも理解できない人間たちのいう「道徳」や「愛国」とは、いったいどういう冗談なのだろう?

 

突き詰めれば、すべてがあまりにもバカバカしい。安倍氏は即刻退陣すべきだが、後任の総理大臣が誰であろうが、このポスト安倍は憲政史上最悪の貧乏クジかも知れない。ここまで子供じみたデタラメに陥った政府・行政を建て直すだけでも想像を絶する難事業になる。

プロデュース :及川健二
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