2015/09/15 政治
【安保法制採決を前に】あらためて「砂川判決」を問う 憲法学者・浦田一郎教授「最高裁の影の部分。最も恥ずかしい判決」

安全保障関連法案を巡り、共同通信が行った世論調査によると6割を超える人が依然「反対」と答えるなど、政府の方針をめぐって違憲が割れている。一方で、法案は衆院を通過し、現在参院特別委員会での審議に入り、安倍総理は今週中の採決を目指している。
法案成立に注力する政府与党は、国民の理解を得るべく説明に奔走している。そのような中、集団的自衛権の行使容認が合憲であることの根拠として挙げられたのが、『砂川事件判決』(以下、砂川判決と略す)及び『1972年政府資料』(以下、政府見解と略す)である。しかし、いずれも我々一般国民には馴染みが薄く、かつ晦渋である。メディアでも幾度か解説が試みられていたが、殊にテレビでは時間的制限がある。腑に落ちたといえる視聴者は多くはないのではないか。

 

このような状況を踏まえ、今回「憲法判例百選(有斐閣)」の砂川判決の解説を担当された、明治大学法学部教授の浦田一郎先生にお話を伺った。先生は、「我々学者からしても非常に難しい問題ですが…」と付言した上で、回答の前提となる定義、論点についても踏み込んだ解説をして下さった。

 

◆砂川判決は、集団的自衛権行使容認の法的根拠となりうるか?

 

本取材の主論点である。

 

これに対して先生は、「砂川判決は容認の根拠として妥当でない」という見解を示した。そして、その結論を導く上での必要性から、砂川判決と政府見解の異同、これらを論拠とする政府与党の意向の変遷について述解された。従前より安全保障の研究をされ、「長年政府の議論を追ってきた」という先生だからこその詳述だと感じた部分である。もっとも、そもそも法的問題を孕むため、法律用語も多く、難解であることは否めない。だが、字引に頼らずとも先生自身が語句説明も加えて下さっている。実際、学者でも難しい問題だが可能な限り一般視聴者の理解に助力したい、というのが説明のご趣旨である。是非、理解は困難だと匙を投げずに通して聴いてほしい。なお、主要な用語については末尾に注釈を加えた。

 

◆「事案は違えども、砂川判決の“一般的法理”を用いれば集団的自衛権行使を容認しうる」との高村副総裁の答弁。その是非を問う

 

「砂川判決は最高裁にとって影の部分で、最も恥ずかしい判決。こういう砂川判決を、今、政府が引っ張り出してきて、権威づけに持ち出すのは問題があるのではないか」

 

浦田教授は、6月17日付の高村氏の答弁につき、このように疑義を呈した。曰く、政府は最高裁の権威を引き出し、根拠としようとしているが、そもそも最高裁に権威があるとは言い難い。事実、違憲判決自体極めて少ない。その違憲判決も、尊属殺重罰規定事件や議員定数不均衡訴訟に顕著なように、数十年も抜本的解決が先送りされている。日本の裁判所がいかに保守的であるかの証左である。

 

「政府見解だと、3要素で縛りがかかりやすくなる。だからこそ、砂川を持ち出すことによって、国の存立のためなら必要な措置がとれる。(これによって)政府見解の縛りを弱くしていく。そういう面があるのだと思います。」

先の質問につき、このように締め括った。

 

その他、合憲違憲含め自衛隊の存在をどう考えるか、法案成立に反対ということであれば、これを阻止する術はあるのか、等、より踏み込んだ質問にもお答え頂いた。

 

「安倍首相はよく例え話をされるが、本当のところは別のところにあるのだ、ということを国民に感じさせるような例え話」

 

先生のこの言葉が強く印象に残った。安全保障法制が成立するにせよ、結果的に不成立となるにせよ、我々にとって“どちらでもよい”筈はない。政府与党の説明に、多くの国民がどこか狐につままれた気分のまま、気付いたら成立していた、という自体は回避したい。無関心のその先へ、主権を持つ我々国民一人一人が、少しでも理解を伴った上で私見を持つ。今回の取材、そして浦田先生の解説が、判断の一助になればと思う。

 

 

「判例の拘束力」:判例が、後に出される判決を縛っていく拘束力。これが事実上の拘束力にとどまるか、法的拘束力まで認めるかについては学説が分かれる。多数説・実務は前者。

 

 

「判決理由」:裁判所が言い渡す判決のうち、その結論たる主文に至った理由部分。

 

「傍論」:判決理由に対し、判決主文、結論を導くのに必ずしも必要ではない部分。実際の用いられ方としては、“なお、傍論ではあるが…”などと、既に争点に対する結論は導かれているものの、関連した問題につき説明を付すための尚書きとして記されることが多い。※(先生の御説明にもあるように)判例の拘束力につき“事実上のものに過ぎない”とする多数説・実務、或いは“法的拘束力がある”とする少数説のいずれに立脚するかによって、(“必要な自衛のための措置がとれる”という部分が)傍論かそうでないかの重要性が変わってくる。前者であれば、(判例を、事実上の拘束力があるに過ぎないとする以上)傍論か否かはあまり重要な意味を持たないこととなる。

 

「変則的統治行為論」:国家機関の行為のうち、極めて高度に政治的な行為については、裁判所の司法審査の対象とならないという理論。三権分立を重視し、立法部(国会)及び行政部(内閣)の専門的知識・理解を要する事案については、司法部(裁判所)は判断を避けよう、というものである。単に、統治行為論とも称される。

 

「尊属殺重罰規定違憲判決」:かつての刑法200条は、尊属(親など、自分より前の世代に属する親族)殺人の法定刑を死刑または無期懲役に限定していた。この規定が、尊属の尊重という立法目的を達成するための手段としては、必要な限度を遥かに超えているとして、憲法14条1項に反し違憲とされた。

 

「議員定数不均衡訴訟」:選挙における投票価値が、選挙区間で不均衡であり平等が保たれていないとしてなされた訴訟。

記事/注釈 三宅恵美子

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