2018/08/07 地域
稲嶺進さんに聞く “名護の逆格差論の示す豊かさとは何だったのか”

“20年にわたって(米軍基地問題で)分断と対立、国策という名の下で市民は翻弄されてきました。寂しいことです。なぜこんなに小さい街、名護市が国策ということでその判断を市民に求められるのか。〜中略〜 いつまで続くんだろうと思うと、心が痛い”

2018年2月の市長選で敗れた稲嶺進名護市長がその退任式で語った言葉です。

それから5ヶ月近くが過ぎました。市長の職に就かれるさらに前から、名護にいる朝には必ず続けてきた交通安全おじさんのお仕事は、間もなく10年目に入ります。通る子供達に必ずひと声かけ、ハイタッチをして見送る稲嶺さんの姿からその人柄が伝わってきます。

子ども達の登校後、稲嶺さんの思い描く「豊かさ」について、「名護の逆格差論」と重ねながら伺いました。1973年6月、本土復帰後間もない沖縄で生まれた「名護市総合計画・基本構想」いわゆる逆格差論は、何を語っていたのか。どのように影響を与え、なぜ時とともに語られなくなったのか。

再編交付金に頼らない街づくりを唱え続けた稲嶺さんに代わり当選した新市長の渡具知さん。新市政にはこの再編交付金の交付が決まっています。そのことを単に善い悪いとは言えませんが、そんな現在だからこそ、いま一度名護の逆格差論を見直し、豊かさの本質について考えるべきではないかと思うのです。もちろんこれは名護だけの話ではない。沖縄だけの話でもありません。

30分強という長い動画になりましたが、稲嶺さんのお話をできるだけお伝えしようとなるべく編集を避けた結果です。少しずつでもご覧いただけると嬉しいです。また蝉の声や車の行き来などで音声が聞き取りにくくなってしまいました。申し訳ありません。

蔵原 実花子

 

「名護市総合計画・基本構想(1973年)はじめに」より

現代は地域計画が本質的に問われている時代である。我々が自然の摂理を無視し、自らの生産主義に全てを従属させるようになった幾年月の結論は、今自然界からの熾烈な報復となって現われ、人間は生存の基盤そのものさえ失おうとしている。

従って、名護市の総合計画を策定するに当っては、本計画が一つの地域計画として全体世界にかかわりをもち、地球上の一画を担当していることの重要な意味を認識すると共に、本市の市民一人一人に、人間として最も恵まれた生活環境を提供してゆくことに、基本的な目標をおくべきであると考える。
 そのためには、目先のはでな開発を優先するのではなく、市民独自の創意と努力によって、将来にわたって誇りうる、快適なまちづくりを成しとげなければならない。多くの都市が道を急ぐあまり、ほかならずも生活環境を破壊していった例に接するにつけ、たとえ遠まわりでも風格が内部からにじみでてくるようなまちにしたいと思うのである。

従来、この種の計画は経済開発を主とする傾向が強く、とくに長期におよぶ、米軍統治と本土からの隔絶状況におかれていた沖縄においては、「経済大国」への幻想と羨望が底流にあったのであるが、いわゆる経済格差という単純な価値基準の延長上に展開される開発の図式から、本市が学ぶべきものはすでになにもない。
 本構想は、名護市を人間生活の快適な場として創造してゆくための総合計画の第一歩であり、まちづくりに対する思想の表明である。市制まもない若い都市のエネルギーを未来に向けて、確実に結晶させてゆくための基本的な考え方がこの中に盛りこまれている。

これから市民と共に実現の過程へ踏みだしてゆきたい。
 

 

プロデュース :蔵原実花子
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