2015/04/25 政治
選挙カーから見た選挙戦/2014.12衆院選 宮城4区 井戸まさえ候補の選挙カーから見た風景
選挙戦が始まるとどこからともなくが現れて街中を走り抜ける選挙カー。候補者の名前を大音量で連呼するので「騒音をまき散らしているだけだ!」と批判も多く、近年、選挙カーを使わない選挙戦をアピールポイントのひとつにする候補者もいるくらいです。でも、選挙カーを使った選挙戦は無くならないですよね? それってなぜなのでしょう?
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私は2014年12月、安倍政権下で行われた解散総選挙で宮城4区から立候補した民主党公認候補・井戸まさえさんの選挙カーに乗る機会を得ました。
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井戸さんは兵庫県議を2期務めたのち、2009年の政権交代選挙で民主党公認候補として兵庫1区から出馬して国会議員になった人物です。その後、2012年、自民党が再び政権を奪取した衆院選で落選。今回の選挙戦は再起をかけた戦いでした。しかし、それまで政治家として地盤を固めていた兵庫ではなく、前職候補者が出馬辞退したため、その空いた穴を埋める形で急遽、兵庫から宮城へ鞍替えして出馬となりました。まったく地縁が無かった訳ではありません。もともと井戸さんは宮城出身で高校時代まで過ごしていた土地でもあります。とはいえ、政治家としての知名度は、兵庫と比べれば厳しい状況であったと言えると思います。
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わたしが井戸さんに関心を寄せるようになったのは、井戸さんがボランティアで行っていた無戸籍者問題への取り組みがキッカケでした。わたしが構成作家として関わっているラジオのニュース番組で、無戸籍者問題を取り上げる際、専門家としてお招きしたのが始まりです。井戸さんご自身が一時、この問題の当事者でもありました。離婚後に新しい配偶者との間に子どもを授かったのですが、民法772条の規定により「離婚後300日以内は前の夫を、お腹の子どもの父親とする」とあるため…「子どもの夫は、新しい配偶者である」と裁判所に認めてもらうまで、お子さんは無戸籍状態のままだったそうです。そんなこともあり、同じような境遇で悩んでいる人を救いたい!と、それはそれは精力的に活動されていました。その姿はおよそ、落選議員(次のチャンスを狙う浪人議員)のイメージとかけ離れていたのが印象的でした。浪人議員といえば、組織票を­持つ大企業や団体の幹部と交流を持ち、ドブ板の勉強会などを開いて支援者のネットワー­クを広げることに腐心するのが日常だとイメージしていました。ところが、井戸さんは、およそ­票には結びつきそうもない活動に全力であたっていた。生まれながらにして戸籍を持たな­い「無戸籍児」は暮していた自治体や親のリテラシーにもよるのですが、学校にもいかず義­務教育期間中、家で過ごしていた人も少なくない。就職など夢の夢…アルバイトすらまま­ならない状況で暮らす彼らが戸籍を取得した時…涙を流して井戸さんと握手する姿は、無­戸籍児問題を伝えるテレビニュースなどでしばしば取り上げられています。その後、例の号泣議員騒動があった際、ご自身の経験を踏まえて問題の本質を突いて「政治家は襟を正せ」というメッセージを発信されていました。金の問題についてはキチッとされていないと言えない言葉の数々。そういったことが相まって「この人は本物­だ。こういう声なき声に耳を傾けるだけでなく、その人の問題解決のため汗をかく…そして「政治と金」の問題についてもキチッとした考えを持っていらっしゃる。こう­いう方に国会議員という”力”を与えたら、それはきっと良い政治をしてくれるに違いない­!」そう思ったわたしは、井戸さんが当選する姿を観たいと思ったのです。そして、その当選に­至る過程をこの目で観てみたいと思い、選挙カーに乗って選挙戦の一端を観させていただいたのです。
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候補者の資質としては申し分の無い方ですから、その活動実績を有権者が理解すれば良い戦いをするのではないかと、私は楽観視していました。ところが…井戸さんが出馬した宮城4区は、代々、自民党候補が当選している選挙区。1996年から数えて7回行われた衆院選で自民党が負けたのは1回だけ。2009年の政権交代の風が吹いていた時だけでした。自民党にとって盤石な選挙区ですから、これを鞍替え候補が切り崩すのは至難の業。
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そこで井戸まさえ陣営は、宮城で抜群の知名度を誇る岡崎トミ子前参議院議員の協力を得て、選挙戦を戦いました。スタッフの方に伺ったところ、選挙戦前半戦は「岡崎トミ子が推す井戸まさえ」…「岡崎トミ子が乗っている選挙カーに井戸まさえという候補が乗っています!」という内容を連呼して、岡崎さんの知名度と井戸さんをリンクさせる形で知名度アップを狙う作戦を取っていたそうです。その後、選挙戦が終盤に入って、岡崎さんの名前を前に出すのを控えて「井戸まさえ」で勝負に出る形になったそうです。
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わたしが選挙カーの車内からカメラを回したのは選挙戦­の最終日でした。12月中旬の東北地方。粉雪が降るなか4台もの選挙カーを連ねて、朝から選挙­区を回っている一団に昼過ぎから合流して車に乗り込みました。乗り込む際、支援者の方からホッカイロを手渡されました。「え?これから車に乗るのになぜ?」と思いましたが…答えはすぐに分かりました。選挙カーを走らせている間、窓は閉めないのです。雪が吹き込むなか手を振るのです。都市部の選挙戦で­あれば選挙区内にある商業地に出向いて演説をすれば大勢の耳にその声を届けることができます(心­に届くかは別ですが…)。しかし、地方の選挙戦ではそうはいかない。選挙区は広大で、しかも駅前だからといって人が集まっている訳でなないのです。では、どうするか? 答えは単純明快! 家に閉じこも­って、こたつに足をつっこむ有権者が暮らす家、一軒一軒にその声を届けなければならない­のです。しかも 地方の選挙区は広大です。朝から夜8時の選挙戦締め切り時間までフルで車を走らせ­ても、各地域を1回まわっておしまいです。選挙カーが走ったその時間帯に支持者が居なけ­れば声は届かない。途中、あから­さまに耳を塞いで「うるさい!」とジェスチャーで伝える通行人の姿を観たのは1人や2­人ではありませんでした。それでも、その数以上に、寒い中、窓をあけて身を乗り出して手を振る支持­者の姿があったのも事実です。そうした支援者、支持者の姿を見つけていると、次第に車内に高揚感のようなものが充満してきます。私の場合、選挙戦最終日だけでしたが…選挙戦初日から選挙カーに乗っている方は、日に日に反応が良くなることを実感していたに違いありません。長年、選挙に関わってきたという男性は「もっと選挙期間が­あれば、名前を知ってもらって良い戦いができたハズだ」と語ってくれました。しかしそれは、井戸­さんの実績を理解してもらうための時間ではなく、単純に、選挙カーで名前を連呼して名­前をアピールするための時間だというのです。残念ながら…有能な候補者の選挙戦でも、これ­が最良の戦いだと認識されているのが…いまの日本の選挙なのです。
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井戸さんは現在、ご自分の選挙区内で立候補している統一地方選の候補者支援のため戦っています。選挙が終わったら、昨年選挙カーに乗って感じたジレンマについてお話を伺いたいと考えています。
プロデュース :きたむらけんじ
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