■東京・南大塚のモスクを訪ねた
きょう(10日)午後、東京・豊島区南大塚にある日本イスラーム文化センターを訪ねた。白いタイル張りで細長い4階建ての建物。緑色の小さなドーム屋根が一目で礼拝施設だということを教えてくれる。入り口には、英語、アラビア語、日本語で(モスク)と書かれている。笑顔で出迎えてくれたのは、文化センター事務局長のクレイシ・ハルーンさん。今から約30年前、パキスタンからIT技術者として日本に留学しにきた。それ以来、ここ豊島区で貿易会社を営みながらボランティアで中東や東南アジアから日本に移り住んできたイスラム教徒と地域の日本人たちとの友好を目指した草の根的な活動を続けてきた。
握手をしながらクレイシーさんに、「僕がキャスターをしているニュース番組では先月おわりから『イスラム国』をやめて『ISIL』を使うようにしました。イスラム国といっても、イスラム教の教えにも反するし、国でもないんですよね」と話しかけると、クレイシさんは首を大きく左右に振ってこう答えた。「イスラム教の教えでは、人を殺すことはゆるされていません。一人を殺せば、数千人を殺すことと同じ。逆に一人を救えば、数千人を救うことにつながる。だから、私たちは目の前の誰かを助けることがとても大切だという教えを大事にしています。コーランを読んでみてください。慈悲という考え方に重きがおかれ、寛容さを大切にしています。だからこそ断言しますが、ISILは決して「イスラム」ではありません。後藤さんのような平和のために活躍されてきた方が、なぜあれほど残虐に殺されなくてはいけないのか。私には彼らがなぜ『イスラム』を名乗るのかがわかりません。どうか日本のメディアも『イスラム国』という呼び名を使わないで欲しいです」。
■「モーニングCROSS」では「イスラム国」を卒業
私がキャスターをつとめるTOKYOMX「モーニングCROSS」では、先月終わりからニュースの中で「イスラム国」という呼称を使うのをやめ「ISIL」と呼ぶことにした。番組中にリアルタイムで寄せられるtwitterのメッセージでも多くの方々から「イスラム国と呼ぶのはおかしい」という意見もいただいていたし、何よりも、番組では去年6月ごろから定期的にISILの問題を扱ってきただけに、彼らの非道な行為がイスラム本来の教義とは大きくかけ離れたものであることも強く感じていた。昨年の秋頃から、ゲストとのトーク中にはなるべく、ISIS、ISIL、または「イスラム国と名乗る過激組織」「いわゆるイスラム国」「自称イスラム国」などと、視聴者の皆さんにその都度誤った伝わり方をしないようになるべく注釈をいれて説明をしてきたつもりだ。時には『ISILのLはレバントの頭文字で、地中海東部のエリアを指す』などと、あらためて用語の解説なども行いつつ、ゲストや視聴者の皆さんと番組中に呼び名についてディスカッションする機会もあった。残念なことに、先月からは拘束されていた湯川さん、後藤さんが殺されてしまい、多くの方々がこの過激組織の存在を認知したであろうという前提にたち過激組織「ISIL」とだけ言う頻度が高くなった。
実は、昨日(9日)、イスラーム団体の名古屋モスクが中心となり、日本イスラーム文化センターなど東北から東海、北陸、関西、九州まで全国およそ30のモスクの代表者やイスラムの団体などが連名で「イスラム国という名称の変更を希望します」と題した文書を一斉に、NHKや朝日新聞といった大手テレビ、新聞など、あわせて30の会社や団体に対して、メールとFAXで送った。
訴えの中身を引用する。
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日本のメディアにおいて「イスラム国」と称されている過激派組織の行いは、イスラームの教えとはまったく異なるものです。イスラームにおいて、テロ行為や不当な殺人、迫害は禁じられており、また女性や子どもの権利は尊重されなければなりません。
「イスラム国」という名称にイスラムという語が入っているために、本来の平和なイスラームが誤解され、日本に暮らす大勢のムスリム(イスラーム教徒)への偏見は大変深刻です。
エジプトにあるイスラームスンニ派最高権威のアズハルからは、昨年9月、この過激派組織に「イスラム国」の名称を使用するのは不適切であり、イスラームとムスリムに対して不当であるとの声明が発表され、海外のメディアに「イスラム国」の名称を用いないよう要請がありました。
しかし、日本のメディアでは、この要請が実現されておらず、国際社会が国家と認めていないただのテロ集団に対して「イスラム国」の名称が使用され続けています。
この過激派組織はアラビア語で「الدولة الاسلامية في العراق والشام= ダウラ・アルイスラーミヤー・フィー・アルイラーク・ワッシャーム」であり、その省略形は「 داعش=ダーイシュ」です。
アメリカ軍は昨年の暮れに、この過激派組織を「ダーイシュ」と呼ぶよう公式に発表しました。
フランス政府も昨年9月、「ダーイシュ」の名称使用を決定しています。海外では、上記アラビア語の英語訳「Islamic State of Iraq and Syria」の省略形である「ISIS=アイシス」や「Islamic State of Iraq and Levant」の省略形である「ISIL=アイシル」を用いるメディアもまだ多いようですが、日本のように「イスラム」を連呼することはありません。
日本においても自民党や外務省が「イスラム国」という名称をやめ、「ISIL」の呼称に統一したことに基づき、各報道機関においても名称の変更がされるべきであると考えます。
日本の皆さま、どうか「イスラム国」という名称の使用中止をお願いいたします。
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この文書の中で、目を引いたのは「ダーイシュ」という言葉。ハフィントンポストのUK版などをみると、確かに「Daish(ダーイシュ)」という表記が多々見られるようになった。世界中のメディアがIS、ISIL、ISIS、Daishなど、過激組織の呼び方をめぐり試行錯誤を続けている。
■「ジハード」を「聖戦」と訳したのは誤訳
取材の中で、日本イスラーム文化センターのクレイシ事務局長が非常に興味深い話を聞かせてくれた。「堀さん、今朝、ISILについて私の妻と話をしていた時に、彼女は私に向かってこう言うんですよ『ISILの残虐行為がおさまらないので、イスラーム文化センターも彼らに対してジハードしなくてはいけないわね』。堀さん、この意味がわかりますか?」と尋ねられ、ぎょっとした。「ジハード」という言葉は、日本語ではよく「聖戦」などと訳され、テロリストなどが自爆テロを引き起こした後の犯行声明文などで目にしてきた記憶があったからだ。「彼らに対して、クレイシさんも武力で戦えという意味でしょうか?」と聞き返すと、(やっぱり)という表情で「堀さん、実は『ジハード』というのは、『努力する』という意味ですよ。日本の方がよく使う「聖戦」というのは、コーランにも出てきません。つまり、私たちが一生懸命、教育活動をするのもジハード、何かに打ち込み努力することをジハードというんです。ジハードを聖戦と訳すのは、完全に誤訳です。自爆テロなんてものは、そもそもイスラムでは禁じられていますからね。そういうことをした人は地獄へ落ちます。ですから、聖戦というものはジハードではないんです」
クレイシさんは、帰り際に日本語に訳されたコーランを一冊、棗の甘露煮をパックにしたものを一袋、丁寧に封筒にいれて渡してくれた。
「正しい発信をどうか、よろしくお願いします。わたしの8歳の息子も、学校で「イスラム国なんだろ?」とからかわれると言っています。本人は明るい子なので気にしていない様子ですが、他の子供達も心配です。日本は私たちムスリムにとって、大変信頼のある国です。平和を大切にしてきた国。これまで、私たちが差別や偏見を受けることはほとんどありませんでした。素晴らしい国です。ですので、これからも、そうした平和な国であってほしいと本当に思います。これはわたしの個人的な意見ですが、中東の国とも、今まで通り、平和であり続けることが日本の役割であってほしいです」
まずは、私たちメディアの人間が当然のように使い続けている「イスラム国」という表記をそろそろ本格的に見直すべき時期が来ているのだと強く思う。