この動画の要点
- 国立公文書館アジア歴史資料センター(アジ歴)が、2025年の「昭和100年」に向けたインターネット特別展を開催し、戦後の日本とアジアの関係を一次資料で紐解いています。
- 1955年のバンドン会議(アジア・アフリカ会議)において、日本が主導的に作成した「経済宣言」など、経済を軸としたアジアとの関係再構築の歩みが紹介されています。
- 終戦直後に設置された「戦争調査会」の資料など、日本が自らの手で戦争の原因を構造的に検証しようとした貴重な記録が公開されています。
- フェイクニュースやAIによる誤情報の拡散が懸念される現代において、客観的な一次資料に基づいた歴史認識を持つことが、安全保障や国際親善の基盤になると提言しています。
全文書き起こし
堀潤:井上センター長、荒木さん、本日はよろしくお願いします。実際にどのような展示があるのか、まずはセンター長の方からお話を伺ってもよろしいでしょうか。
井上寿一(アジア歴史資料センター長):8月15日が近づいてきますと、戦争の記憶ということに感心が高まると思うんですけれども、今回のアジ歴では、その後のこと、つまり戦争が終わった後のことをやってみたいと考えました。アジアの国々と日本がどのように関係を改めて作り直そうとしたのか。アジ歴の資料を使って、当時の状況を再現し、お知らせしたいという思いで作らせていただきました。
堀潤:まさに戦中・戦前の話ではなく、戦後の周辺諸国、特にアジアとの関係をどう修復し、結び直すのか。ここを今こそ伝えようというのは、どのような狙いがあるのでしょうか。
井上寿一:近代の日本は「脱亜入欧」という言葉に象徴されるように、地理的にはアジアの国なのに欧米志向で近代化を進めてきました。しかし、それは結果的に戦争に至り、日本はその戦争に負けました。では、本来アジアの一員であるはずの日本が、アジアの国々とどのような関係を改めて結ぼうとしたのか。そこで軸となったのが「経済」であったという点に注目しています。経済協力を通じてアジア全体が発展する中で、日本もその一員であるという認識を深めていく。それが戦後の歩みであったという観点から、多くの方に関心を持っていただきたいと考えています。
堀潤:具体的には、どのような一次資料が公開されるのでしょうか。
井上寿一:私個人としてもぜひご覧いただきたいのが、1955年にインドネシアのバンドンで開かれた「第1回アジア・アフリカ会議」に関する資料です。日本が戦後、本格的にアジアに復帰していく際、最も大きなポイントとなったのがこの会議への参加でした。日本ではあまり知られていないかもしれませんが、この会議で日本は「経済宣言」というものを実質的に作成しました。宗教も言語も体制も異なるアジアが一つにまとまる際、経済による豊かさの追求を基軸に据えたのです。東南アジア諸国との国交樹立や経済協力の原点がここにあります。
堀潤:荒木さんは、どのような点に注目されていますか。
荒木要(アジア歴史資料センター次長):これほど包括的な形で、終戦後のアジアとの関係を一次資料に基づいてまとめたものは、これまであまりなかったのではないかと思います。72年までの資料を対象としていますが、日本が厳しい状況の中でいかに賠償を行い、経済協力を進めていったか。日本企業が進出することが相手国にとってもメリットになるという、今で言う「ウィン・ウィン」の関係のきっかけが読み取れます。また、インドのネルー首相から贈られた象の「インディラ」のエピソードや、歴代首相のアジア歴訪の際の苦労がわかる資料なども展示しています。結論だけでなく、そこに至る「過程」の交渉記録が非常に面白いので、ぜひ検索して読んでいただきたいです。
堀潤:井上センター長、今回公開される資料の中で、研究者として特に注目されている具体的なエピソードはありますか。
井上寿一:「戦争調査会」に関連する資料ですね。日本が戦争に負けた後、なぜあの戦争に至ったのかを国家規模で検証しようとした試みです。東京裁判のように個人の責任を追及するのではなく、もっと構造的な観点から、なぜ戦争を止められなかったのかを自らの手で総括しようとしました。占領政策との関連で途中で立ち消えになってしまいましたが、残された資料には、当時の軍人や官僚たちが敗戦直後の段階でこれほど深い議論をしていたのかという驚きがあります。例えば、東南アジアでの戦争について「アジア解放のため」というのは後付けの合理化であって、実際には資源供給地を求めて手を広げていったのではないか、といった自省的なヒアリング結果も含まれています。こうした原点に立ち返ることは、昭和100年という節目において非常に重要だと感じています。
堀潤:外交の過誤についても議論されていたのですね。荒木さんは外交官としての視点からはいかがですか。
荒木要:外務省がまとめた「日本外交の過誤」という文書も今回取り上げています。吉田茂総理の命により、過去の外交の失敗を繰り返さないために検証されたものです。私自身、高校時代の留学中にオーストラリアの戦争博物館で、血に染まった日章旗を見て衝撃を受けたことが外交官を志したきっかけでした。歴史を直視し、そこから学んで未来に繋げていく。アジ歴の資料は、そのための生きた教材です。特に若い世代の方々には、教育用コンテンツも用意していますので、学び直しの素材として活用していただきたいですね。
井上寿一:現代はフェイクニュースやAIによる捏造動画が横行し、何が真実かわからない状況があります。しかし、アジ歴が提供する資料は「本物」です。客観的な一次資料こそが、歴史論争における最も信頼できる根拠になります。特定の歴史観を押し付けるのではなく、世界中の誰もが信頼できる資料にアクセスし、自ら判断できるインフラを整備していくことが、私たちの責任だと思っています。
荒木要:AIも英語の情報をベースに学習していますが、日本の正しい歴史的立場や事実関係をAIが正しく理解するためにも、こうした一次資料をデジタルデータとして、できれば多言語で発信していくことが、これからの時代の安全保障にも繋がると考えています。過去の先人たちが積み重ねてきた営みを記録として残し、次の世代に引き継いでいく。その重みを日々感じながら取り組んでいます。
堀潤:昭和100年を前に、改めて歴史と向き合う貴重な機会になりそうですね。本日はありがとうございました。
概要(動画説明欄より)
戦争が終わった後、日本は自らの過ちをどう検証し、被害を与えたアジアの国々と、どのように関係を結び直そうとしたのか。
国立公文書館アジア歴史資料センター、通称「アジ歴」は8月14日午後3時、「昭和100年インターネット特別展[第2回]日本とアジア諸国の“戦後”」を公開する。
https://www.jacar.go.jp/exhibition/index.html
紹介されるのは、戦争の終結と検証、講和、賠償交渉、国交正常化、国際機関への参加、各国首脳の往来、経済協力などを記録した公文書や写真だ。アジ歴は2017年度から、当面1972年までを対象に、所蔵機関から画像提供を受けた戦後資料のデジタル公開を進めてきた。今回の特別展は、それらを「戦争の検証と講和」「アジア諸国との関係再構築」「日本の国際社会への復帰とアジア諸国」「首脳の往来」「賠償と経済協力」の5章でたどる。
筆者は公開を前に、学習院大学教授でアジ歴の井上寿一センター長と、外務省出身で内閣府大臣官房参事官、荒木要センター次長に話を聞いた。
今回、一斉に未公開資料が解禁されるわけではない。国立公文書館、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所が所蔵し、すでにデジタル化されてきた膨大な資料を、「日本とアジアの戦後」という筋道に沿って編み直し、一点一点の原資料へ直接アクセスできる入口をつくる企画だ。井上氏は、戦後史が客観的な歴史検証の対象となり、そのための一次資料に誰もがアクセスできる時代に入ったと語る。
このチャンネルのメンバーになって特典にアクセスしてください:
https://www.youtube.com/channel/UC86iqu-yHsb-BCjI3ArD9Rg/join
チャンネルをご覧いただきありがとうございます。
このYouTubeではジャーナリストやアーティビストが世界の市民と連携しながら現場を訪ね取材した、様々な現場の映像をみなさんにお伝えしています。ぜひチャンネル登録お願いします!
皆さんが投稿できる映像ニュースサイト「8bitNews」はこちら
http://8bitnews.org
8bitNewsへの取材依頼、情報提供、お仕事の依頼は
info@8bitnews.org までお寄せください。