「3年間、起業に集中できる環境」を地方自治体がつくったら、どんなビジネスが生まれるのか。秋田県大館市で、地域おこし協力隊制度を活用した新たな創業支援の取り組み「大館ベンチャーラボ」が始まる。
起業を目指す「プレーヤー」には、年間555万8000円の報償・活動費が用意され、最長3年間、地域で事業づくりに取り組む。
ただし、目指しているのは単なる「地域移住」でも「3年間の起業体験」でもない。大館市が見据えるのは、任期終了後も地域に残り、自ら稼ぐ事業を育てることだ。
市場は大館市内にとどまらない。地域資源を生かした商品の海外への売り出しや、地域が直面する課題から生まれたサービスの国内外への展開も構想する。海外でのビジネス経験を持つプロデューサーや、スタートアップ出身の市長らが販路開拓を後押しすることも、この取り組みの特徴だ。
瀬戸内エリアの起業家やアトツギに出資する瀬戸内VCの山田邦明さんと、藤田圭一郎さんが大館市役所を訪ね、副業で「大館ベンチャーラボ」のプロデューサーを担う、アマゾンジャパン合同会社の白幡雄大さんと、大館市役所商工課の髙田侑希さんに話を聞いた。
◆年間555万円 「3年間のその先」を見据えた創業支援
「大館ベンチャーラボ」は、国の地域おこし協力隊制度を活用しながら、より「起業」に重点を置いた仕組みだ。起業を目指す参加者は「プレーヤー」として活動する。大館市によると、プレーヤーには年間の報償費相当として349万8000円、活動費相当として206万円が用意される。最大の特徴は、資金を用意して起業家を呼び込むだけでなく、3年間を通じて事業を育てる仕組みをつくる点だ。
白幡さんは、これまでの地域おこし協力隊制度との違いをこう説明する。
「大館の場合、(地域おこし協力隊として)3年間任期を全うされる方が実は多い市になりますが、任期後に、収入の関係から帰ってしまう方が多かった。そこに対して3年間ちゃんと計画を持って事業を作っていくところを、私やビジネス経験のあるメンバーが支援させていただくところがこれまでとの違いになってくるかなと思います」
任期の終盤になってから慌てて起業を考えるのではなく、1年目から事業計画をつくり、3年後の自立を見据えて活動する。さらに目指すのは、起業した本人が生活できるだけの事業ではない。雇用を生み出す規模のビジネスを育てることも想定している。地域に一人の起業家を呼び込むだけでなく、その事業を通じて新たな仕事を生み出すところまで見据えていた。
◆秋田・大館から海外へ 香港、ニューヨークでの経験を販路開拓に
では、大館でどのようなビジネスをつくるのか。瀬戸内VCの山田さん、藤田さん、白幡さんが議論を進めていく中で、大館ベンチャーラボの方向性を読み解く一つのキーワードが見えてきた。それは、「グローバル展開」だ。
飲食店や美容院のように地域住民を主な顧客とするビジネスと、大館に拠点を置きながら全国や海外へ商品やサービスを販売するビジネス。どちらを想定しているのかと問われると、白幡さんは「完全に後者の方を想定している」と答えた。背景にあるのは、地方が直面する人口減少だ。
「人口自体は小さくなってしまっていて、ある程度産業があればキープされたり増えたりする可能性もありますが、基本的にはシュリンクしているものに対して、内需だけをターゲットにするビジネスだと持続性がないかなと思っています」
海外市場への橋渡し役の一人を、白幡さんが担う。大学時代を香港で過ごし、その後、現地で働いた経験を持つ白幡さんは、日本酒の輸出入にも携わり、ニューヨークで学んだ経験もある。海外で目にしたのは、日本の商品が「売る場所」によって大きく価値を変える現実だった。
「秋田の日本酒が、信じられない値段で海外で販売されていたりする。売る場所が変われば値段も変わるという、すごくベーシックな話ではありますが、そういった支援もできます。外需をある程度ターゲットにしたビジネスに来ていただきたいです」
◆スタートアップを地域課題の解決へ 起業家出身の市長の狙い
海外市場を目指す起業家にとって、もう一つの引きになり得るのは、大館市長の熱量の高さだ。最年少の現職市長でもある石田健佑市長は、スタートアップ企業を立ち上げた経験がある起業家の顔もある。
大館市職員の髙田さんも「市長が元々スタートアップ企業の出身。トップがちゃんと起業について分かっている」と、大館市の特色を説明する。
石田市長は、なぜ行政がここまで起業家を支援する必要があると考えているのか。背景にあるのは、地域が抱える課題を行政だけで解決するのではなく、民間企業にも「まちづくり」の担い手になってもらうという発想だ。石田市長は、これまでスタートアップを支援する中で、その可能性を感じてきたという。
石田健佑市長「本来は我々が税金でやらなきゃいけないようなサービスを、企業の皆さんにやってもらえる。そうすると、その分を例えば冬の除雪や道路を直すお金に回したり、病院にもう少し予算を増やしたりすることに使っていける。民間がまちづくりをするとか、民間がまちの課題を解決するということをやっていきたい」
企業が新たな技術やサービスによって地域課題の解決を担うことで、自治体が限られた財源を別の公共サービスに振り向けられる。その循環をつくりたいという考えだ。
◆地域の課題を世界へ 大館発のビジネスを生み出せるか
必ずしも「初めて起業を考える人」だけが対象ではなく、すでに法人登記をしている事業者でも応募は可能だという。例えば、すでにプロダクトを持っていて、大館で実証実験をしたい企業や海外企業が開発したサービスを日本へ持ち込み、大館で実証した上で国内へ広げていく事業者も対象だ。
米国などで先行しているサービスを日本に持ち込もうとしても、日本国内で実証実験をする場所を確保できず、展開できないケースがある。大館がその橋渡し役になれば、地方都市と海外企業を直接結びつけるビジネスが生まれる可能性もある。
実証実験のテーマとして白幡さんが例に挙げたのが、高齢者向けの製品やサービスを指す「エイジテック」だ。高齢化は大館だけではなく、日本各地、そして今後多くの国が直面する課題でもある。
白幡さん「高齢者向けのソリューションがあった場合、それをここでうまくプロダクト化してくれたら、他の地域でも販売できると思っています」
地域課題を単に解決すべき「弱み」と見るのではなく、新しいサービスを生み出すための実証フィールドとして捉える。大館で試したものを日本各地へ、さらに海外へ展開できれば、人口減少や高齢化という地域の課題そのものが、ビジネスの起点になり得る。
◆「人を呼びこむ」から「世界とつながって稼ぐ」地方創生へ
地域おこし協力隊を活用して、地域へ人を呼び込む取り組みは、全国各地で行われてきた。しかし、人が移住することと、その地域で持続可能な仕事をつくれることは同じではない。大館ベンチャーラボが挑戦しようとしているのは、その間にある壁を「事業」で越えることだ。
白幡さん「アイデア自体がまだ固まってなくても、一旦応募いただければ、面談をしてブラッシュアップして事業計画にするということもできます。お金が支払われながら、起業だけに集中して活動できる期間は貴重だと思います」
年間555万8000円という数字は、確かに目を引く。しかし、本当の勝負は、その支援がなくなる4年目からだ。大館で生まれた商品を海外へ売る。日本の地域が抱える課題から新たなサービスをつくり、国内外へ展開する。その売り上げから地域に新たな雇用を生み出す。
人口減少が進む日本で、地域経済と世界市場を直接つなぐことはできるのか。大館市で始まる取り組みは、「人を地域へ呼ぶ」ことを中心としてきた地方創生の、その先を探る試みでもある。
2026年9月8日追記
大館市より以下の案内がありました。読者の皆さまにも共有します。
①ディレクターの二次募集について
「プレーヤー」とともにベンチャーラボを遂行する「ディレクター」の二次募集が始まっています。
二次募集の締め切りは10月9日(金)、委嘱予定日は、来年1月1日(委嘱開始時期については大館市と相談)。
②プレーヤーの公開審査会の一般傍聴者募集について
10月3日(土)10時~17時 、「LiSH」(東京都港区高輪2-21-1 高輪ゲートウェイ駅前)で開催。
参加は無料。申込は9月28(月)までに、以下のグーグルフォームで申込 。
詳細は大館市のベンチャーラボHPにて。




