2017/03/24 文化
バームクーヘンナイト「戦争がなけれなバームクヘンは日本になかったかも」

2017年3月1日 神保町で開催された「バームクーヘンナイトVol4」
ツブヤ大学が主催するバームクーヘン好きが集まるイベントです。今回も40名以上の方が参加し、大好きなバームクーヘンについてのトークと試食を楽しみました。

トークではユーハイムのマイスターが語る「本場ドイツのバームクーヘン事情」も。
ドイツではクリスマスの時期に食べるお菓子で、コンビニにも置いてあり1年中食べることのできる日本との違いなど小ネタも満載。何層まで焼くことができるのかまで技術的な面からも語ってくださいました。

バームクーヘンといえば「ユーハイム」ですが、戦争がなければ日本にバームクヘンは伝わらなかったかもしれないというエピソードも語られました。

<ユーハイムHPより>
カールは1886年、南ドイツのカウプ・アム・ライン生まれ。厳しい修行に耐え、一人前の菓子職人になった1908年に当時ドイツの租借地・中国の青島(チンタオ)でジータス&プランベック氏の経営する菓子・喫茶の店に就職し、1909年には弱冠23歳の時にその店を譲り受け、独立しました。カールの作るバウムクーヘンは「本場ドイツの味」と評判を呼び、あっという間の5年間が過ぎて、久しぶりにドイツに帰ったカールはひとりの女性を紹介されたのです。その女性こそエリーゼでした。1892年ザンクト・アンドレーアスベルク・ハールツ生まれ。簿記や菓子店経営に必要な学科を習得している聡明な女性でした。

ふたりは1914年7月青島で結婚式をあげました。しかし、折悪しく第一次世界大戦が勃発し、青島は日本軍に占領されてしまい、カールは日本に強制連行されてしまったのです。広島の収容所に入ったカールでしたが、1919年、広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)でたまたま開かれた似島収容所浮虜製作品展覧会で自慢のバウムクーヘンを出品、これこそ日本で初めて焼かれたバウムクーヘンでした。1920年捕虜生活から解放されたカールは、家族を青島から呼び寄せ、横浜に店を開き、その後、神戸にユーハイム本店を開設いたしました。今から約90年前のことです。

非戦闘員だったカールが日本に強制連行されていなければ・・・
広島の収容所でバームクーヘンを製造しなければ・・・
今の日本でここまでバームクーヘンは浸透していなかったかもしれません。
美味しいバームクーヘンを味わえる時間を大切にしたい。と改めて感じることのできたイベントでした。

プロデュース :猪野由美子

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