2015/05/14 国際
【ネパール大地震】現地で支援活動中の日本のNGOシャプラニール、カトマンズ事務所長の宮原麻季さんのインタビュー

カトマンズ事務所長の宮原麻季さんのインタビューは5月10日に行い、7つの項目について答えていただきました。

 

 

<シャプラニールについて>

 

 

4月の25日にネパールで地震が発生し、8000人以上の死者が出て、大きな余震もあり、ネパールは甚大な被害を受けています。日本のNGOであるシャプラニールは4月28日に日本人のスタッフが1人は空路でカトマンズへ、1人はインドから陸路でネパール入りし、緊急支援のために現地で動き始めました。今は地震から約2週間が経っていて、緊急救援の段階としては落ち着きを見せてきています。支援の初期は、カトマンズ盆地内での被害も非常に大きかったので、キルティプール市という地域に対して食料支援の活動をし、調査が進んで状況がわかってくる中、地方での被害が非常に大きいということがわかってきたので、できるだけ早く現地に支援を届けるためにヌワコット郡やカブレパランチョックでの支援を実施しました。インドから陸路で入った部隊はチトワン郡での支援を実施。チトワン郡はニュースではあまり被害が大きいとは言われていない地域でしたが、大きな被害を受けている集落がポツリポツリとあることが確認できたため支援を決定。現在はカトマンズ盆地の外、なかなか支援が届きにくい場所で現地調査をしながら必要物資の確認、調達、配布を急いでいます。

 

 

シャプラニールは1972年にバングラディッシュの大洪水を救援するために始まった団体です。南アジアを活動拠点とし、今はバングラディッシュとネパールに事務所を置いて、インドでもプロジェクトベースで支援をしています。市民の人たちから資金を募って事業をしていて、団体の特徴としては、南アジアの様々な問題を抱えた人々をただ「かわいそうだから」という見方で助けるのではなく、お互いに理解し合うことを促します。最近ネパールでは児童労働と洪水防災のプロジェクトを実施していて、カトマンズ郡でも地震防災のプロジェクトを始めようとしていた矢先に今回の地震が発生しました。

 

 

現在ネパールに関わり始めてから5年のカトマンズ事務所長の宮原麻季さんは、シャプラニールでは2012年から活動し、事務所長になったのは同年の11月。その前はJICAの青年海外協力隊で2年間ネパールで農村開発普及員として、特に女性、未亡人になられたシングルの女性の方々をエンパワーするNGOで活動していました。

 

 

<国際支援の必要性について>

 

 

ネパールは、元々貧しい国で、政府の実行能力も日本に比べては劣っています。そういった背景のある国で、国の中心地を含む広い範囲で地震が発生し、8000人以上が亡くなっている状況の中で、ネパール人がネパール人を助けるだけではとうてい支援の手は回らないと思います。

 

 

<ネパール政府のワンウィンドウポリシーについて>

 

 

様々なNGOがネパールで支援をする中、ネパール政府は「ワンウィンドウポリシー」というポリシーをとりました。被害を受けた地域を見かけたときに勝手にNGOが支援をしてはいけないというポリシーです。ネパールは72郡に設置されているDDRC(District Disaster Relief Center) 地域災害リリーフセンターを通じて自分たちが持っている物資、資金、人材が何なのかということを情報共有して、DDRCがその支援能力に合った被災地を指定し、また他の支援団体との重複が無いようにコーディネートしているのが「ワンウィンドウポリシー」の実行していることです。様々な議論がある中、重複を避けると政府が言っているということは納得ができることでもあります。残念なことにネパールは平時においても行政があまりしっかりしている国ではなく、どこに人が何人住んでいるのか、何世帯あるのかなど、基本的なデータが欠落していたりする中で、ネパールのことを知らない外国人たちが、たまたま目にした村に支援物資を届けていると、本当に支援が必要な村に物資が届かなくなってしまう可能性があります。それを避けたいというのが政府の狙いであるならば、このポリシーは平等主義にのっとった非常に納得のいくポリシーでもあります。その一方で、元々格差の大きいネパールでお金持ちの人や既得権益を持っている人が搾取をしてしまって、末端の貧しい人たちに届かないという声があるということも認識しています。ただ、ネパールにその現状があるのは仕方なくて、それに今文句を言っても何も始まらないので、私たち外部の人間がどこまで「ワンウィンドウポリシー」を活かしてコミュニティーの中に入り込んでいけるかに注力するべきだと考えています。シャプラニールは必ず現地調査に行き、支援が村の人たちに行き渡っているのか調査や聞き取りをし、配布の後もモニタリングをしてできる限り支援のミスユーズがないよに心がけています。

 

 

<ネパール人の気質について>

 

 

ネパール人はすごくおおらかです。いい加減でもあるし、一方で人にすごくやさしいというのは様々な民族が一緒に住んでいるというバックグラウンドからきているのかもしれません。地震に関して言えば、家が壊れてしまったり、財産を失ってしまったり、そんなことがあったら私たち日本人なんかはそんなにすぐは立ち直れないと思うんです。今はもう2週間経ってますけど、震災から1週間でネパールの方々は笑顔を取り戻していました。辛いこと悲しいことを受け入れる器を持っている人たちなんだなということを私は感じています。ネパール人に言われて心に残っているのが、「小さい苦労を抱えている人は大きい苦労を抱えている人を助けないといけない」という言葉です。これを軽い感じに、当然のことのように言うネパール人がたくさんいます。自分の家が壊れたり自分の家族がけがしていても、もっと大変な想いをしている人たちがいるんだから何かやらないとね、と軽い感じに思える民族なんだな、と今回の地震の後に思っています。いつもはいい加減で、仕事が進まなかったり、もっとちゃんとやってくれたらいいのにな、と思うことも多いんですが、最終的にはネパール人の懐の広さみたいなものだなと改めて感じています。ネパールのことを今回の地震をきっかけに初めて知った方もいるかもしれないけれど、世界遺産やヒマラヤのトレッキングだけじゃなくて、ネパールは辛いことも受け入れて笑うことのできるすごくしなやかな強さを持った人たちが住んでいる国だと思ってもらえればいいなと思っています。

 

 

<ボランティアについて>

 

 

ほんとうにいろんな人たちがボランティアをしていて、自分たちがボランティアをしているという感覚すらないんだと思います。ボランティアでも何か仕事をしてくれた人には交通費を出すとか軽食を出してあげるという文化がネパールにはあり、それは日本と違うところです。いたるところで小さな労働力を提供している若者がたくさんいます。マレーシアやドバイで肉体労働者として出稼ぎをして外国に住んでいる多くのネパール人、良い教育や仕事を求めて日本やヨーロッパなどの先進国に行く人も多いというのがネパールの現状です。ネパールは貧しいから、教育が受けられないからという理由で外国に出て行ってしまったネパール人が、Facebookなどを使ってネパールに住んでいる自分の友人や親戚を動員してボランティアを組織したり、なんとかしてネパールを助けようと頑張っているネパール人がたくさんいます。お金を集めるだけではなくて、それをわざわざネパールに持ってきて、奥の方の村に自分で持っていって自分で物資を配るネパール人も多く、彼らのボランティア精神にすごく励まされています。様々な人たちが募金活動をして、車をチャーターして、毛布や医療品や食料を買って自分たちで活動しています。私たちNGOは数百世帯や数千世帯を対象にして支援活動を行いますが、そういった市民の方々の支援活動は数十世帯など小さい範囲でも自分たちにできることをやる人たちがほんとうにたくさんいます。行政やNGOの至らなさもあると思うんですけれど、そういった市民の人たちの力に支えられて、まだNGOが支援できていない世帯に食料が届けられているという現実もあるということも日本の人たちに知ってもらえたらいいなと思います。

 

 

<ネパール政府の対応について>

 

 

ネパール政府が被災者に寄り添っているかと聞かれたら「寄り添ってます!」と自信を持っては言えないですよね。それは様々な対応が遅かったりするっていうのはもちろんありますけど、Prime Minister’s National Relief Fundの意図がよくわからないとかいうこともありますが、そもそもこんなに政治が混乱している国で、首相は地震が起きてすぐに、戦争が起きているくらいの非常事態ですという話をされて、政府としてもどうコントロールしていいのかわからないような状態にあると思うんですね。それは「政府」という大きい名前だけではなく、役人も行政の末端もどうしていいのかわからなくて「誰か見本を見せて下さい」というような気持ちが心の中にはあるのではないかと思うんです。私はシャプラニールに入ってからは地方行政や省庁の方々と直接会ってお話をする機会がたくさんあって、そういう時に「やっぱりなんかちょっと汚職まみれだな」とか、楽しい想いをすることはあまりないという状況にあったんですが、今回こういう状況において、こんなに協力的な地方行政は初めて見たというくらい、彼らはすごく一生懸命やっています。ただしやっぱり、行政としてできることとできないことというのはあって、彼らは彼らにできることとできないことを示してくれます。そこで、解決策やお互いの妥協案を一生懸命探ってくれる地方行政の担当者に、地震が発生してからたったの2週間で私はすごくたくさん出会いました。そういったことに関しては、怠慢で職務を放棄しているような役人が大量にいるというわけではないということを伝えたいと思うんですね。草の根の市民も頑張っているし、行政の方も頑張っているのだと思います。政府の中でもすごく地位の高い高官の方々がどう思っているのかはわかりませんが、地方行政に関してはそれが言えるんじゃないかと思います。

 

 

<復興について>

 

 

建物が建つとか、そういう問題だったらお金さえあれば速いと思うんです。でも、この震災を機にきっとネパール変わると思うんですね。いい意味でも悪い意味でも。いい意味としては、地震が怖いということをみなさんがわかって、災害の怖さについての学びになると思うんです。あるいは日本でもすごく注目されているコミュニティー防災っていうところに繋げていけると思うんですね。コミュニティーが防災に関して、あるいはそれ以外のことに関しても強くなっていく。ある意味種を撒いたような機会でもあったと思うので、そういった意味では建物を建て直すだけの復興ではなくて、長い期間かけてネパールが変化していくことになると思うんです。一方で心配しているのは、これから政治がどうなっていくのかということです。今まで政党で力を持っている人たちに寄り添って、政党支持者が既得権益を受けていたというようなことがあって、だけど今回今まで既得権益を受けていた人たちですら益を受けられていなかったりする、それに怒っている人たちがいるというのはなんとなくフィールドを見ていても感じていて、これからネパールにいる方が政治をどんな風に見るのかということに変化が生じるかもしれないなとも考えています。復興に関しては長くかかると思います。やっぱり伝えたいのは、日本のマスメディアだと、ネパールが壊滅的な状況になってしまったみたいな風にニュースに映っていて、私は震災から3日経ってやっとネットに繋がったんですけど「これどこ?」っていうくらい、私が知っている、住んでいるカトマンズと日本のニュースでとりあげるカトマンズに大分ギャップがあって、これを見たら日本の人たちすごく心配するだろうなと思いました。たくさんの建物が壊れて、それによって亡くなった方がたくさんいるというのは否定しないんですけど、すごく頑張っている人たちがいることを伝えたいし、ネパールは元々産業で言うと農業か観光かというところがあるので、「ネパール壊滅的だ!」というような情報だけが世界に流れてしまうと、綺麗なヒマラヤであったり、広大な自然を持っているタライのチトワンであったり、様々なちゃんと綺麗に残っている観光スポットも見過ごされてしまう心配もあると思います。怖がらずに日本からネパールに来てくだされば、ネパールのいいところもたくさん見れて、ネパールの復興にも繋がるのかなと思います。

プロデュース :蜂谷翔子

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