【映画】映画と今について 映画配給会社ムヴィオラ代表の武井さんに聞く

時代が移り変わり世の中の条件が変化するにつれて、映画界も変わってゆきます。商業的で純粋に娯楽的な映画、社会に対して鋭く問題提議する映画、芸術性の高い映画など様々な映画があります。自ら映画を選び買い付けて上映する、映画配給会社ムヴィオラの代表を務める武井みゆきさんに、彼女の持つ映画に対しての考えを伺いました。

—映画を選ぶ基準は?

とにかくその映画を買い付けに行って観たときに、見せたいと思う映画ですね。誰かに見せたいと思う映画。その中にはうちの会社でやっている映画でも、社会性というよりも芸術性が高いものや物語性が強いもの、そういうものもあるんです。ただとにかくこの映画は人に伝えたいと感じるものがまず1つ。それからもう1つはやっぱり、今いろいろな映画会社がたくさんあるので、うちの会社が取り上げなくてもどこか違う会社が取り上げる可能性が高いもの、それは外していて、私の仕事があることによって紹介できるものをなるべく優先するようにしています。それともう1つは洋画を多くやっているんですけども、もちろん邦画もいいものをやっていきたいんですが、今はやっぱり洋画がものすごく難しい時代に入っていて、洋画を手掛ける会社も少なくなってきている中で、もっと映画が世界とか社会とか違う場所に生きている人間とかそういうものと繋がる窓になるといいなと思って、そういう窓になれるような映画をやるようにしています。

—映画界の商業主義についてどう思いますか?

映画にはもちろん色んな楽しみ方があるので、例えば毎日毎日すごくたくさん働いて、疲れて、せっかく映画館に行ったんだから嫌なことを全て忘れて楽しみたい、笑いたい、泣きたいというお客さんの気持ちに応える映画もちゃんと存在した方がいいと思います。ただもう一方で多様性が無くなってしまうと映画業界としてはとてもまずいことになってしまうと思うので、そういった映画もあればまさに今世界で起きている現実を伝える映画もあっていいだろうし、それから今とかそういうことではなくてより人間というものを理解したり感じたりするための映画とか、そういうものもあっていいと思うし、いろいろなタイプの映画が共存できるといいと思います。

—現在映画をつくる側にはどのくらい自由に実験的に映画を撮る環境があるのでしょうか?

製作の方はやっているわけではないので詳しくはないのですけども、とりあえず個人で自由に撮る分には今は機材も簡単で済むしデジタルでいい訳だし、撮ろうと思っている人、実際撮っている人はものすごく数が増えているみたいですよ、私が聞いたところでは。例えば日芸とか大学で映画を教えているところもあればワークショップ的にやっているところもあって、そういうところに来る人はすごく多いんですって。映画をつくりたいっていう人、実際つくっている人、個人の規模でつくっている人はすごく増えている。ただその人達も映画を観ていないとよく言いますね。撮るっていうことが自己表現であって、自己表現イコール映画館でかかる映画なのかというとそれはちょっとイコールにならなくて、自己表現の為につくった映画の中からこれはやっぱり他の人達にも見せたい、見せるべきというものが生まれてくれば、そういったものを映画館でかけたりして多くの人に届けるというのはあり得ると思うんです。そういう意味で「自由に撮れたらいいんじゃないか」っていう言い方はちょっとあまりにも抽象的すぎるというか、自由にはとりあえずは撮れるんじゃないかっていう気はするんですね。ただその規模として例えば東宝とか松竹とかジブリとかいった大きな予算で撮るものにどれだけ若い才能がどんどん入っていっているのかとか、それからもうちょっと小さい規模で、例えば予算1億とかでそのくらいの映画を撮れる若い人がどんどん増えているのかってなってくると、そこがやはり今すごく難しいところなんだと思います。若くて才能のある人達が個人のお金で撮る部分ではすごく撮れるのに、それ以降のもう少し大きなお金をかけてもっと多くの人に届けるための映画を撮る為には今すごくたくさんの壁があって、すごく状況が悪いと思います。そういう人がちゃんといい映画を撮れてちゃんと才能を育てていってくれればと思います。

—映画に見た人の気持ちを変えてほしいと思いますか?

そうなってほしいとまでは思いませんけど、やっぱり全ての事柄は何かしらの影響を与えるんだとは思うんですよ。例えば朝テレビを見るでも、親と会話をするとか友達と話すとか、なんでもそうなんですけど、やっぱり全てのものから影響を受けながら人は形成されていくわけですよね。友達と話しても何にも影響されなくて自分が全く変わらないっていう人はすごくつまらないんじゃないかと思うのでやっぱり聴いた音楽や観た映画、何かに影響を受けて少し物の見方が変わったりっていうのはあると思うので、その為に全ての映画は生まれていると思うのでそれをそのまま届けるということですね。だから敢えてこれで変われよとかは思わないんですけど、全く観ても何にも変わりませんでしたっていうのはちょっと寂しいですよね。何かやっぱり(今回上映した、怒れ、憤れ!—ステファン・エセルの遺言—を観て)あ、デモっていうのもそんなに怖くないな、とかね、ちょっと声を上げてもいいのかなとか、とにかく何か変化が起こっているのではないかと思います。特にデモに行くとかそういうことではなくても。わからなかったらわからなかったで、「なんでこんなにわからないんだろう?」というのも1つの変化だとは思うので、そういうことはあると思うので、それでやってますね。

ムヴィオラ公式ホームページ http://moviola.jp/

プロデュース :蜂谷翔子
Share on Facebook
LINEで送る

Comment

コメントは管理者が承認後に表示されます。

Page Top